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クロスの願い(前編)

 ネイトは、クロスと向き合った。


「願いは確か『純血の吸血鬼になりたい』だね」

「一応確認しておきたいんだけど、変な落とし穴はないでしょうね。ノワさんにしたような」


 にこやかな表情を崩さないまま、クロスがうずくまるノワをチラッと見た。


「それは心外だな。これは当然の因果だ。僕が願いを叶えたことに、間違いはないだろう?」


 ネイトは首を傾げた。


「その質問に答えるのを、新しい願いにしたいのかね?」


 まさか、とクロスは肩で笑ってみせる。


「世間話ですよ。ただ、確認は、しておきたいんです。僕は、ちゃんと純血の吸血鬼になれるんですね。つまり今の混ざり物状態ではない完全な吸血鬼です」

「それが願いだからね」

「魔王領に存在するような理性を失った吸血鬼や、どこの馬の骨ともつかないような弱い血はいりません。あくまで、ホルスティン家の血を引いた僕です」

「贅沢だな。だが、いいだろう」


 よし、とクロスは内心安堵した。

 さっきのノワの願いを見ても分かる通り、この悪魔は一筋縄ではいかない。

 念押しをしておかなければ自分の身がどうなるか、分かったモノではなかった。

 純血の吸血鬼といっても、今の自分の血脈を失うのは論外なのだ。


「力が減ると言うことはないでしょうね?」

「特定の家柄の血を継承したままならば、それに準じる。そして吸血鬼としてのメリット、デメリットを考えてくれとしか言いようがない。常識で考えれば、物理的な力も魔力も相当に高まるだろう」


 これも問題ない。

 ホルスティン家は名門だけに、相当な魔力量を誇る。

 半吸血鬼(ダンピール)である自分でも、余所の吸血鬼よりも強いという自負が、クロスにはある。

 弱点は、承知の上だ。

 だからこそ、ホルスティン家にクロスは拘っている。

 人との共存に生きるこの家門は、その多くの弱点を克服してきているのだ。

 平気という訳ではないが、太陽の下でも歩けるほどに、ホルスティン家の血脈は強い。


「デメリットというのは、弱点の強化ですね。まあいいでしょう。ここには流れる水もなければ、太陽もありません。太い木の杭ならありますけどね」


 言って、クロスは床に横倒しになったままの霊樹を見た。

 木の杭で刺されたら、どんな生物だってタダでは済まないし、吸血鬼でもそれは変わらない。

 弱点である分、刺さりやすくもあるだろう。

 ……もちろん試したことはないが。


「さすがにあれは太すぎて刺せないだろう。なるほど、現在の半吸血鬼ではよほど不満という訳か」


 ネイトの問いに、クロスは肩を竦めた。


「ええ。社会的にも性能的にもね。ただ、半分人間の血を引いているというだけで、半端者と蔑まれるのも懲り懲りですし、彼らを見返す為にも、より大きな力も欲しいのですよ」




 シルバは眼鏡を掛け直し、右の袖を整えた。


「……見返すんだったら、その半端者の身体のままやるべきなんじゃないのか?」

「部外者は黙っていて下さい。君に僕の何が分かるというのですか?」


 相変わらず笑みを浮かべたまま、クロスは慇懃無礼に返してくる。


「そう言われると、返す言葉もないけどな」


 シルバは吸血鬼じゃない。

 子供の頃に、そんな理由で迫害された経験などないのだ。

 もっともシルバの生まれ故郷は、種族云々で揉めていたらキリがないほどの種族の坩堝だったのだが。

 代わりに前に踏み出したのは、厳しい表情のカナリーだった。


「だからといって、これまでの罪が消えるという訳じゃないぞ、クロス・フェリー。君が行ったことは著しく倫理性を欠く。人間達と共存していく僕達にとって、あまりに不利益な行動を取った。君を捕らえ、これらはすべて一族の決まりと併せ、法に照らし合わせてしっかりと糾弾させてもらう」

「どうぞご自由に。出来るモノなら、ですが」


 ふふ、と笑うクロスに、シルバは悟った。


「……逃げる気だ」

「……はい、逃げる気ですよね」


 隣にいるタイランも頷く。

 しかし、シルバ達に構わず、クロスはネイトに向き直った。


「他のことならともかく、この願いだけは悪魔にでも頼まないとどうにもなりませんからね。さあ、悪魔さん。僕を早く、完全な吸血鬼にして下さい!」

「その願い、承った」


 ネイトは手を掲げると、指を鳴らした。




 頭上からの光がクロスを包み、銀髪が輝きを増した。

 髪の色の変化に、カナリーが紅い目を剥く。


「金髪に……!」


 カナリーの指摘通り、クロスの髪の色は鮮やかな金髪に変わっていた。

 その髪の色は、ホルスティン家の直系の証でもあった。

 そして、途方もない魔力がクロスを中心に溢れ出す。

 その魔力は大量の稲光となって、クロスを包み込んでいた。

 クロスは両手を広げ、高らかに笑った。


「は、はは……これ! これですよ! この力が欲しかったんです! この膨大な魔力! いえ、想像以上です! 今の僕に勝てる者はここには誰もいない!」

「……えらく、狭い範囲で勝ち誇ってるな」


 離れた場所で眺めていたシルバが、どことなく呆れた表情をしていた。


「ほう、僕を敵に回す気か」


 同じく、ネイトもポケットに手を突っ込み、一歩踏み出してくる。

 なるほど、ここに勝てる者がいない、という言葉には、悪魔も含まれる。

 誤解を生んでしまったようですね、とクロスは思った。


「いいえ、貴方ではありませんよ。ただ、ロン君の願いを叶える前に、少し待って欲しいだけです。これだけの力があれば、逃げる必要もなさそうですし……」


 クロスの狙いは、最初からカナリーだ。

 ネイトの張った魔力障壁がクロスとカナリーの間を阻むが、彼は指先から眩い紫電を迸らせて、それを破壊した。


「そんなあっさり……!?」


 ヒイロの目を両手で覆った状態で、キキョウが叫ぶ。

 そのキキョウ自身も、光で目を潰されないように顔を逸らしていた。

 今のクロスはあまりにも危険だ。

 ネイトはどちらに味方するでもなく、表情を崩さないまま、彼らを眺めていた。


「あくまで常識の範囲内の障壁だからな。規格外の魔力をぶつければ割れるとも」

「いや、ネイト、そんな落ち着いて……」


 シルバが突っ込むが、構わずネイトはカナリーを見た。

 その手にはいつの間にか、小さな手帳があった。


「ちなみにそこの金髪の君……カナリー・ホルスティン君か。どうやら彼と因縁があるようだが、今の彼は君を圧倒しているぞ」

「守ってくれる気は、ないよね」

「ああ」


 それからシルバを見て、少しだけ表情を和らげた。


「シルバが命令するなら、今の立場を投げ打って、全力で守るが」

「必要はない。こっちはこっちで、何とかなるから」


 ぼやくシルバに、クロスは目もくれなかった。


「たかが人間風情に何ができるというのですか? 雑魚に構っているほど、僕も暇ではないんですよ」


 後はもう、カナリーを奪うだけだ。

 意識を保ったままでは難しそうなので、まずは気絶させる必要がある。

 それから外に出て、どこか人気のない場所を探そう。


「その傲慢さが、命取りだ」


 カナリーは喋っていない。

 シルバだった。

 ただの強がりだろう。

 そう思い、一歩踏み出した瞬間、何かが飛んできた。

 シルバが投げ放った、ダーツの矢だ。


「――くだらない」


 雷撃で打ち落とすのも、魔力の無駄遣いだ。

 今のクロスの視力ならば、ダーツの矢如き、楽に見切ることができた。

 飛んできたそれを、あっさり手で払う。


「う……ん……?」


 ヌルリとした感触が、手の甲に付着した。

 ゾワッと、手の甲から腕を伝い、全身に怖気が走った。

 気持ち悪い。

 ただ、その不快感だけが、クロスの頭を支配していた。

 これは一体……!

 戸惑うクロスに答えたのは、シルバだった。


「ニンニクエキスだよ。……何、ダメージはないはずだ。ただ、カナリーが言うには、黒い油虫が這うかの如き、不快感らしいがな」


 吸血鬼の弱点の一つ、ニンニク。

 吸血鬼はニンニクの臭いが極端に苦手で、吸い続ければ嘔吐してしまうものもいる。

 弱点といっても敬遠される程度で本来ならまず死に至ることはないが、これを口に含んでしまえば、全身から発疹ができ、呼吸困難を起こして死んでしまうこともあるという。

 とにかく、存在自体が不快なのだ。


「タイラン」

「えと……い、いいんですか? カナリーさんも……」

「手を出してきたのはアイツの方だろ」

「シルバの言う通り。遠慮なくやってくれたまえ」

「は、はい……」


 タイランは、大きく掲げた手を振り下ろした。

 直後、クロスの頭上から大量の水が降り注いできた。

 ただの水ではない。


「大量のニンニクを煮込んだ、特別な(スープ)だ」


 鱗の籠手の指先から(スープ)を滴らせた、シルバが言った。

 鱗のストックから出現させたのはシルバ、そしてそれを天井伝いにクロスの頭上へ持っていったのは、タイランである。


「いあああああああぁぁぁぁっ!?」


 全身を覆った不快感に、クロスは悲鳴を上げた。


「半吸血鬼の時は確証がなかったから使えなかったけど、効果は絶大みたいだな」


 シルバは大きく息を吐いた。

 ニンニクスープでずぶ濡れになり、クロスはのたうち回っている。

 そんな彼に、カナリーは雷撃魔術の狙いを定めていた。


「……水に濡れている分、雷撃はよく効いてくれそうだ」


 パチンと指を弾くと、紫電が迸り、クロス・フェリーの全身を貫いた。


「い゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーっ!!」


 クロスはその場に跪いた。


「腹、減ってきたな」


 身体のあちこちから煙を噴き出し、ニンニクの香ばしい臭いを漂わせているその姿に、シルバは真顔で呟いた。


「……勘弁してくれたまえ。僕達吸血鬼にとってはこの臭い、かなりきついんだぞ」


 そんなカナリーを余所に、シルバはクロスから視線を離さなかった。


「カナリー……奴の様子、おかしくないか」

「うん?」

 クロスの願いは叶いましたが、こちらはもうちょっと続きます。

 あと、超短い現代モノで『付き合っているわけではないのですが』をアップしました。

 千文字程度のえらく短い作品ですが、こちらもできればよろしくお願いします。

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