作戦会議
「もっとも斥候は本職ではない故、かなり大雑把ではあるぞ」
キキョウはそう前置きをすると、自分の記憶を『透心』に投影した。
そのイメージが、シルバの意識に送り込まれてくる。
シルバだけではない、ヒイロ、タイラン、カナリーも同様だ。
「ほう……これはなかなか、悪くないね。言葉での伝達ではどうしても、ある程度の齟齬が出てしまうが、記憶をイメージとしてそのまま相手に投影できるなら、その問題も解消される」
キキョウはまず、森の街道に戻った。
そして、匂いの濃かった方へと向かうことにした。
行商人の言葉通りなら、普通に考えてこの匂いの強さは行商人の荷物であり、運搬したのは山賊たちであると推測するのは容易なことだ。
慎重に森の中を進み、やがて朽ちた坑道の入り口が見えた。
その手前には、行商人の荷馬車があり、木にロバが繋がれていた。
荷物はさすがに中のようだ。
入り口の両脇にはたき火が焚かれ、見張りが二人立っていた。
装備は革の鎧に、粗末な槍。
それほど真剣な見張りではないことは、昼間から酒を飲んで、猥談を行っていることからも分かった。
あくまで、そういう役割に過ぎないということだろう。
身のこなしは素人同然、訓練を積んでいる動きではない。
さすがに中に入ることはできなかったが、見張りの会話を聞くことはできた。
そのほとんどは猥談だったが、山賊の数が約二十人程度であること、最近新しく先生と呼ばれる用心棒が入ったということは聞くことができた。
行商人がまだ見つかっていないので、都市や村に連絡される前に、探し出さなければならない。
どこかで野垂れ死んでいるんじゃないか。
そろそろ新しい獲物を手に入れたい。
女がいる馬車ならいいけどな……等々。
「不愉快だな」
「うむ、それは同意する」
カナリーは眉をしかめ、キキョウも渋い顔をした。
「こっちは四人。ただ、見張りの武器の性能なら、タイランを前に出せば、かなり楽ができると思う」
「タイランの鎧、すごく硬いからね」
ヒイロが何故か、自信ありげに胸を張った。
「お、お手柔らかにお願いしますね」
「しかし二十人ぐらいとなると、やっぱりもっと戦力が欲しいな。ホルスティン」
シルバはカナリーを見た。
「条件次第では、僕一人でもその数を相手にできるがね」
自信ありげにカナリーは言った。
「そりゃ大きく出たな」
「山賊全員が、外に出ていること。それが条件だ。錬金術は研究としてやっているが、戦力として考えるならやっぱりこっちだろうね」
カナリーは指を一本立てると、そこに紫色の雷球を生み出した。
それが一つに固まり、大きな雷球になった。
「雷の魔術か」
「全体に対して攻撃を行える。並の人間なら、一撃でケリがつくだろう。ただし、詠唱には少々時間が掛かるかな」
「村長さんや周りにいる、三人は?」
シルバは、カナリーの後ろにいるネリーを見た。
「ネリーは、それなりに使えるよ。……他の三人の使う魔術は生活魔術が主だからね。戦わせるのは酷だと思う。どちらかといえば、この三人はネリーの村長業務の補佐のつもりで連れてきたんだ。山賊の調査はネリーにやってもらうつもりで、その間の仕事の為にね」
「……家庭用の魔術で、戦闘は厳しいですよね」
タイランが呟く。
「お茶くみや書類整理の魔術で戦うのは、少々辛いと僕も思う」
「村の人たちはどうなのであるか?」
キキョウの問いに、カナリーは小さく唸った。
「力仕事をやってる人は何人かいるけど、正直なところ彼らは巻き込みたくない」
その理由はシルバにも分かった。
「一人倒れれば、それだけ供給出来る血液の量も減るしな」
「それもあるけど、精神的な抑圧を与えていると血の質が落ちてしまう。何より戦いに関しては素人だ」
「……となると実質、村側の戦力は二人であるか。他に、戦える人員はいなかったのであるか?」
「本当はもっと手勢を連れてくるはずだったんだ。でも、諸事情で出払っているんだよ。アーミゼストの方で忙しくて」
カナリーは不機嫌そうにぼやいた。
その態度に、シルバは思い当たる節があった。
「ああ、それならしょうがないな」
「先輩、何か知ってるの?」
「最近、都市のあちこちで若い女性の失踪が続いてるんだよ。教会に相談に来た人が何人かいる。ホルスティンの部下が動いているってのは、多分それじゃないか?」
シルバの問いかけに、カナリーは頷いた。
「そうさ。……その一件、実はどうも吸血鬼が絡んでいるんじゃないかって疑いが強い。一人の悪事が、種族全体の評判に関わるんだ。ウチで動ける者のほとんどを、そっちに振っちゃってるんだよ」
「……かといって、こちらを放置にもできませんよね」
タイランの言う通りだ。
山賊は行商人をしつこく探しているらしい。
別の『獲物』が現れれば狙いは逸れるだろうが、それはそれで違う犠牲者が出てしまう。
「そう。だから、こっちの案件は早急に片付けてしまいたい。戦闘用の魔術の心得ならある。実戦経験も何度か。あと、こちらは二人じゃなくて四人だよ」
カナリーがパチンと指を鳴らすと、足下の影が濃くなり広がった。
床を伸びた影の中から、赤と青のドレスの美女がスルリと姿を現す。
「紹介しよう。ヴァーミィとセルシア。人形族で、僕の護衛を務めている」
「人形族……? シルバ殿、何か知っているであるか?」
「古代の魔術師が造った、土人形の一種、らしいな。土人形といっても、自我はあるって話だ」
キキョウの問いに、シルバは答えた。
「土人形だけあって、力は強く身体も硬い……んだよな、ホルスティン?」
「その通り。華奢な見た目通りと思わない方がいい」
「じゃあ、腕相撲とか、してもいい?」
「……負けるとは思わないが、戦いの前に鬼族と腕相撲は、勘弁してもらいたいかな」
カナリーが固辞し、ススッとヴァーミィとセルシアはヒイロから距離を取った。
「さて、それじゃあ、リーダーを決めようか。といっても、順当に考えて君か僕になるだろうが……連絡用の『透心』を使う、君が中心になった方がいいと、僕は思う。戦いの経験からいっても、癪な話だが、君の方が上だろう」
カナリーはシルバを指差した。
「ホルスティンがいいなら、俺が指揮を執ろう。ホルスティンは戦うことに専念してくれ」
「いいだろう。ただし、理不尽な命令には従わないよ?」
「こっちもそんなモノ、出すつもりはないね」
カナリーがあっさりと指揮権を譲ってくれた為、シルバはリーダーとなった。
「それで作戦は?」
「こっちは人数が少ない。正面からまともにやりあっても消耗が激しいだろうから、深夜に奇襲を掛けようと思う」
「悪くないね」
「ホルスティン、空は飛べるか?」
「僕もネリーも夜なら問題ないが、どうしてだい?」
「そりゃ、ホルスティンたちには空にいて欲しいからだよ。森の中を歩くとなると、できる限り、足音を立てる人数は少ない方がいい」
「なるほど。じゃあ、ギリギリまでヴァーミィとセルシアも、僕の影に潜んでもらっていた方がよさそうだね」
「あと、煙玉を作りたい。雑貨屋に売ってるか?」
「そういうのは扱っていないな。でも、錬金術の工房があるから、四半時もあれば作れるけど?」
「じゃあ、頼む。……それと、ハイランドさん」
シルバは、ネリーを見た。
「何でしょうか?」
「さっきの無機物に魂を分け与えるって奴、どれぐらいの数できます?」
「大きさや重さによって異なります。どういったモノに分け与えるおつもりでしょうか」
ネリーの問いに、シルバは懐から小さな石ころを取り出した。
洞窟で灯りを作った時のモノだ。
「こういう石。もうちょっと小さい、砂利レベルでいいんだけど」
「砂利程度でいいのなら、数百はいけると思いますが」
「じゃあ、それでお願いします」
シルバは、石を懐に戻した。
「……君、一体何を企んでる?」
カナリーの不審げな問いかけに答えたのは、シルバではなかった。
「……多分、悪いことです」
「だよねー」
「シルバ殿のやることであるから、おそらく敵の怒るようなことであろう」
カナリーはタイランたちを見、それからシルバをもう一度見た。
「……君、仲間にこんな風に言われてるんだけど、大丈夫か?」