ノワの願い
天井があるにも関わらず、頭上から眩い光が差し、ノワを包んだ。
「やっと、面倒くさかった冒険者稼業が終わる……」
ノワの身体が変質していく。
手の甲がささくれ立ち、白かった肌が徐々に茶色く硬いモノに変わっていく。
「……って、え?」
ノワは戸惑い、両手を見た。
細かった指はまるで木の枝のようになり、前髪がネイトと同じような葉に変化していく。
「な、何この手……この肌……え、髪の毛が緑色……えええええっ!?」
悲鳴を上げるノワを眺めていたタイランが、シルバを見た。
「こ、これって、そういう……ことですか?」
「……ああ。タイランも気付いたか」
「は、はい……つまり、美意識の違い、ですよね?」
やがて光が失せ、ノワの身体は樹木のモノとなっていた。
その顔にノワの面影はない……が、人間から見ても、まあ美人と言えないこともない。
「うん、上出来」
満足げに、ネイトは頷いた。
だが、もちろんノワは納得していない。
「何で何で何で!? どういうこと!?」
「だから、世界一の美女だろう? ちゃんと願いは叶えたよ。ほら、鏡」
ネイトが手を振ると、小さな手鏡が出現した。
それをノワに放り投げる。
ノワは自分の顔を見て、驚愕する。
「こ、こんなの違うよ! この葉っぱの髪の毛と茶色の肌のどこが美女なの!?」
どうやらまだ、ノワは分かっていないようだった。
シルバはノワの動揺振りを眺めるのにも飽き、リフの頭を撫でた。
「リフ、言ってやれ」
「え?」
ノワがこちらを見るのを認め、リフは頷いた。
「に……紛れもなく美人。葉のおいしげり方とか樹皮のあざやかさとか最高。ただし、木人として」
「言われてみれば、巨大な盆栽としてみれば、なかなかのモノかも知れぬな……」
むむ、とキキョウが唸っていた。
「つまりな、ノワ」
シルバが、言葉を引き継ぐ。
「今のネイトは、霊樹の魂を触媒にした為、木人として顕現した。そいつに『永遠の美貌』って頼んだら、そりゃ木人の美意識での美人さんにするさ」
「さすがシルバだ。相変わらず男前だな。僕にとっては世界一格好いいぞ」
「あの『美貌』の直後に言われても嬉しくねえよ!?」
シルバはノワを指差して叫んだ。
「僕はたとえシルバが人間だろうがスライムだろうが、その愛を貫くつもりだが」
「……スライムになる予定も今のところ、ない」
「ああ、僕としても現状維持が望ましい。それで、願いは叶えた。満足したかい」
ネイトはノワの方を振り返り、尋ねた。
「そ、そんな訳ないじゃない! 曲解しないって言ったよね!?」
「心外だな。何一つしてないじゃないか。美に対する価値観なんて人それぞれだ。僕は僕の美意識で判断したに過ぎない。そこに間違いは何一つない」
「や、やり直しー! やり直しを要求する! こんなのノーカンだよ! 契約違反だよっ!」
ノワは絶叫し、ネイトに詰め寄ろうとする。
しかし、魔力障壁が張られているのか、彼女はネイトに近付くことができない。
「残念だが、そういう訳にはいかない。願いは一つずつだ」
「じゃ、じゃあクロス君」
縋るようにノワは、クロスを見た。
だが、彼は困ったような微笑みを浮かべたまま、首を振った。
「残念ですがノワさん。それは駄目でしょう。僕達は共通の目的の為に手を組んだんです。そしてそれが今、目の前で叶えられようとしている。僕もさすがにこれは譲れません」
「ノワの頼みでも……?」
涙目になりながら言うが、くっくっ、とクロスは肩で笑った。
「すみませんね、ノワさん。その姿では、もう『女神の微笑』も使えなくなっているんですよ?」
「……!」
ノワは自分の固い皮に覆われた顔に、両手を当てた。
そして、座り込んだままのロンを見た。
「残念だが、俺も断る……」
「ぬう、のわさまごめん。おれ、ちからになれない」
唯一の味方であるヴィクターは、そもそも今回の悪魔とのやり取りに絡んでいない。申し訳なさそうに項垂れた。
つまり、現状もう、この姿から戻る術はないのだ。
「じゃ、じゃあノワはずっとこのままなの? 何だかよく分からない木のモンスターになったまま!?」
「それが君の望みだろう、ノワ・ヘイゼル? 自分で望んだんじゃないか。『永遠の美貌』を。おめでとう」
特に笑みを浮かべることもなく、ネイトは悲嘆に暮れる舞台女優のようなノワに拍手を送った。
「で……」
深く息を吐くシルバを、ノワが見た。
「俺を下男にとか、言ってたっけか……?」
「に……木のモンスターじゃなくて、木人。美人なのはリフが保証する。木人なら骨ぬき」
リフが細かく修正を入れたが、それがノワの耳に届いたかどうか。
「彼女の言葉に嘘はないよ。木人ならみんな、君にメロメロだ。ポジティブに考えれば、木人社会の中で君の本来の望みは叶えられるかもしれない。……もっとも、木人の大半は水と太陽があればいいという、仙人みたいな生活を送っているのだが」
「うわああああん! 全然嬉しくないよう!」
その場にうずくまり、泣き出した。
巨漢のヴィクターがその横に正座し、背中を撫で続ける。
「これで、ノワも終わりか……」
さすがにあの姿では、少なくとも人間の男に取り入ることは難しいだろう。
商人としても、木人となってしまっては人間の時とは勝手が異なる。……それ以前に、牢獄行きなのは間違いないので、そもそも商人としてやり直せるかは難しいところだが。
とにかくしばらくは立ち直れないだろう、とシルバは思った。
「せめて、花でも咲けばまだ綺麗なのにねー」
「に……」
ボソリと同情するように言ったヒイロに、リフが俯き、微かに赤くなる。
「ん? どうしたのリフちゃん」
「それはちょっと恥ずかしい……」
「へ?」
よく分かっていないヒイロに、シルバが引きつった笑みを浮かべた。
「……あー、ヒイロ、あのな。花が咲くってのはつまり木人にとっては発情期で、生殖器丸出し状態ってことなんだ。その時期になると、木人は大体人目を避けるように隠れるようになる」
そりゃ、リフも恥じらうというモノだ。
「ぜ、前言撤回! うう、種族の価値観って難しいよう」
ヒイロはバタバタと手を振った。
一方カナリーは冷ややかだ。
「まったく哀れ極まるね」
「……だからやめろって言ったんだ」
肩を震わせるノワを眺め、シルバは何とも言えない表情をした。
警告はした。
しかし、自業自得とはいえ、気持ちのいいモノではない。
その一方でざまあみろとも思ってしまうのは、修行が足りないのか人として正しいのか。
「こうなることが分かっていたのかい、シルバ」
カナリーの問いに、シルバは頷いた。
「結末までは分からなかったさ。……ロクでもないことになるのは分かってたけどな」
「しかしもしも、ノワの望みが永遠の若さだったらどうなっていたんだろう」
カナリーの疑問に答えるのは、それほど難しいことじゃなかった。
「そりゃそのまま願いが叶えられるさ。永遠に若いままだ」
「大したモノじゃないか」
シルバはカナリーの紅い目を見た。
「カナリー……吸血鬼が言うのもどうかと思うけどな」
「ああ、それは確かに」
吸血鬼の寿命は人間より遥かに長い。
否、不死族という種族だけに、ほぼ永遠と言ってもいい。
それを望み、人間の中には自分から吸血鬼に自分の身を捧げるモノだって存在する。
もっともそれは、人間をやめることも意味するのだが。
「でも、永遠の若さっていうのは死なない訳じゃない。若いまま、年を取らないってだけだ」
「あ」
吸血鬼だからこそ、カナリーは気がついた。
「え? どう違うの?」
ヒイロは首を傾げた。
「永遠に若い……つまり、寿命じゃ死ななくなる。ってことは、ベッドの上じゃ絶対死ねないってことだよ。死因は老衰以外に限られてしまうんだ」
「え……」
まだピンと来ない風のヒイロに、シルバが補足する。
「例えば病死とか、事故死とか、自殺とか……誰かに殺されるとかな」
「うわぁ……」
やっとヒイロも理解したようだ。ついでとばかりに、他の疑問も口に出してくる。
「じゃ、じゃあ、抱えきれない財宝っていうのは……」
それか、とシルバは唸った。
そして、指を一本立てるとクルクルと回す。
「この部屋いっぱいに財宝が出されたとしてさヒイロ、どうやってそれを全部運び出すのさ」
「え、それは……」
考え、ヒイロは首を傾げた。
「うん?」
分からないらしい。
「多ければ多いほど、隠すのにも限界がある。まず手にいっぱいの財宝を抱えて、鈍った動きでモンスター達を相手にしながら、地上まで出られるかどうか。急いで戻っても、その時には多分、他の冒険者に財宝の大半を奪われていることになるだろう。財宝の場所を別の場所に指定しても、その辺は大差ないだろうさ。人がいる場所なら奪われやすいし、そうでない場所なら財宝そのモノが足枷になる」
そしてシルバは、葉の髪を持つ黒服の悪魔ネイトを見た。
「悪魔に望みを叶えてもらうっていうのは、そういうこと。契約はちゃんと果たす。ただし、それで契約者が納得するかは別問題だ」
「……シルバ、以前に他の召喚に立ち会ったことがあるだろう。詳しい話を聞きたいんだが」
カナリーの問いに、シルバは微妙な表情をした。
「不老不死を望んだ人間を知ってる。けどその話をする前に、次の契約者を見よう」
ネイトは、銀髪紅瞳の青年、クロス・フェリーを見つめていた。
「怖じ気づいたかい?」
「まさか、ね。ノワさんは残念なことになりましたが、問題ありません」
柔和な笑みを崩さないまま、クロスは両腕を広げた。
「次は、僕の番です」
ちなみに、この作品とか生活魔術師達の舞台となってるコロリオ大陸には、何本か世界樹というモンスター的な意味での霊樹を遙かに凌ぐ巨大な『霊樹』が存在しますが、彼らは基本動けないし、そもそも木人じゃないので、花が開いても羞恥心問題とは関わりがないです。
あと、木人に関しましては、【番外編】補給部隊が行くにユグドというキャラクターが存在しています。




