ネイト
「シルバ、憶えておいた方がいいぞ。名前というのは特別な意味を持つ」
「に!」
悪魔、ネイト・メイヤーの言葉に、リフがコクコクと頷いた。
ネイトはそれを見て、軽く微笑む。
「うん、同意が得られて僕も嬉しい」
「そもそも何だよ、その髪と肌の色は。イメージチェンジか?」
シルバのツッコミを受け、ネイトはふむ、と葉で出来た自分の髪を掻いた。
そして、倒れている霊樹を見下ろす。
「触媒の問題だろうな。こんなモノを使えば、そりゃあ姿も変わるとも」
「ちょっとちょっと!」
耐えきれなくなったのか、ヴィクターに抱えられたままノワが叫んだ。
シルバ達もノワに注目する。
「ノワ達を置き去りにしないでよ!? 誰が呼んだと思ってるの!?」
ネイトは腕組みをし、不思議そうに首を傾げた。
「シルバじゃないか」
「俺だろ」
実際、ネイトの召喚を行ったのはシルバなので、間違いではない。
「そ、そそそ、そうだけど! 望みを叶えてもらいたいのはノワ達なの! 道具を揃えたのもノワ達だし、シルバ君達は関係ないんだから!」
ノワが大きく両手を振り回す。
ネイトは軽く息を吐いて、シルバ達に背を向けた。
「何だつまらん。帰らせてもらおうか」
「おおおい!?」
「シルバが引き留めてくれたから、帰るのはやめよう」
本気なのか冗談なのか、ネイトは再び振り返った。
シルバの隣にいたカナリーが、小さく呟く。
「……シルバ。帰ってもらった方が、ある意味では正しかったんじゃないかい?」
「……いや、分かってるんだ。分かっているんだが、ついツッコミが」
自分のツッコミ体質を恨む、シルバであった。
「シルバ君とはどういう関係?」
「ああ、婚約者だ」
ノワの質問にネイトが平然と答え、シルバのパーティーに動揺が広がった。
「嘘だ!!」
ネイトは肩を竦め、全力で否定したシルバを見た。
「つれないなシルバ。将来を誓い合った仲じゃないか」
「海の方角に向かって、『シルバの嫁に僕はなる!』って叫ぶのは、誓い合ったとは絶対言わないだろ、常識で考えて……」
「っていうか、やっぱり女の人なんだ……」
引きつった笑いを浮かべるヒイロに、ネイトはえへんとささやかな胸を張った。
「幼馴染みだ」
「何で胸を張るんだよ!?」
「最強属性の一つだぞ?」
「だから、属性って何だよ!? キキョウも汗を拭いながら『手強い……』とか表情作るなよ!?」
シルバのツッコミが止まらない。
構わず、ネイトはシルバのパーティーを値踏みするように眺める。
「それで、その中の誰がシルバの嫁なんだ? 全員か? 僕は社会的な立場に拘らないから、愛人でも雌奴隷でも全然構わないが、身を固めるならちゃんとケジメは付けておいた方がいいぞ?」
「……頭が痛くなってきたから、そっちの話に戻れ」
シッシッとシルバは手を振った。
「それが君の望みか」
ネイトの問いに、シルバは頷く。
「そうだよ」
「よし。では、残る望みは二つだな」
「ちょっとシルバ君!?」
ノワがたまらず絶叫する。
「という訳にはさすがにいかないか。大丈夫だ。『高位の魂』を用いた三つの願いはまだ全部残っている」
無表情なネイトに、ノワは真面目な顔を向けた。
もっともヴィクターの小脇に抱えられたままなので、今一つ格好がつかないが。
「ネイト……さんとか言ったよね。貴方、シルバ君の味方?」
「その前に一つ」
ネイトは、指を一本立てた。
「何よ」
「君、シルバの敵だな。だったら僕の名前を気安く呼ぶな。僕の名前を呼んでいいのは、シルバの身内だけだ」
それを言うと、ネイトは腕を下ろした。
「それとシルバの味方かという質問に対する答えが、君の望みか」
「う……」
ノワが言葉に詰まる。
しかしノワが言う前に、再びネイトが口を開いた。
「いい。世間話として受け取っておこう。シルバの味方かという問いに対しては、基本的にはイエスだ。ただし公私の区別は付けるから、もしもシルバの死を望むなら正式にそれを叶えよう。これでいいかな?」
「ノ、ノワの望みは、そんなのじゃないもん。もっと重要なことだし……ノワが気にしてるのは、曲解して変な形で叶えたりしないかってことだよ」
「それはないな。人の願望を叶えるという一点においては、僕は不公平なことは何一つしない。例えば君が、抱えきれないほどの財宝を欲するというのなら、僕はここで即座にそれを叶えよう」
それを聞きシルバは眼を細めたが、気付けたのはタイランだけだった。
「財宝!?」
一方ノワは目を輝かせた。が、さすがにクロスがたしなめた。
「……ノワさん、落ち着いて下さい。ここですべてを台無しにする訳にはいきません。初志貫徹でいきましょう。財宝なんて、その気になれば後でどうとでもなるでしょう? 人の身では叶えられない望みでいくべきです」
「う、う、ううう、そ、そうだね」
残念そうに、ノワは頷いた。
それを見届け、今度はクロスがネイトに話しかける。
「望みを叶えてもらうのは僕とノワさん、そしてそっちで倒れている黒髪の青年です。問題ありませんね?」
クロスはロンを指差し、尋ねた。
ネイトは壁にもたれかかりながら座っているロンを見て、頷いた。
「三人分の願い、確かに承った。では聞こう。君達の望みは何だ。プライバシーを守りたいなら、別にこっちでもいいぞ」
ネイトの緑色の瞳が輝く。
直後、ノワ、クロス、ロンの身体が一瞬痙攣したかと思うと、そのまま硬直した。
ノワ達は意識を取り込まれたらしく、部屋の中央でネイトだけが頷いていた。
形こそ違うが、ネイトのやっていることが何か、一番最初に察したのはカナリーだった。
「まさか、『透心』……!?」
「まあな」
シルバが返事を返した。
「か、彼女は元、聖職者か何かだったのかい」
『透心』は、聖職者が長い修業を経て得られる技能の一つだ。
なら、その疑問も当然の帰結だった。
しかし、シルバは首を振った。
「いや、種族特性。アイツは元は、獏っていう種族でな」
「ば、ばく?」
聞き慣れない種族名だった。
それに答えたのはリフだ。
「に……悪夢をたべる霊獣の一種。夢魔のてんてき」
「……どっちかっつーと、アイツそのモノが夢魔だったような気がするけどな」
ボソリと、シルバは呟いた。
しばらくすると、話が終わったのか、ネイトが動きを止めた。
「なるほど……」
軽く息を吐き、指を三本立てる。
「『永遠の若さと美貌』、『純血の吸血鬼になりたい』、『狼男になる前の身体に戻りたい』だな。分かった。叶えよう。ただし、『永遠の若さと美貌』は駄目だ」
「な、何でノワだけ駄目なの!? ずるいじゃない! ヴィクター、下ろして!」
「おう」
詰め寄ろうとするノワを、ネイトは手で制した。
「慌てるな。別にずるくはない。永遠の『若さ』と『美貌』じゃあ要求が二つになっているじゃないか。何気に欲張りだね、君」
「つ、つまり、どっちかを選べってこと?」
「もしくは両方を叶える一つを作るかだね」
「ん、んー……」
ノワは、腕を組んで悩んだ。
そして呟く。
「永遠の『若さ』と『美貌』……」
どちらを選べばよいのか。
しばし考え込み、不意に顔を持ち上げる。
「あ!」
どうやら、答えを思いついたようだ。
ポンと手を打ち、微笑んだ。
「何だー! 永遠の美貌ってことは、若さもちゃんと保たれてるよね。じゃあ、望みは『永遠の美貌』にする! 世界一の美人ね!」
ノワの望みを、ネイトは聞き届けた。
「分かった。望みは『永遠の美貌』だ」
「うん。世界一の美人なら、お金持ちにも取り入りやすいし、今後ずっと楽な生活を送れるもんね! もう危険な冒険者稼業も廃業出来るし!」
「……お前、ホント欲望に忠実だな」
呆れ、思わずシルバは呟いた。
それを見て、ノワは口元を押さえて笑った。
「くぷぷ、シルバ君、悔しい? 今だったら許してあげるよ? ノワがどこかに嫁いだら、そこの下男にしてあげようか?」
「いらねえよ」
うんざりと、シルバは返した。
ふと見ると、キキョウも呆れているようだった。
「彼女は傾国の美女を地でいくつもりか……」
「そう上手く行けばいいがな」
そんなやり取りをするシルバ達に構わず、ノワはネイトに言った。
「さあ! 悪魔さん、早くやっちゃって! それこそ抱えきれないぐらいの財宝だって、どっかの国の王様に嫁げばノワの思うがままだよね! 天国の生活、こんにちわ!」
「うん。その願い、承った」
ネイトは手を掲げると、指を鳴らした。
なお、夢魔は場合によってはサキュバス、インキュバスとルビが変わることもあるかもしれません。




