悪魔の召喚
「つっても、それほど危機感はない訳で」
シルバの背後の壁が開き、猫耳ハンチング帽に大きなコートの獣人が飛び込んできた。
「に」
リフはシルバの頭上を跳躍しながら、ノワ目がけて精霊砲を放つ。
「おう?」
もっとも、その攻撃はノワの前にいたヴィクターに難なく阻まれてしまう。
だが、リフはそれに構わず両腕から鋭い刃を出現させ、着地と同時にシルバとクロスの間に割り込んだ。
「む……」
クロスの紅い瞳が強く輝く。
魅了の眼光だ――が、リフにはまったく通じる気配がない。
「お兄」
クロスから視線を離さず、ジリ……とすり足を動かす。
その一方で、ヴィクターにも油断なく、注意を放っていた。
「待て。牽制で充分だ」
「に。もうすぐ。もやもすぐ来る」
「うん。偵察ご苦労」
リフの頭に手をやると、シルバは後ずさった。
リフもその後をついて来る。
「あ、ちょ、ちょっと逃げちゃ駄目だよ、シルバ君!」
「お前らも靄もヤバイから、距離を取るだけだっつーの! 今更逃げるか馬鹿!」
叫びながら、シルバ達はキキョウやヒイロと合流する。
「ノワ、馬鹿じゃないもん!」
「いやぁ……充分すぎるほどの馬鹿であろう」
「ボクとどっちが頭悪いかなぁ」
ノワに呆れつつ、キキョウとヒイロはシルバを守るように前に立った。
「固められてしまいましたね」
部屋の隅で、クロスが肩を竦める。
「おっと、怖い怖い。僕らを仲間はずれにしないで欲しいね、シルバ」
部屋の隅に固まっていた、リフの仲間のモンスターを引き連れ、カナリーもシルバ達と合流した。
シルバは道具袋から『魂の座』を取り出すと、卵形の器を横倒しになった霊樹に放り投げた。
霊樹の真上で器は静止したかと思うと、輝く碧色の煙のようなモノが滲み始める。
「あ、あれが『高位の魂』ですか……?」
「まあな」
シルバは、タイランに答えた。
チラッと入り口近くの壁にもたれかかる、ロンに視線をやる。
意識もあるし、『回復』も掛けた。
とはいえ、頭から床に叩きつけられたのだ。
筋肉や骨がまだ、言うことを利かないのか、ロンは動く気配はない。
それ以上に殺気がないのでさほど心配はしていないが、一応注意はしておく必要があった。
「カナリー、後ろのロンの監視を頼む」
「了解」
「来るぞ」
シルバやノワ達が取り囲む中、リフが現れた壁の隠し扉が音もなく崩れて、靄が出現する。
靄に触れてしまった効果だろう、壊れた扉が煌びやかな無数の宝石となって、床に転がり落ちていく。
「宝石!?」
「ノワさん、気持ちはすごく分かりますが危険です。ヴィクター」
「おう」
クロスの指示は早く、ヴィクターもまた素早かった。
振り返り、突っ走ろうとするノワを正面から受け止めた。
そのまま、抱え上げる。
「やー! 離して、ヴィクター!」
足をジタバタと揺らす主に、ヴィクターは首を振った。
「だめ。のわさま、あぶない。あんぜんだいいち」
言って、ヴィクターは靄から距離を取るように横に移動し、クロスと合流する。
「シルバ殿……」
キキョウは靄から視線を離さず、刀の柄に手を掛ける。
シルバは台座も、器の傍に放り投げた。
霊樹にぶつかり、そのまま無造作に転がる。
「心配しなくても、大丈夫だ。台座の呪文を唱え終わったから、靄と魂が融合して、後は顕現するだけ。もう、ほぼ無害のはずだ」
それを鋭く聞き咎め、ノワがヴィクターを見上げた。
「じゃ、じゃあヴィクター! 宝石回収しよ!?」
「おう?」
ヴィクターが、ノワを脇から離す。
「触れない限りはな」
一旦下ろしたノワを、再びヴィクターは担ぎ上げた。
「やっぱりだめだ、のわさま」
「やー! もー!」
そのまま、ノワはシルバを指差した。
「だ、大体、最初から悪魔を召喚させるつもりだったなら、何でノワ達と戦ってたのよ!」
「……」
シルバはノワのあまりな言い分に目を見開くと、額に手をやりながら深々と溜め息をついた。
「……本当に馬鹿だなぁ、お前」
うんざりと頭を振る。
「また馬鹿って言った!」
「言うわ! 最初から最後まで、先制攻撃を仕掛けてきたのは全部お前だろうが! 土下座強要されたり、斧で襲われたりしながら、話し合おうなんて言えるか馬鹿!? 言って聞いたか自分に問いかけてみろよ!?」
「その程度、我慢して説得する根性見せてよ!」
即座に切り返すノワに、リフの耳がピクッと揺れた。
「……に。今、そのていどって言った」
「お、おお、リフ、ちょっと怖いぞ?」
「ど、どうどうリフちゃん。落ち着こー」
瞳孔が縦に細まるのを見て、前衛の二人が慌てて、リフのフォローに回る。
靄は緩慢な動きで卵形の容器に近付くと、吸い込まれるように碧色の煙と混ざり合った。
転がっていた台座が自動的に起き上がり、卵形の容器がゆっくりと動いてその台座に鎮座する。
シルバと、ノワから目を離さないリフ以外の全員が、その様子に注意を奪われていた。
シルバは大きく息を吐き出した。
そして、ノワ達に言う。
「悪魔が現れるまで、まだ少しだけ猶予がある。だから忠告するぞ。願いごとなんて、やめておけ」
その言葉に、クロス・フェリーは苦笑しながら、首を振った。
「あのねえ、シルバ君。ここまでしておいて、僕達が今更退くと思いますか」
「思わないね。けど、それでも俺は言っておきたいんだよ。司祭っていう立場もあるし……」
「以前、立ち会ったこともありますし?」
「まあな」
「できれば、詳しくお話を伺いたいのですが」
べ、とシルバは舌を出した。
「やだね。お前らは仲間じゃないし、知りたきゃ教会の上の許可を持ってくるんだな。とにかく俺は言ったからな。やめとけ。絶対後悔する。みんなもだぞ」
シルバは、周りの仲間に視線をやった。
全員が頷く……かと思ったら。
「願いごと……むぅ、嫁というのは悪魔に叶えてもらうモノではないな……」
むむ、とキキョウが腕組みしながら、真剣に悩んでいた。
「おおいキキョウ!?」
「は!? だ、大丈夫だ、シルバ殿! 某の望みは悪魔にどうこうしてもらうモノではないぞ」
「……し、心配だ」
いや、うん、キキョウを信じよう、とシルバは自分に言い聞かせた。
その時、タイランが『魂の座』を指差した。
「……シ、シルバさん、そろそろ現れます」
「おう」
大量の煙が噴き上がるとか、眩い閃光が部屋を包み込むといった劇的な演出は何一つない。
ただ、いつの間にか『魂の座』の中身は空になり、そこには一人のスマートな青年が佇んでいた。
……いや、女性なのか?
どちらとも言い難い、中性的な魅力を持つ人物だ。
黒い詰め襟の上下で、上着の前はいくつか大きめの金色のボタンで留められている。
おそらく霊樹の魂を使用したせいだろう、後ろで一つに束ねられた長い髪は緑色の葉で出来ていた。
肌は茶色く、木の幹を連想させる。
彼は髪と同じ緑色の瞳で部屋を見回すと、シルバの姿を認め、無表情な口元をわずかに綻ばせた。
「やあ、久しぶりだね、シルバ・ロックール」
涼しげな鈴の音色のような声だった。
「……悪魔ってのは不特定多数いるって先生から聞いてるんだが。何でまた、お前なんだよ、ネイト」
「シルバ殿、知り合いであるか!?」
「どうやら、そのようだねえ」
驚くキキョウに、悪魔から視線を逸らさず目を細めるカナリーだった。




