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ヴィクターの鎮め方

「先輩、はいこれ」


 そして手に持っていた小さな瓶を、シルバに渡す。


「おう、ありがと」


 受け取った瓶は、落とし穴の中に回復薬(ポーション)らと一緒に保管しておいた、凍結剤だ。


「……三十秒で決着をつけるぞ、タイラン」

「……は、はい」


 地響きと共に、霊樹が乱暴に横倒しにされる。

 ヴィクターが、投げ捨てたのだ。

 シルバの視界の端で、キキョウが刀の柄に手を掛ける。


「これより、ヴィクターを止める! 全員、シルバ殿のサポートに回ってもらう」

「え?」


 キキョウの言葉に、ノワがキョトンとする。


「他人事のような顔をされては困るぞ。全員というのはお主らも含む! よいな!」

「ヴィ、ヴィクター、倒しちゃうの!?」

「殺しはせぬ。ただ、止めるだけだ。では――参る!」


 キキョウが駆け出し、ヴィクターの注意がそちらを向く。

 シルバはノワとクロスを見た。

 彼らも、ヴィクターに気を向けている。

 ロンはまだ動けないのか、部屋の端に倒れたままだ。

 やるなら今だった。

 シルバは、凍結剤の栓を抜いた。


「やってくれ、タイラン」

「は、はい」


 タイランが手をかざすと、シルバの手の中にある瓶の中身が生物のように流れ出て、空中に留まった。

 同時にシルバは自分が装備する『鱗の籠手』から、水の塊を三つ吐き出した。

 これもまた凍結剤と同じく、タイランが操作し、空間を泳ぐスライムのようだったそれが、やがて丸い玉の形を取った。

 大きさは、ちょうどシルバの頭と同じぐらいだろうか。

 空中を漂っていた凍結剤が水球と融合し、氷球へと変化した。

 しかし、タイランが操るそれは、硬い氷の状態のまま滑らかな水の属性も有していた。

 氷球の一つは、シルバの鱗の籠手の手の中に吸い付くように固定された。


「それじゃ始めようか」

「は、はい……」


 氷球の冷気に反応したのか、ヴィクターがシルバ達の方を向いた。


「さすが、お目が高いな」


 呟き、シルバはヴィクター目がけて駆け出す。

 水と氷、似てはいるものの異なる属性を同時共存などという無理を、タイランにさせている。

 時間的な余裕はほとんどなかった。


「某は無視か、ヴィクター!」


 シルバから視線を外さないヴィクターのこめかみを、跳躍したキキョウの刀が横殴りに襲いかかる。

 だが、ヴィクターはまるで効いた様子がない。


「予想通り硬いであるな……打撃の方が効きそうであるか」


 距離を取って着地するキキョウを完全に無視し、ヴィクターが左手を振りかぶる。


「ぬうう……!」


 その手には、禍々しい赤い光が宿っている。

 精霊砲を放つ気だ。


「けど、そうはさせないんだよ……ねっ!」

「ブモウ!」


 ボタンに乗って一気に間合いに入ったヒイロの骨剣が、ヴィクターの手首を叩き上げた。

 放たれた精霊砲は大きくそれ、赤い光が天井の一部を崩してしまう。


「つーか、いきなり動いて大丈夫か、ヒイロ。さっき結構無理しただろうに」


 走りながら、シルバが尋ねる。


「だいじょぶだいじょぶ。ボタンもいるしね」

「ブモッ!」


 まだまだいける、とボタンが鳴いた。

 ヒイロを追おうとするヴィクターの後頭部を、紫電が直撃する。


「それに数が多いからね。一人の負担はそれほどでもないさ。タイランは氷球の維持に集中していてくれたまえ」


 背後から彼を襲ったのは、カナリーだ。


「あ、ありがとうございます」


 タイランが、礼を言う。

 シルバの視界の隅で、ノワとクロスは動く気配がない。


「手伝う気はゼロか。まあ、いいさ。でも、邪魔だけはするなよ」


 再びこちらを向いたヴィクターの右拳が、シルバに振り下ろされる。


「てき、たおす!」

「シルバさん!」

「あいよ」


 氷球の一つが蠢き、シルバの前に壁を作った。

 シルバは手をかざし、指を鳴らす。


「『鉄壁(ウオウル)』!!」


 シルバの『鉄壁(ウオウル)』によって強化された氷の壁に、ヴィクターの巨大な拳が突き刺さる。


「ぬう!?」


 高い熱を持っていた拳が氷に包まれ、蒸気を立てながらその温度を下げていく。

 ヴィクターが凍結する己の拳に気を取られている隙に、シルバはその懐に入っていた。


「よし、いくぞ」


 シルバは、鱗の籠手の手の中にある氷球を、ヴィクターに押しつけた。

 氷球が溶けるようにヴィクターの中に吸い込まれていき、ビクンッとその身体が痙攣した。

 シルバはさらに手を押し込み、鱗の籠手の手首辺りまで、ヴィクターの身体に埋まり込んだ。

 白く熱い蒸気がシルバの身体を包むが、ここは我慢するしかない。


「が……がが……」

「ヴィ、ヴィクター!? やっぱり壊す気じゃない!」

「……落ち着けって。今、大人しくさせてるんだから」


 シルバはノワに言い、手を探る。

 指先に硬いモノを感じ、肉の中で印を切った。


「『沈静(アンティ)』」


 術が発動し、真っ赤だったヴィクターの全身が、次第に本来の肌の色に戻っていく。


「ヴィクターが……鎮まっている……?」


 ノワが目を瞬かせる。


「ヴィクターの精霊炉は、大昔に作られた試作品。中で燃焼する炎の精霊の制御が不完全な結果、長時間の運動が出来ず、こんな感じに暴走を起こす。そういうことらしい」


 シルバは、ヴィクターの身体の中にある精霊炉に手を当てながら言う。

 そして、水と氷の精霊の力を炉に注ぎ込む、タイランの言葉が続く。


「だ、だから、その炎の精霊の熱を安定させます……! 必要な熱量を憶えさせることで、二度と暴走は起こらなくなります」

「……っていう説明も、ブルース先生なんだがな。いけるか、タイラン」

「は、はい……何とか」


 ヴィクターの中に搭載されているのが精霊炉と聞き、ここに来る前にシルバ達は学習院(アカデミー)のブルースに意見を求めていた。

 ヴィクターの研究室にあった、そして今はタイランの盾となっている石板を調べてくれた、古代語を研究している先生である。

 あれからも研究は進み、精霊炉を研究している他の学者とも連携を取り、ヴィクターの鎮め方を考えてくれたのだった。


「お、おお……」


 少しずつ、ヴィクターから熱が引いていく。

 ヴィクターの目から狂気が薄れ、やがてガクンと跪いた。


「……おう?」

「と、止まった……?」


 ノワがヴィクターに近付く。


「止めたんだよ。タイランが」


 シルバはヴィクターの胸から手を引き抜き、後ずさった。

 鱗の籠手を霜が包み、手の動きはかなりぎこちない。

 凍ってしまっているようだ。


「はぁ……はぁ……」


 予備で用意していた氷球は使う必要がなくなり、地面に落ちて砕け散った。

 シルバの後方で、タイランが肩で息をしていた。

 二重属性の使用で、タイランもすっかり力を失っているようだった。

 喋ることはかろうじてできるようだが、急いで回復する必要がありそうだ。


「『回復(ヒルタン)』。すまなかったな、タイラン。しばらく休んで……って、そうか、鎧の方は使えないんだっけ」


 青い光でタイランを回復させたシルバは、落とし穴を振り返った。

 タイランの外殻となっている重装甲冑は、本体がここにいる為、沈黙したままだ。


「……まあ、今は温存しといた方がいいよな」


 誰にも聞こえないぐらい小さく、シルバは呟いた。


「んじゃま、しばらく俺と一緒にいてくれ」

「は、はい!?」


 スタスタと、シルバはタイランに近づいた。

 タイランが跳びはねるように顔を上げ、シルバから少しだけ距離を取る。

 力を失った割に結構元気っぽいなとシルバは思った。


「いや、現状、それが一番安全だから」

「は、はい。シ、シルバさんがいいのなら、それで……」


 タイランはコクコクと頷いた。


「ちなみにこの場合、誰が一番安全なのかっていうと……俺なんだよなぁ」

「ヴィクターの暴走が鎮まったのなら、遠慮はいらないね!」


 そんな少女の声が部屋に響き、ヴィクターが立ち上がった。


「ヴィクター、やっちゃえ!」

「おう」


 再起動したヴィクターの巨大な拳が、シルバに襲いかかってきた。


「本当に恩知らずだな、テメエ!?」


 転がるように回避しながら、シルバが絶叫する。


「最初から、その予定だったでしょ? さ、みんな、『魂の座』取り返そう!」

「ですね」


 ゆらり……とクロス・フェリーが動き、シルバに指を向けた。


「共闘終了、かー……」


 シルバは呟いた。

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