迫る臨界点
少し離れた場所で、大きな地響きが発生する。
「向こうも終わったか」
見ると、部屋の角では魔人が目を回していた。
その身体に、カニやイガグリのモンスター達が勝ち鬨を上げている。
こちらに駆け寄ってくるのは、リフとカナリーだ。
「に! おわった」
「やれやれ……酷く骨が折れたけど、これが終わりじゃないって言うのが辛いね」
どすん! と霊樹が大きく揺らぐ。
原因は反対側にあるようだ。
「うおおおお!」
霊樹の反対側では、ヴィクターが霊樹の幹に凄まじい勢いで拳を叩き込んでいた。
「ヴィ、ヴィクター、大丈夫!?」
あまりの勢いに、ノワも手出しが出来ない。
「へいきだ、のわさま。おれ、ちょうしがいい」
襲いかかる蔦や木の根を難なく引きちぎり、休むことなくヴィクターの猛攻は続く。
汗で濡れた背中からは大量の湯気が上がり、目が尋常ではない光を放ち始める。
「おれ、のわさままもる。れいじゅ、たおす。たましいで、のぞみかなえる」
力任せの休みない攻撃に、霊樹は次第に軋みを上げ、根本が持ち上がり始めていた。
しかしその頼もしさとは別の心配で、ノワは助けを求めるようにクロスを見た。
「ど、どうしよう、クロス君」
「ええ、どうしたものですかね、これは……」
クロスはチラッと出口を見ながら、悩んだ。
時間はあまりない。
シルバが落とし穴のフタを開くと、そこから青い燐光を纏った精霊がゆらりと現れる。
「し、シルバさん……何だかまずいことになってるみたいですね……」
その精霊、タイランの姿をノワ達に見せないように隠しながら、屈み込んだシルバは彼女と話を続ける。
「何、予定は大幅に狂ったけど、あれは織り込み済みだ。回復出来たか、タイラン」
「は、はい。それはもうバッチリですけど……」
これまで、タイランは穴の中でずっと休息を取っていた。
自身の甲冑に用意していた回復薬も飲んだし、万全といってもいいだろう。
……もっとも、予定通りなら、すぐにまたリタイヤすることになってしまうのだが。
「悪いな、タイラン」
「い、いえ……私にしか、出来ないお仕事ですから……頑張ります」
シルバは頷き、ヒイロとリフを呼んだ。
「よし。ヒイロは俺と、甲冑の引き上げを頼む。リフは黒い靄の偵察を」
「らじゃ」
「に」
カナリーは既に動き出し、自身の従者達やリフから預かった仲間のモンスターの指揮を執っていた。
「さて、そろそろ大詰めだな」
シルバは立ち上がった。
「ぬううぅぅん!!」
身体が赤銅色に変化しつつあるヴィクターの拳が、霊樹の太い幹に叩き込まれる。
「おれのじゃまを、するな……っ!」
身体中に纏わり付く蔦や木の根を引きちぎり、ヴィクターの連打が続く。
霊樹は軋みを上げ、次第に傾き始めていた。
今やヴィクターは、霊樹にとって最大の敵と認定され、その攻撃を一身に受けている。
しかしそれでも、彼は止まる気配はなかった。
「ヴィ、ヴィクター、もういいからそろそろ止まって!」
主であるノワの声にも、ヴィクターは攻撃の手を緩める様子はなかった。
赤銅色の肌は、さらに赤みを増してくる。
それがどういうことかは、この場にいる者全員に明らかだった。
人造人間である彼の身体に搭載されている精霊炉は遙か古代の試作品であり、長時間戦闘に使用すると熱暴走を引き起こすのだ。
そして最終的には、爆発する。
その規模がどれほどのモノかは分からない。
しかし、ヴィクターを中心に放たれている熱量は、少なくともこの部屋にいる者全員を吹き飛ばせることは、想像に難くなかった。
「のわさま。もうすこしで、たおしおわる!」
「そ、そんなの、シルバ君達に任せればいいからぁ!」
「おい、さりげなく人任せにするなよ!?」
落とし穴を覗き込んでいたシルバは、慌てて振り返った。
「何よ! ヴィクターが爆発してもいいっていうの!? そうしたらみんな、やられちゃうんだよ!?」
うんざりしながら、シルバは自分の頭を掻いた。
「あのなぁ……聞きたいことがあるんだが」
「何よぉ! こっちが今、大変なのは見れば分かるでしょ!?」
確かに、ノワのすぐ傍で、彼女の下僕であるヴィクターは臨界点に達しようとしている。
爆発まで、もう幾分の猶予もないだろう。
けれど、シルバはそれに構わなかった。
「その大変な件だ。お前ら、俺とキキョウが以前、伝えたことちゃんと理解してたのか? 長時間の戦闘は危険だって、言っただろう? 何の対策も打ってなかったのか?」
「だって、ヴィクター強いもん! 戦闘が長引いたことなんてなかったし、いつか何とかしようと思ってたの!」
ノワの答えに、シルバは深々と溜め息をついた。
「……つまり、お前らにヴィクターを止める術は何一つないんだな」
「仕方がなかった部分もあるんですよ。僕達には、頼れる場所も、彼の身体を調べる伝手もなかったんです」
困ったような、しかし全然反省していない笑みを浮かべながら、部屋の隅にいたクロス・フェリーが肩を竦めた。
「それってつまり、ヴィクターのことより、自分達の保身が第一だったってことだろ」
「傷つきますねえ。まるで僕達が薄情者みたいじゃないですか」
そう言ってるんだよ、とシルバは内心毒づいた。
『嘘をついている可能性もあるのではないだろうか、シルバ殿?』
『透心』の念話を介して、キキョウが尋ねてきた。
『……かもしれない。けど、チキンレースに付き合ってる余裕はないだろ、キキョウ。こっちには、アイツを止める術がある。なら、ここで使うべきだ』
『確かに』
シルバの目の前で、ヴィクターは霊樹の幹にしがみついた。
「おおおぉぉ……っ!!」
そのまま、足を踏ん張り、霊樹を持ち上げていく。
周囲の床が崩れ、太い木の根も吐き出されていく。
霊樹は明らかにもう、限界だ。
しかしそれと同等、いや、それ以上にヴィクターが危険だった。
その身体の色はもう、真っ赤になっており、シルバの身体にも蒸し暑いぐらいの熱気が伝わってきている。
「爆発ももう、時間の問題だな」
「シ、シルバさん……」
背後の落とし穴から、青白い燐光を纏う水の精霊、タイランが浮き上がってくる。
「怖いか、タイラン」
「い、いえ」
慌てて首を振り、すぐにしゅんと俯いた。
「……すみません、ちょっと怖いです」
「そうか。ちょっとなんてすごいな、タイラン。あんなおっかないの、俺はすげえ怖いぞ」
シルバの言葉は、半ばはタイランを落ち着かせる為だったが、残り半分は本音だった。
「あ、あはは……」
そのタイランの背後。
ガシャリ、と重い金属質な音をさせながら、銀色の重甲冑が落とし穴から持ち上げられ、床に置かれた。
「よいしょ、と」
それに続いて、ヒイロが姿を現わした。




