ヒイロ&ボタンVSロン・タルボルト(前編)
振り下ろし、大旋風、突きのヒイロ渾身の三連撃は回避され、一気に間合いを詰めてきたロンの右の爪が、二の腕を抉った。
「くぅ……っ!」
痛みに顔をしかめながらも、ヒイロの跳ね上がった蹴りがロンの顎を捉える――より早く、後転で相手は距離を取った。
シルバから攻撃力を高める『豪拳』、防御力を高める『鉄壁』、速度を上げる『加速』の祝福を受け、ヒイロの肉体は大幅に強化されていた。
さらに、鬼族の種族特性、戦闘力を大幅に向上させる能力『凶化』まで行なっている。
だが……ヒイロの腕から流れた血は手の甲を伝い、床へと滴り落ちる。
「……それでも向こうが上なんだよねー」
数メルト離れた場所で、ロン・タルボルトはヒイロの様子を伺っている。
そしてヒイロは身体中に無数の爪痕を刻まれ、骨剣を杖に何とか立っていられるのがせいぜいだ。
ふらつきながらも闘志の衰えないヒイロに、斜め向こうに立っていたシルバは印を切ろうとしていた。
「ヒイロ、今祝福を……」
だが、ヒイロはそれを手で制した。
「おっと先輩、これ以上の支援は無用だよ」
ニッと笑う。
「補助してくれただけで充分感謝」
その笑みを余裕と見たのか、ロンは再び床を踏み抜き突進してきた。
「あっちも回復は使ってないしね!」
ヒイロは骨剣を握り、槍のような正面突きでロンを迎撃する。
そのロンの身体の傷は、既にライカンスロープ特有の急速な治癒能力によって塞がっていた。
「ってアイツの回復力、シャレになってねーぞ!?」
「とにかく!」
単純な突きがあっさりとロンにかわされるのは、予想通りだ。
左に逃げたロンを追うように、横薙ぎの一撃をヒイロは放つ。
ロンは骨剣に足を掛け、そのまま跳躍した。
ヒイロは身体が泳ぐのをギリギリ踏ん張るが、それが精一杯だ。
「ガァ……ッ!」
ロンは天井に両足を付き、そのままヒイロに向かって反撃を仕掛けてきた。
「ぐっ……!」
迎撃は間に合わない。
拙い防御が精一杯だが、それでも浅くない傷を負うだろう。
ニッとヒイロは歯を剥いて笑った。
「上等!」
腹を決めて、ヒイロが防御行動に移ったその時だった。
「ブモオオオッ!!」
何やら黒い塊が、ロンを横から突き飛ばした。
着地したその塊は、猪の形をしていた。
「ボタン!」
「ブモッ!」
ボタンが駆け寄ってきたので、ヒイロはその背に飛び乗った。
そのまま身体を反転させ、一人と一体は、体勢を立て直した狼男と向き合った。
「負ける気がしなくなった!」
「ブモオ!」
笑うヒイロに、当ったり前よとボタンも吠える。
「グルル……」
突然現れた参入者に、ロンは尾を逆立てながら様子を伺っていた。
しかし、警戒するには値しないと判断したのか、一気に距離を詰めてきた。
「ブモッ!」
それに対して、ボタンは変わらず突進。
その鼻面に、ロンの爪が迫る。
「せーのっ!」
ヒイロが左足を床に叩き下ろした。
ブーツの踵が火花を上げ、ボタンは勢いを殺さないまま強制的に左へ曲がる。
「!?」
そして、今度こそロンの左半身に、ヒイロの骨剣が食い込んだ。
それでもとっさに右へ跳躍したのだろう、思った以上の感触を得ることはできなかった。
「ちぇっ、奇襲失敗だよ、ボタン」
「ブモォ……」
残念、とボタンもため息に似た声を上げた。
休む暇なく、ロンは再び襲いかかってきた。
しかし先ほどの一撃が効いたのか、動きのキレは悪くなっている。
(まあ、それでも速いんだけどさ)
立て続けの連撃を骨剣で捌きながら、ヒイロはボヤいた。
床に落ちている二本の短剣は、ロン・タルボルトの主力ではない。
現在の、無手での攻撃、それも達人の域に達している拳法が、この男本来の攻撃方法なのだろう。
「ブモウ!」
こっちを忘れるな、とボタンがロンの下半身に突撃した。
「グガッ……!」
思った以上にあっけなく、ロンは弾き飛ばされた。
ダメージこそそれほど高くはないが、ヒイロは今のロンの弱点に気づき始めていた。
狼の野性は攻撃力を高める一方、本来の拳法の技術を損ねてしまい、また目前の敵に集中してしまい、周辺の注意が疎かになってしまうのだ。
ヒイロを狙えばボタンが、ボタンを狙えばヒイロが攻撃する。
会心の一撃とまではいかないまでも、少しずつロンの体力を削ぎつつあった。
『ちなみに周辺の注意っていうのは――』
「自覚はあるからね!」
シルバから飛んできた『透心』に、ヒイロは突っ込んだ。
「ボタン!」
「ブモ!」
少し距離のできたロンとの間合いを詰めようと、ボタンに乗ったヒイロは声を上げた。
ロンは息を荒げ、迫るヒイロとボタンを待ち受ける。
その目に、理性が宿っていることに、ヒイロは気付いた。
「やば――」
腰を落としたロンに、ボタンのタックルが直撃した。
さらにヒイロの骨剣の先端も顔面、いや、額に当たっていた。
そして、ロンの目の光はまだ消えていない。
「しまっ……」
骨剣を引くより速く、狼の鋭い爪がヒイロの肩の肉を抉り取った。
「痛うぅ……!」
だがロンの攻撃はまだ終わらない。
後方宙返りしながらの蹴り、尾での殴打、肘打ち、そして再びの突進――合わせての五連撃が、ヒイロとボタンを打ちのめした。
「……がはっ!」
「ブモォ……」
たまらず、ヒイロは血反吐を吐いた。
ボタンもたまらず、膝を折りそうになっていた。
(まさか、体力を削ったら、同時に野性も鎮まるとはね……)
これはむしろ必然だ。
油断したヒイロのミスだった。
再び距離を取り、ロン・タルボルトはヒイロの様子を伺っていた。
その瞳は、獲物を確実に仕留める為の、狩猟者のそれだ。
ヒイロは顔を上げると、その瞳を見据えた。
「……?」
ヒイロの様子がまだ元気なのに、ロンは疑念を抱いているようだ。
ヒイロが唯一、ロンに勝っている点があるとすれば、それは鬼族の持つ並外れた体力だった。
プッと、ヒイロは口の中の血を吐いた。
「……余裕、見せてるよねー」
そして石床にドン、と骨剣を打ち付けた。
先端が石を割る。
「まさか、この程度で終わりじゃないよね?」
ヒイロは、わざとロンを鼻で笑ってみせた。
「……っ!!」
プライドを傷つけられたのか、間髪入れずにロンが床を蹴った。
「来たね……野性の方が引っかかったっ!」




