遠慮は無用
「オオオオオォォォォォン!!」
その咆哮は、正に野獣のモノであった。
半狼と化したロン・タルボルトの周囲には、無数のモンスターが倒れている。
彼の身体を濡らしているのは、その大半が返り血だ。
生々しい傷痕は、モノの数秒で自然治癒してしまう。
驚異的な回復力だ。
立ち尽くす彼を敵と見做したらしく、霊樹は自身の木の蔓を何本も鞭のようにうねらせ、風を切って襲いかかる。
同時に地面が割れ、そこからも太い木の根が数本出現する。
「ガァッ!!」
そのすべてを、ロンの鉤爪が切り裂いた。
「……五回攻撃であるか」
キキョウは、優れた動体視力でロンの動きを見切っていた。
「キキョウ……」
シルバの気配を背中で感じていたキキョウだったが、振り返らないまま、手で彼を制した。
『シルバ殿、近付いては駄目だ。今は、声も上げてはならぬ』
『……どういう、ことだ?』
キキョウの目は、ロンから離れない。
『今のあれは獣そのモノ。動き、音を立てるモノならば何にでも襲いかかる』
ロンは次々と襲ってくる霊樹の触手を爪の連撃と牙、そして尾での打撃攻撃で振り払う。
二本の短剣は、床に落ちていた。
狼化した時に捨てたのだろう。
なるほどあの鋭い爪があれば、短剣は必要なさそうだ。
本体を叩かなければならないと判断したらしく、床を割るほどの踏み込みで跳躍し、霊樹の巨体目がけて飛びかかる。
凄まじい拳の一振りが霊樹を大きく揺らし、天井から葉を落としていく。
「ちょっ!? ロン君、やりすぎー!?」
反対側から攻撃を加えているノワが、抗議の声を上げていた。
「おれもがんばる」
ロンに対抗するように、ヴィクターの拳が逆方向から叩き付けられた。
「うー……」
壁に叩き付けられ、目を回していたヒイロがフラフラと起き上がる。
身体のあちこちに爪の跡が残り、ブレストアーマーもズボンもボロボロだ。
「……っ!!」
自分の獲物だった相手が無事だったことに気付いたのか、それまで霊樹に体当たりと爪撃を繰り返していたロンの光る目が、ヒイロを見据える。
木の幹に蹴りを食らわせ、そのままそこを足場に、ヒイロへと飛びかかってきた。
「うはぁっ!?」
ヒイロは骨剣を盾に、とっさにショルダータックルを防いだ。
「ヒイロ、受けていては駄目なのである!」
キキョウが叫ぶが、ロンは目の前の敵であるヒイロに集中しているのか、こちらを見る様子がまるでない。
「彼女では勝ち目は薄そうだね」
ふ……と笑いながら、クロスは足を軽く宙に浮かせる。
どうやらノワのサポートに回るつもりらしい。元からシルバもそれを頼もうと思っていたので不満はない。
だが、それよりも、ヒイロが気がかりだった。
「……どう思う、キキョウ?」
シルバの念押しに、キキョウは頷く。
「うむ……何度もぶつかったから分かる。今のままでは、ヒイロに勝ち目はない」
そういうことなら、とシルバはクロスの方を向いた。
「おい、クロス・フェリー」
「何かな、シルバ・ロックール君」
「さっきのノワと言いアンタと言い、仲間がああなっているってのに、ずいぶんと落ち着いているじゃないか。ってことは、こういうのはこれまでにも何度かあったんじゃないか?」
そして、ノワ達には、理性を失っているロンを相手に無事でいられる理由があるはずだ。
しかし、クロスは軽く微笑んだまま、肩を竦めるだけだった。
「さあ、それはどうでしょう。意外に内心、こちらも焦っているのかも知れませんよ」
「まあいいさ。だけど、ウチの仲間がああなってるんだ。やっちまうけど、いいだろうな」
反撃しなければ、ヒイロがやられてしまう。
成り行きながらも、共闘の体裁を取っている今の段階ではまだ、言質を取る必要があった。
「やれるものなら、どうぞ。確か理性を失った狼男も、強い衝撃を受ければ元に戻れるはずです。ノワさんも、それでいいですよね?」
声を掛けられたノワは、霊樹の幹に斧を突き立てながら、返事をする。
「状況が状況だからね。でも、ロン君は強いよ。あの子で勝てるとは思えないけど……ねっ!」
ノワの斧の刃が、巨木の幹に食い込む。
しかし、倒れ落ちるにはまだまだ先は遠そうだ。
ふぃーと大きく息を吐き、ノワは手を休めた。
「ヴィクター、回復ー」
「わかった、のわさま」
その身体に、ヴィクターが治癒の光を当てる。
「それよりクロス君手伝ってよもー。ノワ、腕疲れて来ちゃったよう」
「はいはい。それにしてもずいぶんと頑丈な樹ですね」
支援系の魔術はそんなに多く使えないんですけどねぇとボヤキながら、クロスはノワ達の後方に向かった。
「ヒイロ! 言質は取った! やっちまえ!」
シルバは印を切ると、『回復』を防戦一方のヒイロに飛ばした。
「先輩ありがと!」
ヒイロの身体から、傷が癒えていく。
しかし、その肌にもすぐにロンの放つ新たな爪撃の跡が刻まれてしまう。
「強いなあ、ホントもー!」
ヒイロの骨剣は威力は絶大だが、その分、速度が遅い。
反撃に転じるのは、なかなか難しいようだった。
それでも何とか壁から脱し、広い空間にでることは出来た。
それを確かめ、キキョウは踵を返した。
「シルバ殿は、ヒイロを見守っていていただきたい。某も、霊樹の方に回る。蔦や幹を相手に打撃の攻撃は今一つ弱いのだ。斬撃系の攻撃が、ノワ・ヘイゼル一人ではどうにも心許ない」
「いいのか?」
「うむ」
路地裏での戦いで、キキョウとロンには因縁がある。
なのでシルバは、事前にキキョウとヒイロに確認してあった。
もしも、ロンとの戦いにヒイロが参戦することになっても、キキョウはそれで構わないか。
こだわりはあるかもしれないが、パーティーのリーダーとしてはそれに固執されても困る。
場合によってはヒイロに任せる、あるいは全員で畳み掛けると。
そしてキキョウは同意した。
「先刻のままでは、ヒイロは受け身にならざるを得なかった。一応は共闘であったからな。しかし、奴を倒してしまってもよいというのならば、問題はあるまい。――では、こちらも参る!」
キキョウは柄に手をかけ、霊樹に立ち向かっていった。
床を突き破って出現した複数の木の根が、キキョウが刃を振るう毎に、まるで大根でも切るかのように、あっさりと両断されてしまう。
「やれやれ、大忙しだな」
ロンとヒイロの戦闘と、キキョウの両方を見守れる位置に立ちながら、シルバはボヤいた。
「後衛としては、魔人の方に向いて欲しかったんだが」
幹のほぼ裏側で、火を吹き鉤爪を振り下ろす巨大な魔人を相手に、リフと仲間のモンスター達が戦っていた。
そのカナリーとリフから、『透心』経由で念話が届く。
『こっちはこっちでもうすぐ片付くから、自力で何とかなるよ』
『に。ともだちいっぱい』
カニが防御し、イガグリがトゲだらけの身体で魔人にタックルする。
動く泥が足下にへばりつき、周囲を炎の蜂が高速で飛び回る。腕をがっちりと制止するのは石巨人だ。
後方から飛ぶ紫電は、ここからでは見えないが、カナリーの攻撃で間違いないだろう。
「……」
ふと、シルバは首を傾げた。
『なあ、リフ』
『に?』
『……お友達の数、さっきより増えてないか? いや、心強いけどさ』
また、リフの『友達』とは別に、一体のモンスターが動いていた。
バレットボア――ボタンは、一直線にヒイロへと駆け寄っていた。
現代モノの新作『ひとりぼっち(?)の鬼』を投稿しました。
恋愛とローファンタジー、どちらかで迷いましたが世界観重視でジャンルはローファンタジーになってます。
ファンタジーなので、人間以外もちょっと出ます。
長さ的には、こちらの一話分程度の長さしかありませんが、こちらも是非よろしくお願いします。




