VSウインドイタチ
シルバは印を切りながら、次にカナリーに意識を向けた。
カナリー、リフも既に魔人との戦闘に入っているらしく、霊樹の向こうから激しい争いの音が届いてきていた。
『カナリー、そっちは任せる』
『ああ、振られちゃったか。僕よりキキョウへの愛を取るんだね。実に残念だよ』
カナリーが肩をすくめる様子まで、ありありと頭に浮かぶシルバだった。
『あのな、そっちは時間が掛かりそうだし、先に終わりそうな方を片付けるって言ってるんだ。気を付けろよ』
『心得ているとも。シルバこそ気を付けてくれたまえ』
「合点承知」
そしてシルバは、ウインドイタチを相手に雷撃魔術を飛ばすクロスに振り返った。
「やれやれ、あのサムライに、どうにか言ってくれませんかね。さすがに自分の生命もかかっているこの状況で、寝首は掻きませんよ」
彼らの目の前では、キキョウが三匹のウインドイタチを相手に、高速戦闘を繰り広げていた。
本人達は否定するだろうが、クロスの肩を竦める様子はカナリーとそっくりだった。
「背中を預けざるを得ない……けど、集中しきれないのもまた確かってところか」
状況はよろしくない。
キキョウの動きが無意識に背後のクロスを警戒しているのは、シルバにも分かる。
そしてクロスの指先から飛ぶ雷撃も、敵に当たっていない。
本気を出していない訳ではない。
ただ、相手の動きが速すぎて、届く前に避けられてしまうのだ。
「ええ。狙いをつけて放っても、その気配を察しています」
「『加速』を……」
「僕にもカナリーさんにも、既に施していますよ」
「…………」
キキョウはかろうじて前衛二匹の動きについていけているようだが、それでもウインドイタチの数は三匹。
キキョウだけでは分が悪い。
どれだけ二匹を傷つけても、三匹目が仲間の傷を癒してしまうのだ。
かといって、あの中に問答無用でクロスが雷撃をぶち込む訳にもいかない。
そうしたら、キキョウまで巻き込んでしまう。
それ自体はクロスにとって、後々のことを考えると悪いことではないだろう。
だが、それをすれば、シルバ達が今後一切サポートしないことになるからだ。
ともかくシルバは、キキョウに向けて『回復』を飛ばした。
それでようやくキキョウも、振り返る余裕ができたようだ。
「シルバ殿! よかった、これで攻め方を変えられるのである!」
その言葉通り、キキョウの動きがさらに加速した。
めまぐるしく、ウインドイタチ二匹の刃の尾を相手に立ち回る。
後ろを気にする必要がなくなったせいだろう、次第にウインドイタチが押され始める。
「クロスは、わずかに動きが遅い三匹目を狙ってくれ」
「当然でしょうね」
ふ……と笑うクロスの指先から紫電が迸り、ウインドイタチの一匹が短い悲鳴を上げる。
「悪くない……だが」
その雷の攻撃も、敵は回復の術を使って癒してしまう。
今の組み合わせなら、時間を掛ければ確実に勝てる。
キキョウは押しているし、敵の回復術だって無限という訳じゃないだろう。
魔力回復薬を持っている分、こちらが有利だ。
しかしそれでは足りない。
靄に襲われる前に、可能な限り戦力は削っておきたい。
一番いいのは、キキョウの命中率を上げることだ。
ウインドイタチの勘は相当に鋭く、紙一重での回避がやたらと多い。
考え、シルバはキキョウに『透心』を飛ばした。
『キキョウ、アレは使えないのか?』
『可能ではあるが……そう長い時間は使えぬ。おまけに、その後は『回復』や回復薬では間に合わぬ。霊樹やその後のことを考えると……』
『温存せざるを得ないか……』
そこでふと、シルバは思い出し、クロスを見る。
「そうだ。アンタ、確か俺達がここに入る前、何かアイテムで姿を消していたよな」
「はい?」
「とぼけなくてもいい。ちゃんと見てた。あのアイテムを貸してくれ」
クロスも、シルバの狙いを察したようだ。
だが、それでも彼は渋い顔をした。
「『隠形の皮膜』は確かに姿を消すことが出来ますよ? しかし、それは足が止まっている時のみです。動けば、ただの大きな布です。キキョウさんの姿を消そうっていうのなら、失敗ですよ」
「姿を消すのは、キキョウじゃない。いいから早く」
「……やれやれ。では御手並拝見といきましょうか」
言って、クロスは自分のマントの中から『隠形の皮膜』を取り出した。
それを預かると、シルバはキキョウに放り投げた。
「キキョウ! そいつを刀に巻け!」
「はい!?」
シルバの命令に、クロスは目を剥いた。
「刀身は別に歩かないだろ」
平然というシルバの前で、キキョウが『隠形の皮膜』を刀身に巻く。
刃が消え、ウインドイタチ達は一瞬、戸惑ったような短い声を上げた。
確かにあれならば、間合いが掴みにくくなる。
もっとも、問題がない訳ではない。
「しかしあれでは切れ味が……」
クロスの指摘はもっともだ。
だが、キキョウは不敵に笑った。
「ふ……刀は斬るばかりが能ではない」
飛びかかってくるウインドイタチの尾の刃が、キキョウの顔面に迫る。
だがそれよりも、
「突くことも出来る」
キキョウの刃の切っ先が、敵の胴を貫く方が速かった。
跳躍し、一瞬呆然としていたもう一匹に頭上から迫る。
「今だ、クロス」
「は、はい!」
残っていた一匹に向けて、クロスは指を鳴らした。
紫電が走り、回復役のウインドイタチを直撃する。
二匹目も仕留め終えたキキョウが、大きく息を吐き、刀から『隠形の皮膜』を解いた。
「助かった。返すぞ」
丸めた布を、クロスに放り投げる。
「……どうも」
いくら突きにしか使わなかったとはいえ、刃に巻いていたのである。
ボロボロになったアイテムを見て、クロスは複雑な表情を浮かべていた。
「お疲れ、キキョウ。連戦で悪いが――」
回復を掛けながらシルバが言うと、刀を納めたキキョウは頷いた。
「うむ、心得ている。霊樹を倒す手伝いをすればよいのだろう」
「ああ。ところでヒイロは?」
ヒイロが背後からウインドイタチを攻めていれば、もっと楽ができただろうに……と思っていたら。
「こっちーっ!!」
霊樹の陰から吹っ飛んできたヒイロが、そのまま壁に叩き付けられた。
「そ、そうであった! ヒイロ、大丈夫であるか!」
キキョウが慌てて、ヒイロに駆け寄ろうとする。
一体何が……とシルバが思っていると、二足歩行の狼がゆっくりと姿を現わした。
目は煌々と金色に輝き、上半身は黒い毛に覆われた全裸。
手の爪が鋭く尖っている。
そのモンスターは、見覚えのある黒いズボンを履いていた。
そう、ロン・タルボルトの履いていたズボンだ。
「……おい、半吸血鬼。お前んとこの仲間が暴走してるぞ」
シルバが突っ込むと、クロスも深く溜め息をつきながら、頭を振った。
「……言い訳させてもらうと、彼の分の避難も本当は間に合っていたんですよ。余っていた落とし穴に入ることだってできました。それを拒んで……厄介な。理性のなくなった彼は、相当に危険です」
見りゃ分かるよ、そんなモノ、とシルバは内心ぼやいた。




