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キキョウの帰還

(シルバ殿、今どちらにおられる?)


 シルバの意識に、『透心(シンツ)』を通してキキョウからメッセージが飛んできた。


「ん? キキョウが戻ってきたみたいだな」

「みたいだねぇ」

「特に怪我とかは……ないようですね」


 急な反応を示したシルバたちに、カナリーが不審そうな顔をした。


「みんな、どうして分かるんだい?」

「そういう祝福があるんだよ。契約している相手と距離が離れていても、連絡が取り合える」


 ああ、とカナリーは納得した。


「『透心(シンツ)』か。……また、マイナーな術を使う」

「それを知ってるそっちも大概だろ」

「何しろ、吸血鬼だからね。教会の使う術は大体、押さえてあるんだ。なら、迎えを寄越そう」




 しばらくして、応接室にキキョウが入ってきた。

 シルバは簡単に、キキョウと分かれてからの経緯を説明しようとした。


「ネリー」

「はい」


 カナリーが指を鳴らすと、部屋の隅にあった椅子が滑るように動き、シルバたちとカナリーたちを挟むテーブルの横で停止した。

 シルバは眉根を寄せた。


「……座標固定系の魔術?」

「考えても無駄だよ。今のはハイランド一族の種族特性だ。己の魂の一部を無機物に与え、使役している」


 カナリーが笑い、背後のネリーも微笑みながら頷いた。


「それを俺に明かしていいのか?」

「山賊退治では連携するんだろう? なら、こちらの戦力もそれなりに見せておく必要があるじゃないか」

「こっちは四人。そっちは……って、キキョウの話を聞いてからの方がよさそうだな」

「そりゃもっともだ。どうぞ、掛けてくれたまえ」


 カナリーの勧めでキキョウが椅子に座り、シルバは今の状況を話した。


「なるほど。吸血鬼の村であるか」

「正確には、吸血鬼の食糧の村な」


 シルバが訂正すると、カナリーは渋い顔をした。


「……そういう言い方をされると、ものすごくイメージが悪いな。しかも完全な事実なだけに、否定もできない。言っておくけど、直接血を吸ったりはしていないぞ。噛んだら僕らの眷属になってしまう。そうしたら『人間の血液』ではなくなってしまう」

「じゃあ、どうやって村の人たちの血を飲んでるの?」


 ヒイロが質問すると、カナリーは透明で細長い瓶を取り出した。


「採血用の道具があるんだよ。それで、こうした瓶に血液を入れる。状態保存の生活魔術が掛かっているから、十日は保てる」

「……あの、この瓶って、作るの大変だったんじゃないですか? 相当高度な技術が必要なんじゃ……」


 タイランが、瓶を覗き込んだ。

 するとカナリーは嬉しそうに語り始めた。


「これも分かるのか。そうなんだよ。透明なまま、この薄さとそれなりの硬さ。そして魔術を付与しても耐えきれる容器ってのは、研究に相当時間を費やしてね。ただ、その苦労の分、ガラス細工やワイングラスへの応用で、しっかり元は取ろうとしているんだよ。シルバ・ロックール。君の仲間には、話の分かる奴がいるじゃないか」

「……ウチのタイランと、仲良くなれて何よりだよ。害はないし、村の人間もみんな同意の上で暮らしているみたいなんだ。だからキキョウもこの村のことは秘密で頼む」

「承知した。では、共同戦線というわけであるな。よろしく、キキョウ・ナツメである」


 シルバの言葉に頷き、キキョウはカナリーに手を差し出した。


「カナリー・ホルスティンだ。噂はかねがね」


 握り返すカナリーは、キキョウを知っているようだった。


「む? 噂とは?」

「歓楽街の守護者、ジェントの剣術使いキキョウ・ナツメの名前はよく耳にしているからね」

「なぁっ!?」


 ビンッとキキョウの尻尾の毛が逆立った。


「……先輩、歓楽街の守護者って?」


 シルバの裾を、ヒイロが引っ張った。


「キキョウは俺達とパーティー組む前、あちこちの酒場で用心棒をやってたんだよ」

「ああ、それでですか……」


 一緒に聞いていたタイランが、納得したような声を漏らした。


「でもそれ言ったらホルスティンも有名だけどな。主に学習院アカデミーで」


 シルバは、今まで敢えて触れなかったことを口にした。

 学習院(アカデミー)とは、魔術師や錬金術師が出入りするアーミゼストにある学究機関であり、神の奇跡である祝福を使うことができる司祭のシルバもまた、この学習院の関係者なのだ。

 ギクリと、カナリーの身体が強ばる。


「う……その話はよすんだ、シルバ・ロックール」

「先輩、どう有名なの?」

「言った先から掘り下げようとするんじゃない!?」


 空気を読まないヒイロであった。

 なので、シルバも教えてやる事にした。


学習院(アカデミー)の錬金術科が誇る、美貌の天才錬金術師! とか」


 カナリーは何しろ目立つ。

 ただでさえ人目を引く風貌なのに加え、成績も優秀、しかも貴族である。

 カナリーの親衛隊(ファンクラブ)だってあるぐらいなのだ。

 だが、カナリー自身はその評価がお気に召さないらしかった。


「僕は天才じゃない。一般より優れているという自覚はあるが、天才というのはもっと突き抜けているモノだ。僕は強いて言うなら秀才といったところだ」


 自分で秀才っていうのもどうなんだとシルバは思うが、実際頭がいいのだから、そこには突っ込まないでおいた。


「天才より下ってこと?」

「違いますよ、ヒイロ……天才と秀才を比較するのは、その、ナンセンスなんです。そもそもの、質が違いますから」

「よく分かんないなあ」


 ひょいひょいひょいとクッキーを口に入れながら、ヒイロがぼやく。


「とにかく、ホルスティンは優秀だってことで有名なんだよ。あと、すごく目立つから」

「貴族は輝いてこそだ。もういいだろう。話を詰めよう」


 カナリーは強引に、話の軌道修正を図った。

 確かに脱線はしているので、シルバにも異論はない。


「だな。……あー、ホルスティン。連絡用に、『透心(シンツ)』の契約を行いたいんだけど、いいか?」

「僕は構わないけどね。しかし、祝福となると僕には適応されないだろう。僕達、闇の血族と神の祝福との相性の悪さは有名だからね」

「とりあえず、ほい。親指」


 カナリーの苦笑いに構わず、シルバは右の親指をグッと出した。

 しょうがない、とカナリーも同じように親指を突き出し、シルバのそれと合わせた。


「だから、無理だって……何で使えているんだ!?」


 シルバの意識と繋がった感覚に、カナリーは思わず立ち上がっていた。

 対するシルバは冷静に、香茶を飲んでいた。


「大体、こちら側の思い込み。吸血鬼には使えない。アンデッドに治癒の祝福を与えると逆にダメージを与えてしまう。そういう固定概念が、現実に影響を与えているんだ。使おうと思えば、普通に使える」

「……いや、いやいやいや。ないだろう。君が言っているのはつまり、君の使う祝福は世間一般に広まっている常識の枠外にあるって、そういうことだぞ」

「まあ、そういうことだ」


 非常識という自覚はシルバにもあった。

 ただ、あくまで『世間ではこうである』という常識より、自分の考えの枠が少々広いだけだと、シルバは思っている。

 例えば土に『崩壁(シルダン)』を使い、防御力を下げたのも同じだ。

 実は誰だってできる。

 ただ、できないと思えばできないのだ。

 シルバと、普通の聖職者・魔術師たちとの違いは、それだけに過ぎない。


「とにかく使えるんだから気にするな。便利だし、使えないよりはいいだろう」

「……先輩、何か、身悶えてるんだけど」


 ヒイロの指差した先では、カナリーが頭を抱えていた。


「……分かります。つまり、シルバさんは、とても非常識な事をしているんです……魔術や祝福、神秘の類に知識がないと、分からないことなんですけど……」


 タイランが同情するように呟いていると、ガバッと起き上がったカナリーがその両手を取った。


「分かってくれるかい、タイラン!」

「ま、まあ……多少、錬金術には心得が、ありますから……」

「よーし、ホルスティンとタイランがさらに馴染んだところで、打ち合わせに戻ろうか」


 話が進まないなあ、と思うシルバであった。

 誰が原因かは、敢えて考えないようにした。

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