変容
シルバは、台座から卵形の器を外した。
「台座に刻まれている言葉をキーワードにし、器を触れさせれば魂が吸収される。もっとも、魂をある程度安定させる必要はある」
『ふぅむ、リフを追っていた木の根の元を一度は鎮めねばならぬ、ということであるか……』
「つまり、倒さなきゃいけない訳だ。厄介だなあ」
カナリーが嘆く。
「……攻撃無効化する奴相手にするよりはずっとマシだろ。それに、二人には別の仕事を頼みたい」
「ん?」
『某達であるか?』
そろそろ外の音や振動も大人しくなりつつある。
このまま閉じこもっている訳にもいかない。
自分達は安全でも、リフはまだ靄に狙われているのだ。
動きが鈍いのが、救いといえば救いだ。
「二人に頼みたいのは、靄に変えられたっていう元冒険者の魔人の相手だ。倒せればいいけど、基本は牽制で」
『倒すにしても、無力化であるな?』
「元は普通の冒険者だからね。殺してしまうのは、ちょっと後味が悪いよ。もっとも、僕達の生命が危機に陥るようなことになれば、話は変わってくるけどさ」
「ああ、そこは自分達の命が最優先だな」
そして、シルバ、ヒイロ、タイラン、リフで暴走している植物の苗を相手取る。
『……植物の苗というのはつまり、第五層を守る霊樹であろう? 四人だけで大丈夫であろうか? いや、タイランは甲冑がまだ回復しきっておらぬから三人であるか』
キキョウの問いに、シルバはいや、と反論した。
「むしろ、魔人を二人だけに任せるってのも、大概危ないんだ。魔人っていうのは大抵、スペック高いからな。でも、カナリーなら、ヴァーミィとセルシアもつくだろ」
「少なくとも、数的には四人になるね。あとはシルバ、ノワ・ヘイゼル達はどうするんだい? 放っておくってことは、ないんだろう?」
「いや……」
首を振り、シルバはそれまで、『透心』を一方的にカットしていた相手に意識を向けた。
「とりあえず話は全部聞こえただろ、ノワ? やったことの始末は付けてもらうぞ?」
『ノワは悪くないもん!』
「……彼女、生きてるの?」
「ああ、どうやらピンピンしてるようだ」
シルバは顔をしかめ、カナリーは舌打ちした。
どうやって生き延びたのか、ノワ・ヘイゼルはまったく反省していないようだった。
だが今回の一件、原因は彼女達にある。
シルバはノワに再び『透心』を向けた。
「……おいおい、逃げ切れると思ってんのか? 手伝わなきゃ、全滅するだけだぞ」
シルバは、ノワ達を巻き込む気満々だった。
いや、むしろ厄介事に巻き込まれたのは、自分達の方かもしれないのだ。
そして、カナリーが軽く尖った耳を揺らした。
「外が静かになったようだよ、シルバ」
シルバは交渉の材料を、考えていた。
ノワ達の目的が悪魔の召喚(正確には召喚し、自分の願望を叶えてもらうこと)にあるのは明白なので、禁具『魂の座』がそれになるかもしれない。
だが、悪魔を復活させるには結局それを使用せざるを得ず、実は交渉の材料にはなり得ない。
もう一つの懸念材料があるとすれば、霊樹の苗と共に『高位の魂』を有する仲間であるリフの存在だ。
自分自身や仲間の背中、特にリフには注意を払わなければならない。
ノワはいかにシルバを出し抜くかを考えていた。
シルバが『魂の座』を共闘の交渉材料に持ってくるのは明白だったが、結局のところ『靄』というのを何とかするには『魂の座』は必要不可欠。
どうあっても、悪魔は召喚されるのだ。
今はまだ姿の見えない霊獣・剣牙虎の仔の存在を探ることこそ重要だ。
運がよければ、自分の願いことが二つに増やせるかも知れないからだ。
もっとも、そんな二人の思惑など、それぞれ閉じこもっていた場所から出た時点できれいさっぱり吹っ飛んでいた。
シルバは緊急避難していた落とし穴の天井を開き、外に出た。
黴臭いが、それでもわずかに新鮮な空気の中に、緑と血の臭いが混じる。
「何だ、こりゃあ……」
思わず呟いてしまう。
一瞬呆然とした後、状況を把握する。
中央には恐ろしく太い柱のように、樹木が生えていた。
天井いっぱいに葉が生い茂っている。
まさか、上を貫いていないだろうな、とちょっと心配になった。
そして床はひび割れ、おそらく完全に根付いているモノと思われる。
床から飛び出た何本もの根の先端は尖り、何匹ものモンスターを貫いていた。
それらが萎れているのはおそらく生命力を吸収したのではないか、とシルバは推測した。
自分達の籠もっていた落とし穴を根が貫かなかったのは、距離があったからか。
おそらくこれが、ここに来るまでに靄に襲われた冒険者――ティム達が奪われたという苗の成れの果てでであり、リフを追いかけていたという木の根の本体なのだろう。
第五層の奥に陣取る霊樹の子だ。
リフが引き連れてきたモンスター達の大半は、もう既に部屋の外に逃げてしまったのだろう。
床には何体ものモンスターが倒れている。
ノワが支配していた冒険者達も同様だが、その生死を確かめる余裕は今のシルバにはない。
樹木の左側、幸いこちらには気付いていないが、山羊のような角を生やし、二メルトを超える鍛え上げられた肉体と、翼と尻尾を生やした二足歩行の魔物――魔人が徘徊していた。
あれが、ティム達の仲間だったグースという冒険者なのだろう。
話し合いが通じそうな様子はない。
そして右手には、三匹の魔獣。
これはシルバも知っている。
第三層の中でも強敵のモンスター、ウインドイタチ。
常に三匹で行動し、素早い動きで転倒と斬撃、回復というそれぞれの役割分担をこなす、頭のいい連中だ。
どうやらこちらに気がついたらしい。
そして霊樹の向う側で、何やら争う音が聞こえるのは、おそらくまだ残っていたモンスター達が共食いをしているのだろう。
シルバと魔人のちょうど中間ぐらいの床が開き、リフが出現。
ウインドイタチのほぼ真後ろの床からは、ヒイロがどっこいしょと現れ、モンスターを挟むように開いた穴からキキョウが躍り出る。
右手壁の端に肉のドーム……いや、牙や爪の跡で血まみれになった背を丸めていたヴィクターが動き、その中から屈み込んでいたノワと尻餅をついて窮屈そうに頭を振るクロスが姿を現わした。
シルバやノワを新たな贄と判断したのか、霊樹の根が蠢き彼らを同時に襲ってきた。
魔人がこちらを振り返る。
別の落とし穴から垂直に飛び出したリフが、両腕から出現させた刃で、襲いかかってきた木の根を切断した。
少し遅れて、同じ穴からボタンも飛び出す。
ウインドイタチの一匹目が、キキョウに飛びかかった。
――それらがほぼ同時に行われた。
「カナリー、リフを保護! ――『小盾』!!」
「クロス君、早く!」
シルバは両腕の籠手でガードの姿勢を取りながら、魔力障壁で木の根の攻撃を弾いた。
その後ろから飛翔したカナリーは、雷撃を放つ。
これはリフの頭上を越え、魔人の顔面を捉えていた。
だが、魔人の有する魔力障壁によってダメージが半減されてしまう。
「対魔属性かよ。面倒な」
シルバは舌打ちした。
ノワは自分の斧で根を両断し、構えを取っていた。
彼女の目の前で、切断された根が樹液を撒き散らして、悶絶する。
その隙に、ようやくクロスが立ち上がった。
「に!」
リフは木の根を切断した直後、シルバの元に駆け寄ってきた。




