目障りな存在
「やっぱり、支援系の祝福は味方に掛ける方が気持ちいいな」
はっはぁ、とシルバは笑った。
「ま、それはともかくいい加減胸が邪魔だな、この姿」
そして印を切ると、自分に掛けられた呪いを解呪した。
やや長くなっていた髪が落ち、シルバは少年の姿に戻った。
そして、まだ支援の祝福を受けていないキキョウに、詠唱した『加速』を与える。
「シルバ殿、助かる!」
ロンの短剣をかい潜り、疾風の動きで迫るキキョウの刃が彼の腹を切りつけた。
「ぐぅ……!」
魔術を雨あられと降り注がせるカナリーに苦戦しながら、クロスは信じられないという風にシルバを見ていた。
「馬鹿な……聖印に入れられる魔力回復薬の量なんてたかが知れているはず……! なのに何故、そんなに連発出来るんですか……!」
シルバは、鎖に繋ぎ直した聖印を掲げた。
「ああ、ハンド商会の高濃度魔力ポーションだからな。そりゃこれだけの量があれば、回復には充分だろ」
「最高級品じゃない!?」
その言葉に反応したのは、ヴァーミィ、セルシアを相手取っているノワだった。
二人相手にも、何とか互角にやり合っているのは彼女もそれなりに腕を上げているからだろう。
「で、でも、そんなの買うお金、シルバ君が持ってるはず……!」
斧でヴァーミィの蹴りを弾きながらノワが呻く。
シルバクラスのパーティーなら、一本買うだけでもう二ランクは上の装備を調えられるはずだ。
「いや、俺達の金じゃなくて、カンパ。おいおい、引き合わせてくれたのはお前だぞ、ノワ」
「え……」
「ずいぶん以前、プリングルス兄弟っていうチンピラ冒険者達に襲われたことがあってだな。その時に知り合った連中がさ」
シルバはノワに、速度低下の効果がある『鈍化』を詠唱する。
「『俺達の分もやっつけてくれ』ってくれたんだ! その想いには応えなくちゃなぁっ!!」
身体の動きが鈍くなったノワに、ヴァーミィの蹴りとセルシアの手刀が同時に叩き込まれた。
シルバはキキョウに振り向くと、印を切った。
「キキョウ、回復行くぞ!」
「有り難い!」
青白い聖光がキキョウを包み、傷を癒す。
その分だけキレのよくなった彼女の動きを、ロンは相手にする羽目になる。
「余計な真似を……」
無表情なロンの眉が、わずかに寄った。
「どうもお主は勘違いしているようだな。これは某とお主の勝負ではない」
ロンの滝のような攻撃をすべて弾き返し、キキョウは攻勢に打って出る。
「某達とお主らの勝負であるぞ!」
強烈な胴薙ぎは、ロンが両の剣で受け止めなければならないほど凄まじいモノだ。
「皆さん、落ち着いて下さい。地力ではこちらの方が上です」
正面に魔力障壁を張って、クロス・フェリーはようやく人心地ついた。
だがその盾も、そう長くは続かないだろう。
カナリーの放つ紫電がぶつかる度に、障壁は軋みを上げる。
それほどまでに、カナリーの雷撃魔術の勢いは壮絶だった。
「冷静になれば勝機は生まれます。ノワさんも僕のようにまずは回避に専念してください」
いずれカナリーの魔力は尽きる。
否、それまでにカナリーは別の手を打って出るだろう。
自分の脇を抜ける紫の電光を眺めながら、クロスは次の手を考えようとする。
直後、頭に強い衝撃が駆け抜けた。
「がっ!?」
後ろからだ。
振り返ると、そこにはいつの間にかシルバが立っていた。
虹色の膜状をした魔力障壁を纏い――いや、違う。
「『魔鏡』」
あれは魔力の反射障壁。
やり過ごしたカナリーの雷撃魔術を跳ね返し、クロスの背後から攻撃を仕掛けたのだ。
「正面からだけと思ったら大間違いだぞ」
「こ、この……」
クロスは紫電を纏う指先を、シルバに突きつける。
まずはあの虹色の膜を、解除しなければならない。
そう考えていると、再び背後から攻撃が来た。
「うあっ!?」
全身に電流の痺れが走る。
それを呆れたように見ているのは、新たな雷術を放ったカナリーだった。
「僕を前に余所見とはいい度胸だな」
その間に、シルバは次にヒイロに顔を向けていた。
「さてヒイロの方は、やっぱりタイランがいないのが痛いな!」
「……ちょっとね!」
攻める勢いは、圧倒的にヒイロの方が上だ。
だが、ヴィクターの硬い身体は、容易にダメージを与えられないでいる。
この辺りは、ロンの仕込みだ。
大きな動きの割に防御の技術は巧みで、弱い打撃はすぐに回復できる。
倒すには、かなり骨が折れるだろう。
「構わないから、そのまま一気に押し切れ!」
「らじゃっ!」
シルバの指示に従わず、ヒイロは一瞬その場で足を止めた。
「ぬうっ……?」
前に出て来ると踏んだヴィクターの拳が、勢いよく空を切る。
「なんてね!」
大きくバランスを崩したヴィクターの横っ面を、ヒイロの骨剣が思いっきり引っ叩いた。
そのままヴィクターは、斜めにいたクロスにぶつかった。
「くっ、またあの『透心』ですか……!」
クロスは顔をしかめた。
今のシルバの指示、口頭でのそれとは違う内容を、『透心』を通してヒイロに与えていたのだろう。
だが、シルバの言葉が常に偽物であるとは限らない。
シルバと『透心』で意識を共有している者達にしか、その真偽は分からないのだ……!
「厄介な技を。ヴィクター! 言葉は聞いちゃいけません! 彼らの作戦はすべて『透心』で行われています」
「おう」
ヴィクターは両腕を前で交差させ、再びヒイロに突き進んでいく。
それを見て、シルバが声を張り上げた。
「このまま畳み掛けろ、ヒイロ!」
「うん!」
腕で防御を固め迫るヴィクターの足を、ヒイロの骨剣は集中的に狙った。
どれだけ頑丈であっても、同じ場所ばかり狙われては敵わない。
ヴィクターの膝がガクリと落ちる。
「ぬう……くろす、こいつとまらない」
「……虚と思えば今度は実ですか!」
不意に視界の端に、何かがよぎった。
とっさに頭を反らしそれを回避するが、その隙をカナリーがすかさず突いてきた。
迸った紫電が、右足に当たり、危うく体勢を崩しそうになった。
「ぐっ!」
身体を回転させ、何とか転倒だけは免れた。
クロスの顔を狙ったのは、シルバのダーツだ。
ナイフで刺されたカナリーが無傷だったことを考えれば、おそらく当たってもダメージはない……だろう。
ないはずだ。
しかし、痛みがなかったとしても、目にでも当たれば視界がわずかに阻害される。
「嫌らしい攻撃をしてくれる……!」
シルバを止めたくても、その間に彼は移動している。
ただ、ボンヤリと突っ立っているわけではないのだ。
しかもこちらは、カナリーを相手取っている。
シルバへの攻撃は困難だった。
地力がこちらの方が上という、クロスの考えは間違っていない。
これだけ圧倒的に攻められながらまだ、誰も落ちていないのがその証拠だ。
だがしかし、反撃の機会すら与えられないのは、やはりあの、一番厄介な男が今、フリーでいるせいだろう。
ノワはかろうじて、ヴァーミィとセルシアの二人を相手に互角の勝負を繰り広げているが、身動きは取れそうにない。
ロンは救援しようにも、隙あらばとキキョウが倒す機会を伺っている。
自分はカナリーに足止めされ、背後から襲ってくるシルバの『魔鏡』にまで気を配らなければならない始末。
ヴィクターは言葉に惑わされ、攻めあぐねている。
セルシアの身体を斧で弾き飛ばしながら、ノワが叫んだ。
「誰か、シルバ君を止めて! ヴィクター、もっとしっかり!」
「おう」
振り返るヴィクターの後頭部に、勢いよく骨剣が振り下ろされた。
鈍い音がして、ヴィクターの頭から血が流れる。
「先輩を相手にするなら、ボクをやっつけてからだよ!」
振り返ろうとするヴィクターの腰に、深く骨剣が食い込んだ。
ロンはそもそも振り返ろうとすらしない。
いや、できなかった。
自分の顔を狙ってきた刀の切っ先を左の短剣で払い、右の短剣を突き出す。
「お主もであるぞ?」
肩口の着物を斬りつけられながらも、キキョウは一歩も退く気配がない。
「……ああ、お前を倒してからだ」
最後が突きと分かっているからまだやりようがあるが、ロンにも他のことをする余裕はないのだ。
だがそれでも、キキョウにダメージを与えているだけ、まだクロスやヴィクターよりはマシだろう。




