反撃の狼煙
シルバは首を戻すと、叫んだ。
「タイラン、今だやれ!」
「……はい!」
タイランの手が動き、何か箱のようなモノが放物線を描いて、ノワに投げつけられる。
クロスの背筋に、ゾッと悪寒が走った。
「しまった……爆発物!?」
自分の雷撃、もしくはヴィクターの精霊砲での迎撃が頭をよぎる。
いや、アレが本当に爆発物なら、下手をしたら誘爆してしまう。
同じようにノワも考えたのだろう、とっさにクロス達を見て即座に決断した。
「シルバ君、ノワの盾になって!!」
「何!?」
命じられ、シルバがふらふらになりながらも、ノワの正面に立たされる。
なるほど、上手い手だったとクロスは思った。
自分やヴィクター、ロンをノワから引き離し、リーダーを潰す作戦だったか。
だが、それも失敗に終わる。
タイランが投げ放った物体はそのままシルバに向かって落下し――。
「どかん!!」
大きな音――いや、声だった? ――に、ノワは一瞬目を瞑った。
「――なんてな」
シルバの大声に続いて、やけに可愛い声が至近距離からした。
直後、胸ポケットから何かが引き抜かれた。
「あ? え?」
ノワが目を開けると、そこには見知らぬ少女が立っていた。
「なるほど、『女帝』のカード。これが男達の動きを縛っていたモノの正体か」
そう、目の前の彼女の言う通りだ。
シルバに『女神の微笑』が通用しないということで、より強力な対男性用のアイテムとして、タヌリックに用意してもらったのが、『女帝』のカードである。
本来はマルテンス村に隠していた財産の一部と引き換えに手に入れるはずだったアイテムなのだが、ギルドに取り上げられてしまい、高い金を払って買う羽目になってしまった。
効果は、女性が使うことで、男性には圧倒的な強制力を課すことの出来るカード。
ただし、同性相手にはまったく通用せず、かつ発動時に膨大な魔力、使用継続時にも常時魔力を消費し続けるという欠点がある。
それでも、買う価値はあった。
何せこちらには、女性相手に強力な『魅了』を有する半吸血鬼、クロス・フェリーがいるのだから。
……もっともシルバのパーティーが、シルバを除いて全員女性だったというのは、まったくの計算外だったのだが。
それはともかく、目の前の女の子は一体……。
「誰?」
やや癖のある茶髪は、肩ほどまである。
少し身体に合わない大きさの白い軽装法衣を身に纏った、気の強そうな美少女だ。
「おいおいおい、人を盾にしておいて、そういうことを言うのかい」
「シルバ……君?」
『彼女』――シルバは、呆然としているノワからバックステップで距離を取った。
「今は『君』じゃなくて『ちゃん』、なのかね――本来は万が一の魅了対策として、ヒイロに使う為のアイテムだったんだが……」
ノワの足下には何やら外装らしき板が落ち、シルバの手にはいつの間にか木製の像があった。
タイランが投げたのは、そもそも爆発物ではなかった。
ノワが、自分を盾にするだろうということまで読み切っての、シルバの指示だったのだ。
「あぁっ!? それ、ノワが手に入れた……」
「今はギルドの管理物だけどな」
それは牧神の偶像である『牛と女神像』。
その効果は性別転換。
マルテンス村で、うっかりキキョウが男性化してしまったアイテムである。
これを使い、シルバは女性化し、ノワの『女帝』を無効化したのだ。
もっとも、今のシルバには回復の手段がない。
装備はほとんど全部、クロスが奪って他の冒険者達の分と合わせて部屋の隅にまとめてある。
『牛と女神像』を取り戻すのは、容易なはずだ。
ノワは、腰の後ろの斧に手をやった。
だが、自由になった彼女は、胸元から聖印を引き出し繋具から離した。
これだけは、半吸血鬼であるクロスも奪えなかった。
そこでノワは思い出した。
聖職者の聖印は、いざという時の命綱、ポーションの容器にもなっているのだ。
中身を一気に煽ると、シルバは手を高らかに上げ、指を鳴らした。
「『回群』!!」
魔力回復薬で回復したシルバの青白い聖光が、彼女の後方を包み込む。
ロン、ヴィクター、ヒイロの傷が癒され――半吸血鬼であるクロス・フェリーが不快さに身体を震わせた。
「くっ、ヴィクター、ロン君、ヒイロさん、行きますよ! 敵は一人です」
クロスは全身を虫が這うような不快感を感じながらも、仲間達に命じる。
「おう」
「分かった」
「……うん」
後方から四人動き、正面からはノワが斧を手に取り迫ってくる。
「みんな、恐れることはないよ。シルバ君には攻撃力全然ないもん!」
「おいおい、ちょっと待てよ。少し話をさせてくれ。何、時間稼ぎじゃないんだ」
シルバはポケットに手を入れ、立ち尽くす。
何か策があるのか、まるで余裕の様子だ。
しかし、ノワ達の方が早い。
「問答むよー!」
この振りかぶった斧がシルバに届けば、ノワの勝利だ。
「やれやれ、現状を把握させてやろうと思ったのに……」
それらは、ほぼ同時に起こった。
シルバの背を捉えようとしたクロスとヴィクターに、紫色の落雷が直撃した。
「がああぁぁっ!?」
衝撃に、クロスが膝を屈する。
ヴィクターも、見えない敵の存在を探ろうと足を止め、左右を見渡す。
「……っ!? こ、この雷撃は……ま、まさか」
身体の痺れを堪えながら、クロスは自分の影を振り返った。
そこには、黒い影から突き出た白い手があった。
突き出された人差し指からは、紫の火花が生じている。
ふと、クロスは思い出す。
そうだ、シルバ・ロックールには攻撃力がない。
それは調査済みだ。
ノワからも聞いているし、実際様々な戦いの中で、シルバ・ロックールが自分で攻撃を行なうことはなかった。
だから、クロス・フェリーはこう考えていた。
シルバ・ロックールの攻撃は、恐れるに足らない。
なぜなら、相手にダメージを与えることなどほとんどないのだから。
だって、そう考えるのが自然だ。
子どもでも、殴れば痛い。
まさか、本当に攻撃という概念自体が存在しないなんて、考える方がどうかしているだろう。
だが、それが真ならば。
例えば相手をナイフで刺しても、相手は痛みを感じることもなければ身体が傷つくこともない。
気付ける機会はあった。
今、シルバが使った『回群』、肌を虫が這うような不快さこそあったが、痺れも痛みも一切なかったのだ。
半吸血鬼である自分には、本来ならそれなりのダメージが入るはずだったのに……!
――ゆるり、と影の中から、金髪紅眼の吸血鬼が出現する。
「……もう、我慢しなくて、いいんだよね、シルバ」
カナリーは、胸元に刺さったままのナイフを引き抜いた。
その刃には、血は一切付着していなかった。
シルバがカナリーを刺した傷も、ダメージは一切なかったということか……!
「影の中ですべて見ていたよ。……まったく、焦れったくてしょうがなかった。何度、攻撃を仕掛けようと思ったことか」
やれやれ、とカナリーは指先から雷撃を迸らせた。
バシィッ!!
それは正確に、クロス・フェリーとヴィクターを貫いた。
「ぐううぁぁ……っ!?」
「ぬぅ……」
「シルバを縛っていた強制力の正体と出所を掴むのには、苦労したよ、まったく……でもまあ、あれだけバンバン使われれば、どんなヘボ魔術師だって分かるってモンだけどね」
にこやかに、だが目が笑っていない真面目な表情のまま、カナリーは自分の金髪を掻き上げた。
「さあさあ、光と音のオンパレードといこうじゃないか。幸い、僕の魔力はほとんど温存されているからね。存分に楽しんでくれたまえ」
大きく両腕を広げるその背後には、幾つもの眩い雷球が危険な音を立てながら控えていた。
「ぬ!?」
クロス達をフォローに向かおうとしたロンの背筋に、凍えるような殺気が走った。
振り向きざまに、短剣を振るう。
「お主の相手は、某であろう?」
黒い穴から飛び出したキキョウの刃が、ロンの短剣とぶつかって火花を飛ばした。
「……そういうことか」
ロンは把握した。
さっきの『回群』は、不自然だった。
半吸血鬼であるクロスへの牽制攻撃というのは分かる。
だが、同時にロンとヴィクターをも癒やしていた。
こちらの陣営にいるとはいえ消耗しているヒイロの回復というのは分からないでもないが、同時にシルバ達にとってヒイロの攻撃力は脅威でもあったはずだ。
むしろ、狙うならクロスへの『回復』でよかったのだ。
『回群』を使ったのは、穴に落ちたキキョウの回復が本命だったのだろう。
――まずい。
ロンは、気付いた。
クロスの牽制、キキョウの回復。
そしてもう一つ。
おそらく、シルバ・ロックールはヒイロを取り戻す算段も既に取り付けている――!!
「……穴の中に仕込んでおいた回復薬分も含めて、完調とは言い難いが、それなりに回復した。さあ、二回戦といこうではないか、ロン・タルボルト」
床に着地したキキョウは、刀を構えた。
装備はボロボロ、身体の切り傷もまだ癒えていない部分がある。
だがそれでも、キキョウは不敵に微笑んだ。
「制約のなくなった某は、少々手強いぞ?」




