同士討ち
そして五分後。
生き残ったモンスター達は隠し部屋の扉から出て行き、部屋は沈黙した。
濛々と埃の舞う部屋の中には、何十人もの冒険者達とそれを上回る数のモンスターが倒れ、武器や血飛沫が床を汚し、壁のあちこちに亀裂が生じていた。
赤絨毯はボロボロで、椅子も完全に粉砕されている。
パカッと床の一部が二つ開き、そこからキキョウとタイランが顔を出した。
タイランは落とし穴から身体を乗り出し、部屋の惨状を見渡した。
「お、終わりましたか……?」
「ああ、おそらくな。それにしても酷い有様だ」
キキョウも同じく落とし穴から飛び出し、小さく息を吐いた。
落とし穴の中に罠はなく、ただひたすら身を潜める為の機能しかない。
そもそも排気口やダストシュートの類だったのではないかというのが、この部屋を調べていたクロエの報告だった。
蓋の調達や、キキョウ達が通ってきた複数の出入り口の認識を偽装する魔術も、シルバ達が村に滞在していた間に、クロエやカートンがこなしていた仕事であった。
本来、モンスターを大量に引きつけ、連ねる行為は冒険者ギルドからもマナー違反として禁止されている。
とはいえ、今回の仕事は、ノワ達を誘き寄せる為にも、シルバ達だけで行わなければならなかった。
実力差を埋める為、というよりむしろ問答無用で捕える為、ギルドマスターから許可証をもらってまで行ったのがこの『列車作戦』だ。
もっとも、イレギュラーというのはやはりあり、キキョウ達にとってはこの数十人の冒険者達が、それに該当していた。
「こ、この人達は……」
タイランが怯え、キキョウを見た。
「ノワ達に捕らわれてしまったアル・バートという男の仲間達であろうが……さすがに、これはどうしようもなかったのである」
「まさか、シルバさんやカナリーさん、ヒイロもこの中に……」
「ふ、不吉なことを言ってはならぬぞ、タイラン!」
ちょっと心配ではあったが、シルバ達の避難方法も事前に聞いている。
「予定通りなのだから、シルバ殿も別の落とし穴に……あれか!?」
部屋の奥の落とし穴が開いた。
そこまでは、シルバの計画通りだ。
だが、地中から伸びた腕はシルバよりも遙かに太く、逞しい。
最初に姿を現したのは、ヴィクターだった。
そして、中からは、少女の声が響いた。
「ふぅ……助かったよ、シルバ君」
穴から出てきたノワと仲間達に、キキョウとタイランは絶句しているようだった。
シルバとヒイロの身体はヴィクターが抱え、さらにクロス・フェリーとロン・タルボルトが続く。
「な……」
「シ、シルバさん……それにヒイロも……」
シルバは、ノワの命令を忠実に守った。
本来、ヒイロやカナリーを守るはずだったその手段は、敵を守る為に使われていたのだ。
お陰でノワ達は完全に無傷の状態で、シルバのパーティーの残りと相対することができるのだ。
「に、逃げろ、二人とも……」
床に転がされたシルバの背に、ノワは腰掛けていた。
「ねえ、シルバ君。もしかしてあの大きいのも、中、女の子だったりする?」
「……そうだ」
「ふーん……」
ノワは、シルバの背中に乗ったまま少し考え、ポンと手を打った。
「そうだ! じゃ、あの二人の相手はシルバ君達にやってもらおう!」
明るい声で言うノワに、シルバは怒りの形相で振り返る。
「お前!?」
「ぶー! お前じゃなくてノワだもん! ヴィクター、魔力回復薬!」
「はい、のわさま」
さすがにもうグラスはなく、ヴィクターも普通に瓶状態で出すしかない。
「いい案かもしれませんね。僕達は消耗しないで済みますし」
クスクスと、クロスは笑った。
そのすぐ隣には、呆けた表情で棒立ちするヒイロがいる。
さ、とノワは魔力回復薬を飲み干すとシルバの背中から下り、彼も立ち上がらせた。
「本気でやらないと、ノワ怒るからね。また、太股を針で刺したくないでしょ?」
その言葉に最も反応したのは、シルバではなかった。
「……!!」
顔を真っ赤にし、キキョウは刀の柄に手をやっていた。
それをタイランが必死に制する。
「キ、キキョウさん……落ち着いて下さい!」
それを見ながら、クロスが優しくヒイロの背中を押す。
「ヒイロさん、でしたっけ? 君も僕の為に、しっかり働くんですよ?」
「……うん」
骨剣を引きずり、ヒイロが前に出る。
クロスの脇からもう一つ、黒い影が進み出た。
「俺も出る」
「ロン君?」
ノワの問いに、ロンは無表情で振り返った。
そしてキキョウを指差す。
「……あれは、俺の獲物だ」
どうやら譲る気はないらしい。
クロスを見ると、やれやれ、と彼は首を振っていた。
「ま、そうですね。半分遊びとはいえ油断は禁物です。前衛二人を相手は、相手に迷いがあるようでも、さすがにその鬼族の子一人では厳しいでしょう」
確かにその通りではあるので、ノワも反対はしないことにした。
クロスは、ふむ、とシルバを見た。
「ただし人数が増える分、シルバ君にはよく仕事をしてもらわないといけませんけど。念のためにヴィクターも、すぐに出られるよう控えていて下さい」
「わかった」
進み出る、仲間であったはずの鬼族の子と、黒ずくめの青年。
その後ろには、彼女達のリーダーであったはずの、戦場司祭が控えている。
キキョウは緊張を高めながら、隣にいるタイランに問いかける。
「タイラン、やれるであるか? 某の相手はまだ、敵なので救いがあるが……お主の相手は……」
「わ、分かりません……分かりませんけど――今は、や、やるしかないですね!」
ガシャン、と金属質な音を鳴らし、タイランは斧槍を構えた。
パン、と楽しそうにノワは両手を叩いた。
「それじゃ、仲間同士の対戦、スタート♪」
そして戦いは始まった。
「シルバ殿……」
漆黒の盗賊戦士、ロン・タルボルトの背後に控える戦場司祭を、キキョウは耳と尻尾を垂らして見つめていた。
そのあからさまな隙を見逃す、ロンではなかった。
床を震わせるほどの踏み込みによる高速移動で、呆然としているキキョウへと迫る。
腰の後ろに差した鞘から、二本の短剣を抜いたその時だった。
「馬鹿、目の前の敵に集中しろ、キキョウ!! ――『加速』!!」
切羽詰まった声と共に、ロンの身体が軽くなる。
シルバの祝福が効果を発揮したのだ。
だがハッと我に返るキキョウに、二本の刃を振るいながらも、ロンの無表情には微かに苛立ちが混じっていた。
「余計なことを……」
刃と刃の打ち合う音が響く。
ロンとキキョウの戦いが高速で展開され始めても、まだヒイロとタイランの戦いは始まっていなかった。
……もっともこれは、ロンが戦いの火蓋を切るのが速すぎた、というのも理由の一つなのだが。
ともあれ、シルバの二つ目の祝福の声が、部屋に響き渡る。
「『豪拳』!!」
轟、とヒイロの身体から、熱風のような気が放たれる。
骨剣を大きく振るい、ヒイロは大きく振りかぶる構えを取った。
その破壊力を充分に知っているタイランは、大きな盾を構えながら、身震いしているようだった。
「う、うわ……お、お手柔らかにして下さいね、ヒイロ……」
「……いくよ」
床石が割れるほどの踏み込みと共に、ヒイロが突進する。
防御を端から捨てた攻撃一辺倒の一撃は、だからこそ、恐るべき威力を誇る。
暴風のようなスイングが、タイランの突き出した盾に激突した。
あまりの衝撃に、タイランの足が、後ろに引きずられてしまう。
「さ、最初から全力全開ですか……!」
親友の手加減抜きの攻撃に、タイランは悲しむ余裕すらなく、次の一撃に備えざるを得ない。




