尋問と、記憶の改竄
ふと、ノワの気が変わった。
さっきまでは、クロスの忠告に従い、赤絨毯の左右に並ぶ冒険者達と同じような、木偶人形にしようとしていたのだが、それでは面白くない。
「クロス君、予定変更ー。シルバ君は精神調整ナシの方向で」
魔力回復薬を飲み干し、グラスをヴィクターに預けながら、ノワは言った。
「よろしいのですか?」
「うん。そっちの計画は、そのカナリーって人が使えれば充分でしょ? それに、そっちの方が、シルバ君には効きそうだもん」
にぱ、と笑っていると、シルバがまた反抗的な目で見上げてきた。
「お、お前……」
ノワは微笑んだまま、シルバの顎を爪先で持ち上げた。
「お前じゃなくて、ノワ様ね♪」
「……っ! ノワ……様に聞きたいことがある」
「うん、何? 受け付けないけど」
「この……!」
「逆質問ね。シルバ君が飼ってる白くて小さな虎ちゃん、どうしたの?」
「……知らないな」
シルバは悔しげな顔のまま、そう答えた。
「正直に話してよー。シルバ君、ノワの下僕でしょ?」
「……分からない」
シルバの答えに、ノワは違和感を覚えた。
今のノワの強制力は、魔力の続く限り、男性相手には絶対だ。
そして魔力はつい今し方、補給したばかりであり、嘘はつけないはずである。
困惑したノワは、クロスを見た。
「……クロス君、どういうことかな?」
銀髪の参謀は頭を振った。
「嘘はついていません。どうやら、本当に分からない様子ですね」
「そっか。札、壊れたのかと思ったよ。でも、何で?」
ノワは、自分の胸に手を当てながら、ホッとする。
自分の飼っているペットのことを、知らないはずはない。
いや、そもそも質問の内容を間違えたのか?
あの仔虎は、シルバのペットではないとか……。
「心当たりはありますか、シルバ君。君は確かに、小さな白虎を連れていましたよね? 何故、その情報が欠落しているのですか?」
「……」
クロスの問いに、シルバは無言を貫く。
ノワの力が絶対とはいえ、その仲間の問いにまで答えなければならない理由はない。
「シルバ君、答えて」
渋々、シルバは口を開いた。
「……多分、カナリーが俺の精神に何らかの干渉を行なった。他に仲間がいる……ってのは憶えているが、そいつらがどういう奴らで、今何をしているのかは、俺は憶えていない」
クロスは思い出したようだ。
「くっ、シ、シルバ、僕の目を見るんだ!」
言って、苦しそうな表情をするシルバと、カナリーは視線を合わせた。
「が……」
シルバは目を見開き、苦しげな声を上げる。
ノワの使う謎の強制力と、カナリーの魅了がせめぎ合い、精神が混乱しているのだ。
「うが……あ、あぁっ……!?」
「あの時の……!」
カナリーは、精神に影響を与える魅了の術をとっさにアレンジし、シルバの記憶の一部に改竄を加えたのだろう。
シルバ自身は何を改竄されたのかも分からない。
なるほど、それでは何も情報を出せるはずがない。
クロスは、思わず唸り、ノワを見た。
「しかし困りましたね、ノワさん。『龍卵』がない今、僕達にはあの霊獣の『高位の魂』が必要です」
「俺の仲間らしい子、に……何をする気だ」
苦しげな声を上げながら自分を睨むシルバを、楽しそうにノワは見下ろした。
「教えて欲しい?」
「ああ……」
べー、と小さな舌を突き出すノワ。
「やだよーだ。教えなーい」
「ふふふ、ノワさん意地悪が過ぎますよ。残念ですけどシルバ君、これは教えて上げることができませんね」
「クロス君だって意地悪じゃない!」
微笑を浮かべたままのクロスに、ノワは突っ込んだ。
「僕のは意地悪じゃなくて、仕事の上での機密事項なんですよ」
「悪魔の召喚……か」
シルバの呟きに、ノワ達はさすがに驚いた。
「……おや」
「何で知ってるの!?」
ただ一つ『高位の魂』の情報だけで、そこまで到達することなんてできるはずがない。
ノワ達の知らない何かを、シルバは知っているというのか。
「この迷宮でさっき……兆候を見た。偶然じゃないとすれば……呼んだのは、お前達だと……思った。アレには、ずっと昔……会ったことがあるからな。前の魔王討伐軍で……アレはお前達の望みなんて叶えない。ロクでもないモノだから、やめておけ……」
最後の言葉が、ノワの癇に障った。
「むぅっ!」
ごん、とシルバの頭に踵が突き刺さる。
「いだっ!?」
ゴツッと鈍い音がしたのは、シルバの額が床にぶつかったせいだろう。
「そんなこと言ったって今更引っ込みつく訳ないでしょ! ノワ達がどれだけ苦労してお金集めたと思ってるの? 目標までもうちょっとなんだから、そんな風に脅かしたって駄目なんだから!」
ごん、ごんと何度もシルバの頭に、踵を入れるノワ。
ここまでノワは頑張ってきたのだ。
それを簡単にやめておけなんて言うシルバに、腹が立ってしょうがない。
それにもし、多少危険なモノ――悪魔と呼ばれるぐらいなのだからそうだろう――だとしても、自分の望みは多少の代償に見合うモノだと思っている。
「待って下さい、ノワさん。もうちょっと詳しい話を――」
その時、大きな音がした。
「何!?」
ノワ達が顔を上げると、部屋の左右に突然なかったはずの扉が出現し、大きく開かれた。
そして現れたのは、右から狐耳の剣客――キキョウと。
「シルバ殿、お待たせしたっ!!」
左からは、足の裏の無限軌道をフル活動させて疾走する、重甲冑――タイランだった。
「こ、怖っ……は、早く落とし穴へ……!!」
扉の後ろからは、ドドドドド……と巨大な津波のような音が響いてきていた。
二人の姿を認めた直後、ノワの勘が、背筋にぶわっと冷たい汗を噴き出させていた。
何か、まずい。
踏みつけている、シルバを見下ろす。
足下にうずくまる男は一体、何を仕掛けたのか。
「来たか……!」
一方、クロスはシルバの呟きに目を見張っていた。
「記憶の改竄が解けた――!?」
仲間を見た瞬間に、カナリーが施した封印が解けたのだろう。
精神操作系の高等技術だ。
本家の純血種に嫉妬を憶えながらも、クロスはそれどころではないことを悟った。
ほぼ間を置かず、どぉっ! と二つの扉から大量のモンスターが出現した。
キキョウの飛び出てきた右の扉からは、戦士系、騎兵、魔導師などの人型モンスターが数十体。
武器や杖を手に持った彼らが咆哮を上げながら、殺到してくる。
一方タイランの飛び出た左の扉からは、幽鬼、亡者、悪霊といった精霊系のモンスターがやはり同じく数十体。
苦悶の声を上げながら、ゆらりゆらりと迫ってくる。
――この間、わずか数秒。
「みんなノワを守って!!」
ノワの叫びに、三十人の冒険者達は各々武器を、盾を構え、モンスター達に立ち向かっていった。
しかし、いくら第四、第五層クラスの冒険者達といえども、木偶と化している状態では真価を発揮することは困難だ。
怒号と地響きが部屋を満たしていく。




