表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
178/215

虜囚

「クロス!」


 カナリーはクロスをにらみ付けたが、それより早く、クロスの鋭い爪を持った指先が、シルバの首筋に当てられていた。

 そして、ジッとカナリーを見たかと思うと、その目を細めた。


「こんばんは、カナリー様。……なるほど、そういう訳でしたか」


 ニコリと微笑みながらも、クロスの目だけは笑っていなかった。


「まさか、貴方が女性だったとはね」

「何の話だ?」

「またまた、とぼけなくても結構ですよ。今のノワさんが使える強制力が一切効かないこと。……加えて、僕も半分は吸血鬼なのですよ。さすがにこの距離まで近づけば、香水だろうとごまかせません」


 クロスの紅い目が光る。

 しかし、カナリーは不機嫌な表情で、鼻を鳴らした。


「……馬鹿か君は。純潔の吸血鬼である僕に、君の魅了が効くはずがないだろう」

「ふむ、それももっとも。しかし……」


 ひょい、と素早くクロスの手が翻ったかと思うと、その手には黒眼鏡があった。


「あっ……」


 ヒイロが、自分の顔を覆っていた。

 掛けていたはずの黒眼鏡がない。


「ヒイロ!?」


 そして、その瞳から次第に光が失われていく。


「う、あ……」


 虚ろな表情で、ヒイロは容易くクロスの魅了に堕ちてしまっていた。


「こちらの娘には、ちゃんと効くようですね。何よりです」


 クロスが手招きすると、ヒイロはだらりとした動きで、彼の手元まで寄ってくる。

 そのクロスの片手はいまだに、シルバの喉元を狙っている。

 カナリーは、完全に孤立していた。


「くっ、シ、シルバ、僕の目を見るんだ!」


 言って、苦しそうな表情をするシルバと、カナリーは視線を合わせた。


「が……」


 シルバは目を見開き、苦しげな声を上げる。

 ノワの使う謎の強制力と、カナリーの魅了がせめぎ合い、精神が混乱しているのだ。


「うが……あ、あぁっ……!?」


 これにはさすがのクロスも、慌てていた。


「ちょ、ちょっとちょっとやめておいた方がいいですよ、カナリー様。精神に干渉する力を二重掛けなんて、普通の人間には耐えられません。最悪、精神が破壊されてしまいます」


 クロスの忠告に従ったのか、カナリーは瞳の力を解いた。


「……それは、どうかな?」


 虚ろな瞳に光が戻ったシルバは、頭を振り声を振り絞った。


「うぅっ……カナリー……」

「馬鹿な……」


 クロスは絶句した。

 ノワの強制力を、カナリーの魅了が凌駕したというのか。

 だが。


「シルバ君!」


 響くノワの声に、シルバの身体がビクンと硬直した。


「ぐぅっ!?」

「その子はノワの敵だから、ちゃんと倒して!」


 ノワが命じると、シルバは腰に差した万能ナイフを抜いた。

 それを握り、動けないでいるカナリーに迫る。


「シルバ……」

「カナリー……!」


 ドス、とカナリーの胸の中央に、シルバのナイフが突き刺さる。


「シ、シルバ……」


 胸に生えたナイフの柄を見ながら、カナリーはその場に崩れ落ちた。

 そして、そのまま床に倒れ伏してしまう。

 後ろに控えていた赤と青の従者も、まさしく糸の切れた人形のように崩れ落ち、そのままズブズブと影の中に沈んでしまった。

 荒い息を上げるカナリーを見下ろし、クロスは銀縁眼鏡を直しながら嘲笑した。


「おやおや、もしかして、彼に惚れていたんですか? ホルスティン家の跡取りもこうなると他愛もないですね」

「……っ!」


 怒りに満ちた表情のシルバの腕が翻り、隠し持っていたダーツの針がクロスに迫る。

 しかし、クロスはそれを見越していたのか、あっさりとそれを回避した。


「おっと、危ないですね。ノワさん、指示をお願いします」

「大人しくしてね、シルバ君。仲間を失ったのは悲しいかも知れないけど、ノワ達がいるから大丈夫だよ」


 ノワの声に、再びシルバの身体は強張っていた。


「何が大丈夫だ、この野郎……!」


 声を振り絞り、シルバが抗議する。

 だが、その台詞にノワは少し、気を悪くしたようだった。


「シルバ君、ノワ女の子だよ……? そういうこと言うんならちょっとお仕置きが必要かなぁ」

「シルバ君の武器は、ダーツのようですよ?」


 クロスが言い添えると、ノワは明るい笑顔を浮かべた。


「じゃー、ちょっと太股刺してみよっか」


 シルバは持っていたダーツで、自分の太股を突き刺した。


「ぐあっ……!?」

「はい、抜いてー。回復はできるよね? 大丈夫大丈夫。ノワ優しいから、痛いのそのまま残したりしないよ。それじゃそろそろこっちに姿を現わしてもらおっか?」


 痛みに顔を真っ赤にしたシルバが、『回復(ヒルタン)』を使うのを見届け、クロスは身体を震わせるカナリーを再び見下ろした。


「おっと。カナリー様には、僕の影に入っていてもらいましょうか」


 カナリーの身体が、クロスの影に沈んでいく。

 そして、クロスにシルバとヒイロは付き従い、隠し部屋の中へと招かれた。




「おーいでーませー♪」


 大きな椅子に両足をぶらつかせ、ノワはシルバ達を出迎えた。


「ノワ……お前……」


 シルバは、目の前のノワを憎々しげに見つめていた。

 思わずノワは、ぶーと膨れてしまう。


「違うよー。ここはほら、お前じゃなくて、ノワちゃんとかノワ様とか呼んでくれないと。それに、シルバ君はもうノワの下僕なんだから、ちゃんと臣下の礼を取ってくれないと困るよ。ほら、そっちの子も……」


 ふと、ノワは首を傾げた。


「えーと、名前なんだっけ?」

「君、自分で名前を名乗りなさい?」


 クロスが促すと、虚ろな表情でヒイロは口を開いた。


「……ヒイロ」

「じゃー、ヒイロちゃんもちゃんと、シルバ君と一緒に臣下の礼ね?」

「……はい」


 シルバとヒイロは、ノワの前に跪かされてしまう。


「ぐ、う……や、やめろ、ヒイロ」


 頭が強制的に下がるのに抗いながら、シルバがヒイロに言う。


「だーめ。ほら、頭を下げる」


 そのシルバの後頭部を、ノワの足が踏んづけた。


「うぅっ……!」


 シルバの額が、赤絨毯に押しつけられる。


「くふふ、やっと溜飲が下がったって気分? これなら、上手く行きそうだね、クロス君」


 シルバの後頭部で足踏みをしながら、ノワは微笑んだ。


「そうですね。ただ、彼もカナリー様も精神が強そうですから、調()()には時間が掛かりそうです。念入りにする必要がありますね。何せ彼らには、冒険者ギルドや教会が監視する中、財産を奪還してもらわなきゃなりませんから」

「だねー」





「ヴィクター、魔力回復薬(マナ・ポーション)を用意して」

「はい、のわさま」


 グラスに注がれた魔力回復薬(マナ・ポーション)を呷りながら、大きな椅子に座ったノワはシルバを見下ろした。


「ところでさ、シルバ君」

「……何だよ」

「だーからー、その反抗的な目はよくないってばー」


 シルバのにらみ付ける目つきが気に入らず、ノワの靴の踵が脳天に突き刺さる。


「つっ……! か、踵……!」


 苦悶の声を上げながら、シルバの頭が再び下がる。


「ま、いっか。このままだと埒が明かないモンね。それでお話なんだけど、もしかして他の三人も、女の子だったりする?」

「……」


 シルバは下を向いたまま答えない。


「質問に、答えて」

「……そうだ」

「むぅっ、何かムカツク」


 端的な答えに、ノワは足を伸ばし、今度は背中を踵で蹴った。


「がっ……!」


 思ったより体重が乗ったらしく、シルバの身体全体が沈んでしまう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ