悪魔の昔話
ティムは、事情を話し始めた。
「今は、『付いて』るみたいだけどね。アタシはまだこれで済んでるけど、他のみんなはもっと酷いわ」
彼……いや、彼女は後ろを振り返った。
ティムと同じようにへたり込んだ少女が、両手に小さな鳥を乗せている。
「獣使いのラナは相棒の隼が小鳥にされちゃってる」
その横では、坊主頭の吟遊詩人が必死の形相で座禅を組んでいる。
唱えているのはウメ教の念仏だ。
「武僧のバレットは、姿どころかこれまでの修業そのモノがなかったことにされたみたいで、神の声が聞こえなくなったわ」
ティムは部屋の一番隅で、天井を見上げながら呆然としている魔術師を指差す。
「あそこで、呆けているのが魔術師のリスト。憶えていたはずの魔法が部分欠落して、その一方で習った覚えのない魔術が頭に刻まれてるらしいの」
シルバ達に視線を戻すと、彼女は頭を振った。
「最悪一歩手前なのは、ここにいないシノビのゲッコウね。身体が完全に透過しちゃってるの。相手の攻撃が当たらない代わりに、自分の攻撃も一切無効化されちゃってる。壁すら透り抜けられるみたいだけど……アタシの予想が当たっているなら、多分階段を上れないわ」
「……な、何だい、それは。そんな術、聞いたことがないよ……?」
カナリーが、表情を引きつらせる。
「もう一人マズイのは、ウチのアタッカーだった戦士のグース。アイツ、大人しい奴だったのにいきなり魔人になっちゃって……」
この場にいない、ということは、おそらく迷宮のどこかを彷徨っているのだろう。
それも、かなり危険な状態でだ。
「おいおいおい……」
「シルバ……何だか、すごく大ごとみたいなんだけど……」
シルバも、そんな人を変容させるような魔術は知らない。
――魔術は知らないが、一つだけ心当たりがあった。
「なあ、もしかすると、アンタ達、道に迷わなかったか?」
「どうして、それを!? そう、第三層なんて何度も歩んできたのに、全然違う造りになっちゃってるのよ! 本当に、何が起こってるのよ!」
中年男の姿をした女性の驚愕に、やっぱり、とシルバは舌打ちした。
「カナリー。混乱系、とかそういうレベルの話じゃない。この先やばいぞ。最悪、迷宮の構造そのモノが、造り変えられている可能性がある。マップが役立たないかもしれない」
「何だ? シルバ、君、一体何を知っている?」
カナリーが問い詰めるが、シルバの頭の中にまずあったのは、この場にいない仲間の安否だった。
「この状況で偶然か……? いや、とにかくまずいな。奪われたのは霊樹の苗だろ。このタイミングで……だとすると……」
シルバの頭に浮かんだのは、クスノハ遺跡での出来事だった。
あの時、クロップ老は自身の精霊炉を動かすのに、霊獣を用いた。
状況としては、ほぼ同じ。
何かが起こっている。
霊樹の苗は……原因じゃない。
立ち位置は、精霊炉ではなく、そのエネルギーとして捧げられた霊獣だ。
だとすると……。
「リフが一番やばい。タイランも可能性はあるけど、甲冑で密閉されている分には気付かれていないと思うし……」
シルバは『透心』で、リフ、タイラン、キキョウに現在の状況を伝えた。
詳細を説明する時間はないので、一方的に気をつけるようにと伝えるしかできなかったが。
もっともリフ達は彼女達で、『列車作戦』の真っ最中だ。
状況は混乱しているが、ノワ達を放置して引き返すかとなると、それはない。
ここで逃がせば、次がどうなるかまるで見えないというのもあるが、この状況にノワ達が絡んでいる可能性は充分にあった。
ならば、作戦を続けるしかない。
「シルバ。いい加減、どういうことか説明してくれ」
不審な表情のカナリーに、シルバは頷き返した。
「うん、歩きながら言う。この先のルートが変わってる可能性があるから急いだ方がいい」
そしてシルバは、ティムに向き直った。
「とにかくティムさん。苗は多分、こっちで対処をすることになる。回収できるならするよ。そっちは回復したら地上へ向かってくれ。でも襲ってきたっていう靄は、見かけたら全力で逃げろ。絶対勝てないし、最悪、自分の存在そのモノが抹消される。地上に出たら、教会の司教に今の話をしてくれ。何とかしてもらえるはずだから」
「信じてもらえるのか?」
シルバは力強く頷いた。
「絶対信じる。神に誓って俺が保証する」
そして、自分達が入ってきたのとは別の扉に視線を向けた。
あの先に、ノワ達が待ち受けているはずだ。
とはいえ、残り半分、ティムの話通りだと、手間取る可能性も出てきている。
「急ごう、二人とも。……あー、ヒイロ。そろそろ起きろ」
シルバが軽く肩を揺すると、立ったままウツラウツラし始めていたヒイロが目を覚ました。
「んあ、終わった?」
寝惚け眼のヒイロは、口元の涎を手の甲で拭った。
「終わった。……まったくもう、ありとあらゆることが上手くいかないってことを、痛感してるよまったく」
シルバは苛立たしく、ボリボリと頭を掻いた。
「で、シルバ。いい加減説明してもらおうか」
うん、とシルバは二人と共に扉に向かう。
「手っ取り早く言うとだ、今ここは世界の危機の中心で、神様の敵がこの迷宮に現れてる。さっきの連中を襲ったのは、悪魔だよ。比喩表現抜きのな。人間側とも魔族側とも違う、第三勢力って所か……ああ、もう厄介な」
「先輩。悪魔って、魔族と違うの?」
コテン、とヒイロが首を傾げた。
「微妙に違うんだ。魔族っていうのは、そういう種族なんだ。人間。獣人。鬼族、吸血鬼。その中の一つであって、広義の人間と対立している種族。でも悪魔は違う。どっちかっていうと意思を持った現象に近い。靄に襲われたって言ってただろ? その靄が悪魔なんだ」
歩きながら、シルバは昔話を続ける。
「以前、俺が魔王討伐軍にいた頃、一度悪魔と相対したことがある。古びた城に、魔王崇拝の邪教集団がいるって噂があって、聖騎士主導の部隊が乗り込んだんだ。でも、予定の時間になっても外に戻ってこない」
当時、シルバは補給部隊に属しており、後方で陣地を築いていたのだ。
「代わりに出てきたのが、デーモンナイト。ヒイロも戦ったことがあるから知ってるよな?」
「うん、真っ黒い奴だよね」
ヒイロは頷いた。
漆黒の騎兵である。
「最初、討伐対象だと思われたが、このデーモンナイトは聖騎士の一人だった。黒い靄は人や建物を造り変えるんだ。何になるかの法則性は、いまだに分からない。法則がないのかもしれないし、悪魔にしか分からない何かがあるのかもしれない。あいにくと、聞く機会はなかったんだ」
そこまでシルバが話すと、ん? とカナリーが聞き咎めた。
「待ちたまえ、シルバ。それはつまり、その黒い靄……悪魔とは会話が成立するということかい? ……いや、僕のイメージするような悪魔ならば、それはあり得るだろうが……」
カナリーは、どう思う? とヒイロを見た。
「うーん、何となくタキシードっぽい服を着た、角と尻尾を生やした紳士っぽいイメージ?」
「そうだね、ヒイロも同じようなイメージのようだ」
大体合ってる、とシルバは頷いた。
「……俺達が相対した悪魔はそういうのとは違っていたが、人型で会話は成り立っていた。名前はネイト。トゥスケルの連中が呼び出した、人の姿をした悪魔だ」




