倒れていた奇妙なパーティー
スチャ、とヒイロが黒眼鏡を掛けた。
それを見て、タイランが何だか肩を落としていた。
「……黒眼鏡、死ぬほど似合いませんね、ヒイロ」
「そっかなー。格好良くない? はーどぼいるどって感じで」
クロスの魅了対策として用意されたモノだが、確かに似合っていなかった。
「いえ、その……すごく失礼ですけど……こう、子どもが背伸びをしているようにしか……」
「それは本当に失礼だよ、タイラン!?」
そんな仲間達を、壁に背を預け胡座をかいた状態で、シルバは眺めていた。
「緊張感ないなぁ、みんな」
「に」
何となく自分の手が隣にいるリフの髪の毛を撫でていたが、まあいいかとシルバはそのままにしておいた。
鋭くそれを捉えたのは、キキョウであった。
膝をついたまま、シルバに詰め寄ってくる。
「ぬぅ、シルバ殿はシルバ殿で、何をしているのか」
「いやだってコイツの頭、撫で心地がよくて。あと、ちょうど手の高さがベストポジションというか」
「にぃ。リフも気持ちいい」
「そ、某の尻尾もふさふさであるぞ!」
「そこで張り合うのか!?」
狐耳ともふもふの尻尾を揺らしながら、キキョウが強く主張した。
揉める三人に、カナリーは肩を竦めた。
「……やれやれ、緊張感がないのはお互い様だと思うけどね」
「た、確かにそうですね……」
タイランが頷き、ヒイロは立ち上がった。
「ねー、そろそろ始めようよー、先輩」
「はいはい」
シルバも立ち上がり、それぞれの準備に取りかかる。
全員の準備が終わったところで、シルバは口を開いた。
「それじゃま、ギルドマスターからの了承も出ていることだし。『列車作戦』スタートと行こうか」
ぬおりゃ、と黒眼鏡を掛けたヒイロが、自分を中心に骨剣をぶん回す。
「旋っ、風剣――っ!!」
小型の台風のようになったヒイロが、周囲を囲む重量級のアイアンオックスを派手に弾き飛ばす。
直後、モンスター達に紫色の電撃が襲いかかる。
「よし、『紫電』成功。ヴァーミィ、セルシア、残っているのを片付けるんだ」
カナリーは、帯電する指先に息を吹きかけながら、従者達に指示を送った。
余裕充分に戦局を見極め、微笑む。
「……もっとも、残っていたらの話だけどね」
ピクピクと痙攣するアイアンオックス達が起きる気配は、なさそうだ。
一方ヒイロは、最後に残った黒尽めの騎兵、デーモンナイトに迫っていた。
「よ――」
デーモンナイトの剣撃を骨剣で受け止め跳躍。
その首に足を絡め、身体のバネを使って半回転した。
「――いしょっとっ!!」
そのままヒイロごと馬上から引きずり下ろされた騎兵は、脳天から床に落下した。
「っ!?」
硬い床に亀裂が走り、デーモンナイトの身体は一度大きく痙攣してから倒れ伏した。
「はい、おしまい」
ヒイロは立ち上がり、身体の埃をパンパンと払った。
動けるモンスターはもう、この周辺にはいないようだ。
「お疲れ、ヒイロ。『回復』だ」
ヒイロの身体に刻まれた生傷が、シルバの祝福で癒されていく。
「あんがと、先輩。後どれぐらい?」
シルバは地図を広げた。
「やや遠回りだけど、敵の少ないルート選んでるから、もう半分って所だな。ペース的には悪くない。時間的には余裕取ってあるけど、早いに越したことはないしな」
「しかしそう考えると、あのアルという戦士はずいぶんと優秀なようだね」
カナリーの言葉に、シルバは頷いた。
「確かになぁ。この付近には麻痺毒を使うモンスターが少ないとはいえ、第三層を普通に動き回れるぐらいだから」
さて、移動しようかと歩き始めようとした時、カナリーが眉根を寄せた。
「……うん?」
「どうした、カナリー」
「人の気配がする」
「こんな僻地でか?」
「敵かな?」
前衛のヒイロも少し警戒する。
だが、カナリーは首を振った。
「いや、どちらかといえば……うん、まずいねこれは。命が尽きかけてる感じがする」
サラッと言うカナリーに、シルバは慌てた。
「ちょっ……!? ど、どこだ!?」
カナリーは、通路の少し先にある扉に指を向けた。
「そっちの部屋だね。ちょうど通り道だ」
なるほど、薄暗い小さな部屋の隅に五人の冒険者が倒れていた。
どうやらモンスターにやられ、全滅寸前だったようだ。
こちらに反応する余力すらないように見える。
しゃがみ込んだシルバは彼らに、『回群』をかけた。
「大丈夫か?」
シルバが声を掛けると、一番近くにいた屈強な中年のサムライが顔を上げた。
着物の上から、黒光りする甲冑を身につけている。
「え、ええ……助かったわ。いきなり襲われて……」
いわゆる、オネエ言葉であった。
予想外の反応にヒクッとシルバは頬を引きつらせながら、状況を考えた。
タイミング的に考えて、彼らを襲った可能性が一番高いのは……。
「……髪をこんな風に二つにまとめた女の子の商人がいたりする?」
「ううん、違うの。靄のようなモンスターだった」
髭面の男は、目を潤ませ首を振った。
とりあえず、シルバとカナリーは顔を見合わせた。
てっきりノワ達の仕業かと思ったが、違ったようだ。
「ミスト系?」
「幽鬼の類かも」
だが、違うようだ。
オネエ言葉のサムライは首を振った。
「いや、そんなんじゃなかった……見たこともない術を使われて、アタシ達は……」
サムライはハッと唐突に顔を上げて、シルバに迫った。
「い、いや、それどころじゃない! もっと大変なのよ! 苗が! 苗が奪われて……」
「苗?」
カナリーは中年男の肩を軽く押し、シルバと引き離した。
立ち上がったシルバはふと、迷宮突入前に読んだ、情報ペーパーのことを思い出した。
そこにも確か、苗がどうとか書いてあったはずだ。
「……もしかして、アンタ達、第五層の霊樹討伐関係者か?」
「そうよ。アレを失ったら、これまでに倒れた仲間達に申し訳が立たないわ……」
オネエ言葉で、中年サムライは落ち込んだ。
「って言っても、さすがにすぐに動くのは無理だろ。今は安静にしてないと、駄目だ」
「何とかしたいところだけど、こっちも都合があるしね」
シルバはカナリーと顔を見合わせ、頷き合った。
第五層突破は、現在のアーミゼストの中でも最重要な任務と位置づけられている。
だが、手伝うなら自分達の仕事が終わってからだ。
どうやら、それはサムライの中年男も察したらしい。
「さっきの話だと、貴方達、ノワ・ヘイゼル関係の仕事ね」
「ああ」
「この先に進むのなら気をつけた方がいいわ。あの靄は危険よ。人を惑わすの……」
「混乱系の術かい?」
カナリーが尋ねる。
しかし、中年男は自分の身体を抱きながら、ブルブルと震えた。
「違うわ。そうじゃない。もっと恐ろしいの……アタシ達の推測が正しければ……アレは……いや、言っても信じてもらえるか」
「聞いてから判断するよ。それに、モンスターの性質は知っておいて損はない」
もしかすると、この先で遭遇するかも知れないしな、とシルバは考える。
その時、相手に対する知識があるかどうかで、生死が決まる場合だってあるのだ。
シルバはヒイロを見た。
「ん? どうしたの、先輩?」
今のメンバーの中では、鬼族であるヒイロが一番精神攻撃に弱い。
混乱系統の技術だか魔術だか不明だが、知っておいて損はないだろう。
サムライは、シルバ達を見上げた。
「そもそもアレがモンスターかどうか、アタシには自信がないわ。アタシの姿、どう見える?」
シルバはカナリーを見た。
どう見るも何もない、とカナリーは肩を竦める。
「どう見えるって……いや、その……俺のパーティーにもジェントの剣客が一人いるけど……キキョウより、大分年嵩というか」
「だよねぇ?」
違うのか、と聞くと、中年男は自嘲した。
「……鏡があったら多分卒倒してるわね。名乗り遅れたけど、アタシの名前はティム・ノートル。黄金級の聖職者よ」
「聖職者!? その格好で!?」
どう見ても前衛、戦士タイプの姿だ。
「そして、性別は女」
「女ぁ!?」
シルバとカナリーは仰天した。




