泉の湯の中での相談
遅れてすみません。
五メルト四方の小さな部屋。
立っているのはカナリーの従者である、赤いドレスのヴァーミィと青いドレスのセルシア。
斧槍を構えたタイランの重甲冑が、突きや薙ぎを二人に対して繰り出していた。
本気の戦いではないのは見れば明らかだ。
どちらかといえば、甲冑の動きを試すように、ヴァーミィとセルシアが稽古をつけているかのようであった。
そのタイランの腰の後ろには、瓢箪が括られている。
内部が亜空間となっている『泉の瓢箪』である。
そして瓢箪の中には温泉が広がっており、シルバ達が肩まで浸かっていた。
全員、簡素な水着を着用していた。
「まあ、流れ的には大体、予想通りってところだ」
シルバの言葉に、カナリーが肩を竦めた。
湯に浮かんだ盆の上には、トマトジュースの瓶とグラスが浮かんでいた。
「それは向こうも、同じだろうね。気が合うようで何よりだ」
「向こうの参謀の意見かもしれないから、あんまりそういうことは言わない方がいいぞ」
シルバが切り返すと、カナリーは渋い顔をした。
「……確かに」
今回シルバ達が冒険者ギルドで受けた依頼は、『墜落殿』の第三層にあった隠し部屋の確認だ。
既に冒険者ギルドの公式地図に登録されているので隠し部屋でも何でもないが、現在ノワの一党に同行している古代の人造人間ヴィクターが眠っていた、あの場所である。
これは本当の依頼だが、同時にノワ達を釣る餌でもあった。
辺境都市アーミゼストから少し離れた場所にあるエトビ村には、追われている身となっているノワ達が隠していた財宝が、冒険者ギルドや教会によって管理されている。
ここの鍵を持っているのは、その冒険者ギルド、教会、そしてシルバ達だ。
シルバ達は自分達が囮であることは承知の上だし、ノワ達もこれが罠だと気付いているはずだ。
だから、ノワ達は隠し部屋で待ち伏せをしている。
シルバにはその自信があったが、自分達で確認するまでもなく、アル・バートとかいう冒険者が親切にも教えてくれた。
偵察に行く手間が省けたのだ。
何だかちょっと嫌な感じの奴だったが、そこは素直に感謝するシルバであった。
冒険者ギルドや教会もそれぞれ独自に動いているという話だが、そこはシルバは知らない。
クロス・フェリーの魅了やヴィクターの暴走もマズいと思っていたが、エトビ村で出会ったバサンズの様子からノワにもクロス・フェリーのような魅了の力があると判断したからだ。
うっかりシルバが魅了されてしまい、他の組織の動きを話してしまっては台無しになってしまう。
なので、わざと聞いていないのだ。
シルバは湯に入っている面々を見渡した。
キキョウは、ジトッとカナリーの豊かな二つの膨らみを見つめていた。
ヒイロはバレットボアであるボタンの背に乗って、泳ぐように移動していた。
まあ、実際に泳いでいる訳じゃないからいいか、とシルバは判断した。
タイランは精霊体の姿のまま、湯に浸かっているのか溶けているのか分からない状態だ。
カナリーは変わらず、トマトジュースを時折口にしている。
リフは目を細め、小さく数を数えていた。
とても、戦う前とは思えない。
「……それにしても思うんだが、全員、湯に入って話し合う必要はあったのか? これ、戦う前に誰かのぼせて倒れたら、どうするんだ?」
「さすがにこれだけ人数がいて、一度に倒れるってこともないだろう? 最悪、タイランが助けてくれるさ」
「最初から他力本願かよ!?」
のんきなカナリーに、シルバは突っ込んだ。
「ま、まあ、私はのぼせることはありませんし、その前にお知らせしますから。あの、キキョウさん……早速なんですけど、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫なのである……ぬうぅ……格差……某は牛乳も飲んでいるのに、何故このような差が生じるのか……」
タイランの心配に、キキョウはカナリーの胸元から目を離さないまま、頷いた。
あまり大丈夫そうには見えなかった。
「こればかりは、背丈と同じで割とどうにもならないモノだと思うけどねえ」
ふふん、とカナリーが背を反らせると、さらに豊かな二つの膨らみが強調される。
「おのれカナリー、今のそれはわざとであるな!?」
キキョウは涙目で湯の中から立ち上がり、カナリーを指さした。
その胸元は、カナリーと比べるとかなり残念であった。
「……今から戦う前にこれで、本当に大丈夫なのかね」
ちょっと頭を抱えるシルバに、ボタンに乗ったままヒイロが近づいてきた。
「先輩、ボタンはまだ出しちゃ駄目なのかな?」
「ブルッ!」
「ボタンもやる気みたいなのは分かるけど、今はまだやめておいた方がいいな。全員がまた合流した時が一番いいと思う」
「に。なるべく急ぐ」
「が、頑張ります」
本来、戦力を二つに分けるのは悪手とされる。
けれど、今回は敢えてその手段を執ることにした。
ある手段によって、戦力を増強するためだ。
なので、足の速いキキョウとリフ、そして浮遊式移動によって、かなりの高速を維持できるタイランがその仕事を務めることになった。
ヒイロもボタンと一緒なら、かなり移動力が高まっているが、そうなると基本後衛であるシルバとカナリーを守る前衛が不在になってしまう。
なので、ヒイロはシルバ、カナリーと同じチームになったのだった。
「ブルル……!」
しかし、ボタンは何か言いたげだ。
それに気付いたヒイロが、勢いよく手を上げた。
「はい、先輩! ボタンが走りたそうなんで、リフちゃんと一緒だとどうでしょうかと提案してみる!」
「ににに……」
リフはボタンとシルバを交互に見た。
どちらでも構わないようだ。
「そういうことなら、俺はいいと思うけど……」
「じゃあ、決まりだね。ボタンのウォーミングアップにもちょうどいいし!」
「ブルゥ!」
やる気になったのか、ボタンはヒイロを背負ったまま、泉の縁に沿って泳ぎ始めた。
「キキョウもそろそろ、こっちの世界に戻ってきてくれると助かるんだが」
「ぬ、シルバ殿。某は最初から正気なのである」
いつの間にか、キキョウは再び湯に肩まで浸かっていた。
ただし、視線は相変わらず、恨めしげにカナリーに向いていた。
「……男の俺より、カナリーのおっぱい凝視しといて、それはないだろ」
「まったくだね」
「ちちち、違うのだ、シルバ殿。某は別に、うらやましいとかそんなことはまったく考えておらぬ!」
ブンブンと頭を振るキキョウだったが、シルバとカナリーはため息をつくしかなかった。
「……完全に語るに落ちてるんだよなあ」
「シルバ、大丈夫なのかい、このポンコツは」
「おのれ、これ見よがしにそのような立派なモノを二つ浮かべているカナリーが悪いのだ」
実に理不尽な糾弾であった。
「先輩、これって意外なところから、パーティーの危機っぽい?」
グルッと泉を一周してきたらしいボタンの上から、ヒイロが尋ねてきた。
「うーん、前にも言ったような気がするけど、大きいのも小さいのも、おっぱいはおっぱいだと思うんだよなあ」
「ってことらしいよ。キキョウさん、よかったね!」
「ぬがあっ! よくはあるがよくもないのである!」
騒ぐヒイロとキキョウを放って、ちょっと顔を赤くしたリフが立ち上がった。
「に、百数え終わった。そろそろご飯を食べる」
「そうだな、腹ごしらえは大切だ」
シルバも、湯から出ることにした。
食事を終え、身支度を調えたシルバ達は、『墜落殿』の小部屋に戻った。
「カナリー、シルバ殿を頼むぞ」
キキョウの言葉に、カナリーは余裕の微笑を浮かべる。
「言われなくても」
「……頑張りすぎて、シルバ殿の血に頼ったりしないようにな」
ジト目でキキョウは、カナリーを見た。
カナリーの吸精の副作用は、既にシルバから聞いているのだ。
「ふふふ、どうしようかなぁ」
「むぐぐ……い、今からでも交代は遅くはないぞ、カナリー」
「残念ながら、僕はそれほど足は速くないんだ。悪いね」
「うー、別の意味で心配である……」
頭を抱えるキキョウだった。




