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第三層を進みながら

 『墜落殿(フォーリウム)』第三層。

 迷宮に入ってから、十何度目かのモンスター達の襲撃を何とか退け、シルバ達は奥へと進んでいた。


「……はう」


 妙に情けない声と共に、前を歩いていたタイランが重い音を立てて倒れた。

 負傷などではなく、単につまづいただけなのは、見れば分かる。


「タイラン、大丈夫?」


 ヒイロがしゃがみ込むと、タイランは膝をついた状態で頭を振った。


「あ、は、はい……ちょっといつもと勝手が違うので……」


 不調の原因は、シルバにも分かっていた。


「カナリー」

「うん。精霊がもう一体増えているからね。それも、かなり暴れん坊のが。タイランがこうなるのも、無理はないよ」


 タイランの中に組み込まれている精霊炉は、錬金術師であるクロップ老が自動鎧に使っていた精霊炉に、カナリーが再調整を加えたモノである。

 並の精霊石では、あっという間に消費してしまう。

 現状ではタイランしか扱えない代物だ。

 いや、正確にはもう一つ、条件が整えば稼働は可能であり……つまり、それこそがタイランの不調の原因であった。


「といっても、普段より少し、程度ですから、まあ何とか……それに、カナリーさんの工房でも少しだけですけど試しましたし、大分慣れてきましたから」

「そうか」


 ここまでそこそこ戦ってきたから、疲労がたまってきたかな、とシルバは考えた。

 ここで一旦休憩を取るべきか。

 そう考えていると。


「おいおい、そんな調子で大丈夫なのかい?」


 そんな軽い調子の男の声が、前の方から響いてきた。

 パーティーに、緊張が走る。


「誰だ?」


 シルバの呼びかけに、曲がり角から姿を現わしたのは、軽装の戦士だった。

 後ろにも、何人かの冒険者が続いている。


「おっと、敵じゃない。一応先に、断りを入れようと思ってね。俺はアル・バート。賞金稼ぎさ。こう言えば、何のことか分かるだろう?」


 両手を上げながらも、隙がない。

 相当にできるようだ。

 いや、それよりも賞金稼ぎということは……目当ては、シルバ達より先に『墜落殿(フォーリウム)』に探索に入っているというノワ一行なのだろう。


「横取りしようっていうのか?」

「人聞きの悪い言い方をすればね。悪いが、割と早い時期からアンタらを張らせてもらっていたよ。あの村に現れたバサンズとかいう魔術師の方もね。案の定、連中は第三層の僻地でアンタ達を待ち伏せしてるぜ。こういうのは早い者勝ちだから悪く思わないでくれ。それに、ノワ・ヘイゼル一党を捕らえるのが、アンタ達じゃなきゃ絶対駄目だっていうルールはどこにもないだろう」


 確かにその通りではある。

 自分達を餌にしているとはいえ、アルのいう通り、すべてを自分達でこなす必要はない。

 しかし、それでもシルバは言わざるを得ない。

 他の連中よりシルバがリードしている点があるとすれば、自分はノワと組んだことがあり、また、生の彼女を知っているという点にある。


「まともにやりあうとまずい相手だぞ? アイツの性格から考えても、絶対何か仕掛けてる」

「そんなモノ、使う暇もなく倒せばいいだけの話だろ。未知のモンスター相手にぶっつけ本番でやり合うなんて、この世界じゃ珍しいことじゃない」

「……大抵攻略ってのは、そうして倒されてきた先人達の犠牲の上に成り立ってるんだけどな」

「俺達もそうなると?」


 特に気を悪くした風もなく、アルはニヤニヤと笑っている。

 よほど自信があるようだ。


「いや、そうならないことを、心底祈ってる。犠牲者が出るのは嫌だし、あまり気の進まない相手の治療ってのは面倒だからな」

「はっ……とにかく、ウチは三十人からなるグループだし、皆、実力は折紙付だ。アンタらの出番はないさ」

「どうもスッキリとはしないけど……」


 少なくとも自分で実力は折紙付なんて言う時点で慢心じゃないかなぁと、シルバは思う。

 すると不意にアルが、懐に手をやった。


「おっと、待ってくれ。仲間から連絡だ」


 懐から取り出したのは、青白い宝石の付いた首飾りだった。

 それに、シルバは見覚えがあった。


「水晶通信か……」


 一塊の水晶を砕き、それらの破片の共鳴を利用する通信手段である。


「言っただろ。折紙付だって」


 アルはニヤリと笑い、微声を発する水晶に応える。

 少なくとも、第三層ではほとんどお目に掛かれない代物だ。

 なるほど、自信があるのも頷ける。

 アルは第四層、あるいは第五層まで踏み込んでいる冒険者らしい。


「あぁ!?」

「うおっ!?」


 それまで余裕のあったアルの表情が突然険しいモノになり、シルバは驚いた。


「ちょ、ちょっと待て。どういうことだ、そりゃ!? あ……」


 慌てふためくアルが、目を丸くしているシルバ達の視線に気付いた。

 コホン、と小さく咳払いをし、再び水晶に語りかける。


「と、とにかく俺達が戻るまで待機だ。いいな。絶対に動くな」

「……」


 シルバが黙ってみていると、アルは額の汗を拭い、首飾りを懐に戻した。


「悪いが、急がなきゃならなくなった。追いかけてくるなら、また現地で会おう」


 軽く手を上げると、あっという間にアルは曲がり角に消えていった。

 追いかけ角を曲がると、もうそこにはアルはいない。

 が。


「……キキョウ、リフ、聞こえたか?」


 振り返ると、耳のいい二人が頷いた。


「うむ。どうやらノワ達を追っていた偵察が消えたらしい」

「に。待ってた仲間も何人かいなくなってるって」


 水晶通信の微かな声も、キキョウとリフには充分な音量だったようだ。


「女性かな」


 シルバの問いに、カナリーは首を竦めた。

 しかし、キキョウとリフは首を振った。


「いや、女性だけではないのだ」

「にぅ。男の人もだって」

「……男の人もいなくなった、という報告を出すということは、クロスの魅了は当然、さっきの奴らも対策済みか」


 カナリーが唸る。

 クロス・フェリーの魅了の術は、もっとも警戒すべき能力の一つだ。

 もっとも、それも直視しなければ問題はない。

 カナリーによれば、声も注意の対象らしいが、精神力が強ければさほどの効果はないのだという。

 そういう意味では、精神攻撃にもっとも弱い(オーガ)族のヒイロが、一番注意の対象だ。

 とはいえ、それもクロスが相手を女性と認識すればの話だが、というのが同じ吸血鬼であるカナリーの話だ。

 とにかく、ノワ達のことをよく知らないパーティーが最も危険なのは、女性冒険者が魅了される点にある。

 クロスではなさそうだとすると、次に高い可能性は、とシルバが続く。


「一番有り得るのは、ロン・タルボルトに音もなくやられたって線だけど……情報が足りないな」

「にぃ……」


 この辺りは、ここに来るまでに散々話し合っている。

 気配を消したロンの襲撃など、こちらは注意するしかない。

 カナリーの従者、ヴァーミィとセルシアも、貴重な戦力であるにもかかわらず戦闘に参加させず、警戒に専念させているぐらいだ。

 シルバ達は、やれることをやるしかない。


「それじゃ、俺達は当初の予定通り、ここから二手に別れよう。こっちは人数こそ上回ってるけど、向こうは修羅場の数と質の分、実力が高い。反撃する暇も与えず倒すっていうコンセプトは、皮肉なことにさっきのアルってのと同じだけど、第五層とかの知り合いなんていないこっちは別の助けを使うことになる」


 そしてシルバは、パーティーを二つに分けた。

 シルバ、カナリー、ヒイロ。それにカナリーの従者である赤と青の美女二名。

 もう一つはキキョウ、タイラン、リフの三名だ。


「という訳で、キキョウ、よろしく頼む。前もってカートン達に調べてもらっていた仕掛けのポイントは、頭に入ってるよな。一方通行だから退路はない。部屋に入ったらそのまま、ノワ達なんかには目もくれず、指定の『排気口』に落ちろ」

「うむ、心得ている」

「あ、穴って……私、入れる大きさですよね……?」

「に。リフは小さいから平気」


 シルバはリュックから、用意していた瓶を取り出した。


「こっちは俺とカナリーがいるから何とかなるけど、そっちは途中からさらに個別行動になるから、回復には気を付けるように。ほい、回復薬(ポーション)三つずつ」



 そして、ここでシルバ達は一旦、全員揃った状態での最後の休憩を取ることにした。

 すなわち『泉の瓢箪』の使用である。

次回、温泉+説明回。

この作品、温泉回多くないですか?(今更)

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