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タイランの準備

「美味そうなモノを食べているね」


 響きのいい声に顔を向けると、タイランを伴ったカナリーがこちらに向かってきていた。


「ん、カナリーも食うか」


 シルバは、食べかけの自分の串を突き出した。

 もちろんそれを食べさせる訳ではないのだが。


「腹拵えという訳だね」


 足を組み、カナリーは長椅子に座るリフの隣に座った。

 一方タイランは、軽く頭を下げながらヒイロの隣に座る。

 シルバは屋台の親父に声をかけた。


「串焼き肉二本追加、焼き加減はどっちもレアでお願いしまーす。あと水一本もらいますねー」

「あいよー」


 親父の返事を聞き、シルバはカナリーに尋ねた。


「それで成果は?」

「バッチリさ。ね、タイラン」


 反対側で、シルバから水を受け取ったタイランは遠慮がちに頷いた。


「あ、は、はい。お陰様で……何とかなりそうです。ちょっと怖かったですけど」


 やれやれ、とカナリーは肩を竦める。


「別に牢獄に直接入った訳じゃないんだから、そんなに怖がることもないと思うけどね。単なる面会だったんだし。とはいえ、これで鎧の方はどうにかなりそうだ。あと、これは冒険者ギルドから受け取ってきた、許可証だ」


 マントの中に手を入れ、カナリーは冒険者ギルドでもらった書状を出した。


「うん」


 シルバはそれを受け取る。

 今回の作戦は、本来の冒険者のルールから外れた手段を取ることになる。

 マナー違反となるので、事前申請でその許可を得る必要があったのだ。

 一応、エトビ村の方でギルドマスターから言質はもらっておいたので大丈夫だとは分かっていたが、やはりこうやって実際に許可証を得ると、ホッとしてしまう。

 カナリーは続けて、小さな瓶を複数取り出した。


「それと回復薬(ポーション)魔力回復薬(マナ・ポーション)を幾つか作っておいた。……タイランのことだけど、おそらくぶっつけ本番になると思う。理論上は問題ないはずだが、最悪タイランの外装が犠牲になるかもしれない」

「そりゃむしろ、俺よりタイランに聞くべき案件だな。今更だけど、本当にいいんだな、タイラン?」


 シルバは瓶を、自分の荷物袋に入れながら、タイランに尋ねた。


「……は、はい。でも、せっかくの戦力が勿体ないですし……この際、一人でも多く戦力は欲しいですから……」


 それでも、鎧がなくなるかもしれないというのは、不安だろう。

 それは、シルバにも伝わっていた。


「できるなら、使いたくはないなぁ。せめて試験運用はしたいところだったけど、こればっかりは向こう次第だからなぁ」

「そうならないように、願いたいね」


 確かに、とシルバは頷き、さっきから延々と続く咀嚼音に視線を向けた。


「あとそこ! あまり食べ過ぎない! 動けなくなるぞ!」


 もちろん、ひたすら肉を食べるヒイロが、その音の源だ。


「へーきへーき。これぐらいなら、全然大丈夫!」


 どれだけ腹に入るんだ、とちょっとした山になりつつある串の束に、シルバは呆れてしまう。


「シルバ殿。こちらも出来たようだ」


 工房の方から、キキョウと何やら大きな板を担いだジングーが姿を現わしたので、シルバは先に注文しておいた焼き鳥を渡した。


「ん、ご苦労さん。ほい、キキョウの分」

「ぬ、すまぬ」


 丸椅子を借りて、キキョウは受け取った焼き鳥とドリンクを手に、シルバの正面に座る。

 すると何故か、左側から不満の唸り声が聞こえてきた。

 見ると、カナリーが小さく膨れていた。


「むぅ……シルバ。さっきの注文は、キキョウの分だったということかい?」


 いやいや、とシルバは軽く焦りながら、手を振った。


「親父さん、追加注文の分は?」

「できてるよ。ほら」


 串焼き屋台の親父が、レアの串焼き肉を二本、突き出した。


「飲み物は自前のがあるんだろう?」

「それは、まあね」


 影の中から、カナリーの二人の従者、ヴァーミィとセルシアが出現した。

 ヴァーミィがカナリーにグラスを渡し、セルシアが瓶を傾け、そのグラスにトマトジュースを注いでいく。

 本来なら赤ワインといったところだが、ダンジョンに入る前にアルコールはどうかということでジュースになったのだった。

 カナリーが串焼き肉を頬張っていると、ジングーが近づいてきた。


「ほっほっほ、こっちはこんなモンでよいのかの」


 ジングーがシルバに見せたのは、ケーキが1ホール入りそうな箱だった。

 箱に彫られた装飾は、女神の姿だろうか。

 箱そのモノは立派だが、むぅ、とシルバは唸ってしまう。


「……いやオッチャン、壊れるの前提なんだし、外装にこんな凝らなくても」

「ほっほ、そこは職人魂よ。壊れるという意味なら、武器や鎧だってそうじゃろ?」

「ま……そうかもしれないけどさ」


 もったいないなあと思う。

 もっとも、これもまた使わないで済むならそれに越したことはない類のアイテムだ。

 借り物でもあるし。


「盾も出来たそうだ。例の石板を加工したモノだが」


 キキョウが言い、ジングーは担いでいた板……ではなく、盾を立てた。

 これまた、正面に鮮やかに菱形の文様が刻まれた、大盾だった。


「ほっほっほ、こっちは苦労したぞ。そっちの甲冑の君ぐらいしか、ちょっと持つのは厳しいかものう」

「お、お預かりします」


 シルバも、自分が預かった箱をタイランに手渡した。

 おそらくあの箱を使う事になるとすれば、ヒイロだ。

 前衛であるタイランの方が、いざという時の為に持っていた方がいい。

 一方、そのヒイロにキキョウが話しかけていた。


「ヒイロ」

「うん?」

「おさらいだ。右は?」

「駄目」

「左は」

「よし」


 何となく二人のやり取りを聞いていたジングーが、首を傾げながらシルバを見た。

 どういうことか、という表情だ。

 シルバは苦笑しながら、首を振った。

 大したことではない。

 単なる暗号だ。

 暗号だからこそ、他者には教えたりもできない。

 一方キキョウはそんなシルバとジングーのやり取りには気付かず、ヒイロに頷いてみせていた。


「いいだろう。ヒイロが要なのだから、本番では聞き逃したり、間違えたりせぬように」

「はい!」


 食事を終え、シルバ達は立ち上がった。


「ひとまず準備はこれで一通り、整ったかね」

「うむ」


 キキョウを始めに、全員が頷く。


「それじゃまあ、行きますか」


 シルバは手に持っていた木の串をポケットに突っ込み、『墜落殿(フォーリウム)』に向かう事にした。

 もしかすると気付いていない人もいるかもしれないので、ちょっとだけ宣伝。

 生活魔術師のコミック版発売記念として、新作の短篇をアップしておきました。そちらもよろしくお願いします。

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