『アンノウン』、辺境都市に帰還する
ストン、と的のど真ん中に、ダーツの矢が突き刺さった。
精霊の見える眼鏡を掛け、右腕に籠手を着けたシルバ・ロックールはニヤリと笑った。
「おし」
背後で立ち上がり沢山手を叩いたのは、鬼族の骨剣使い・ヒイロだ。
「おおぉー! 先輩すごい!!」
「に」
小さい拍手は獣人(という事になっている)の盗賊・リフのモノである。
「悪くないな」
シルバは眼鏡と右腕の籠手を外した。
籠手には、遠方の的に向けて正確に投擲物を当てる力が宿してある。
ちゃんと左腕の鱗の籠手と同じ重量になるように、バランスも取ってあった。
さらに精霊が見える眼鏡にも、視力と集中力を高める石を埋め込んで、ダーツの命中率を高めていた。
ここは鍛冶工房『ビッグベア』の待合室。
壁一枚隔てた作業場では、鉄を叩く音がひっきりなしに続き、熱気がこちらの部屋にまで伝わってきていた。
辺境都市アーミゼストに戻ってきたシルバ達は、『墜落殿』探索の再開準備に、この鍛冶工房を訪れていたのだった。
ちなみにキキョウは作業場に、カナリーとタイランは別件で、余所に向かっている。
「ほっほっほ。よい性能じゃのう」
小柄な図体に赤い前掛けを着け、口にパイプをくわえた白髪の山妖精が大きく笑った。
この工房の主人、ジングーだ。
発注した篭手の制作者でもある。
ジングーと握手をしていると、後ろでヒイロが大きく手を振った。
「先輩、ボクも! ボクもダーツやる!」
どう見ても、単純に遊んでみたいだけのように見えるヒイロだった。
「……いいけど、的壊すなよ?」
「うん!」
シルバの許可を得たヒイロは、的に駆け寄るとダーツを抜き始める。
一方、もう一人いた小さい方、リフは眼鏡をかけ目を回していた。
「にぃ……目がクラクラする……」
ふらふらしながら、シルバにぶつかってくる。
それを受け止め、シルバはリフの頭に手を置いた。
「度は入っていないんだけど、元々精霊が見えるリフがこの眼鏡を掛けると、おかしなことになるのかもな。……そもそも、必要ないと思うんだけど、眼鏡、欲しいのか?」
眼鏡を掛けたまま、リフはシルバを見上げた。
そしてビッと親指を立てた。
「に。眼鏡っ子の需要」
「ぶ……」
突っ伏しそうになる。
「カートンが言ってた。お兄、かんらく」
「……あ、あの馬鹿は、小さな子相手に一体何を教えてるんだ」
「に。『しょた』がどーとか、むずかしいこと言ってた」
意味は、分からなかったらしい。
正確には『ロリ』だが、まあ、そこはリフが男装しているのだから、無理もない。
とりあえず、シルバはフォローを入れることにした。
「オーケー。今度、街に戻ったら、フィリオさんにカートンから教わったこと全部、話してやれ」
「? に、分かった」
よく分かっていないながら、リフは頷くのだった。
しばらくすると、作業場の方からキキョウが戻ってきた。
手には、研ぎ直したばかりの刀がある。
スラリと抜かれた刃の輝きは、シルバの目にも、これまでより冷たく鋭いモノにも見えた。
「むぅ……見事だ、ジングー殿。素晴らしい」
「ほっほっほ。納得いただけたかな」
パイプを吹かせながら、ジングーは笑う。
刃を鞘に納め、キキョウは頷く。
尻尾も心なし、ゆっくりと揺れていた。
「無論。ジングー殿、試し切りはできるであるか?」
「ウチの野菜でよければ、裏にいる家内に言ってくれれば、いくらでもよいぞ。薪でも構わんが」
「うむ。ではシルバ殿、また後で」
「ああ」
颯爽と、野菜を斬りに向かうキキョウを、シルバは見送った。
「むむっ」
背後でヒイロの唸り声が聞こえた。
振り返ると、何やら緊張した面持ちをしている。
「どうした、ヒイロ。真面目な顔をして」
「食べ物の匂いが、する……!」
すげえなコイツ……と思うシルバだった。
「ほほっ、そろそろ、移動屋台の串焼き屋が来る頃じゃ。その匂いじゃろう」
「……ヒイロの嗅覚って、食べ物に関しては時々、獣を超えるよな」
一種の尊敬すら込めて、シルバはヒイロに言う。
リフも同感のようだ。
「にぃ……食べ物は、リフよりびんかんかも」
「じゃあ、先輩。いざ尋常に!」
ビシッとダーツの矢を突きつけ、ヒイロは挑戦の構えを取る。
何が言いたいのかは、よく分かったので、シルバとしては肩を竦めるしかない。
「はいはい、賭けね。言っとくけど俺はインチキ使うぞ」
「えー」
「籠手と眼鏡のテストの為に来てるんだから、当然じゃん」
シルバは、眼鏡と籠手を装備し始めた。
「に。リフもダーツする」
工房を出て、三人は通りの串焼き屋台で昼食を取ることとなった。
勝負は当然ながらシルバの勝ちだったが、元々負けるはずのない勝負だったので、ドリンク一本で手を打つことにした。
「第五層は、相変わらず手こずってるみたいだなあ」
シルバは熱い焼き鳥をはふはふと頬張りながら、冒険者ギルド発行の情報ペーパーを眺める。
「にぃ……?」
興味があるのか、リフが魚介焼きを食べつつ、長椅子の左隣から覗き込んできた。
「現状、第六層の直前を植物系のモンスターが阻んでいるんだと。霊樹? とかいう類らしいけど……まあ、亜神や霊獣の植物バージョンっぽいな。霊樹と言っても、あまりよくない類らしいけど」
最後の台詞は、右でタレ付きの串焼き肉に集中しているヒイロへの説明だ。
「に」
きりり、とリフが顔を引き締める。
「うん、リフなら頼りになりそうだな」
「に!」
リフの霊獣としての属性は主に木だ。植物を扱うのに長けている。
もっとも、その前に第三層と第四層を突破しなければならないので、先はまだまだ長いし、それまでに第五層も攻略される可能性はあるのだが。
リフがやる気になっているようだし、そこには敢えて触れない、シルバだった。
「先輩先輩、火で燃やしちゃうのは駄目なの?」
「それは当然、攻略中のパーティーも考えたさ。けど、そうしたら今度は煙がモンスター化したらしい。物理攻撃の効かない、な」
「うへぇ」
基本、物理攻撃メインのヒイロとしては、顔をしかめていた。
「んでまあ、対策練る為に苗を持って、上に戻る計画があったらしいんだけど、それも何か第四層だか第三層だかで、行方不明になってるらしくてな」
まさか、関わったりしないだろな……と、ちょっとシルバは不安を覚えた。




