憑きもの
「えー、高いのー?」
ぶーたれるノワに、タヌリックは声を潜めた。
「ここだけの話になりますがね、ノワはん。この子、霊獣どす」
「れーじゅー?」
真面目な顔で、タヌリックは頷く。
「はいな。高位の精霊に近い獣でして、この剣牙虎の種はモース霊山産どす」
「高いの?」
「ものごっつ高値どす。以前買われはった錬金術師はんとは、ええ勉強させて頂きました」
「むむぅ……」
ノワは悩む。
ますます欲しくなってきた。
「それより何よりどすな。例の『龍卵』の件、ありまっしゃろ?」
「うん。ちゃんと用意しといてよ?」
突然話が変わった事に、ノワはちょっと驚いた。
「いやいや、ええ、それはもちろんですが、例のブツに必要なんは『質のええ魂』どすえ?」
「あっ」
ノワも気がついたのが分かったらしく、タヌリックは眼鏡をくいと直した。
「さいです。この子で代用出来ます。三人分の召喚には充分のはずですわ」
「む、うー、可愛いのになー」
今度は別の意味で悩み始めるノワだった。
彼女の前に、タヌリックは袖から出した、小さな袋を出した。
紐を解くと、中から小さな植物の実が三粒転がり出た。
「こちら、マタツアという商品となります。これを使えばこの種の霊獣には覿面どす。効果の方は以前、四匹ほどまとめて成果を上げた折紙付ですわ」
「でも、高いんでしょー?」
「はいな。それにこちらもご用意さして頂いております」
さらにタヌリックが自分のリュックから出したのは、一枚のカードだった。
王冠を被り、玉座に座った女性の絵が描かれている。
「むむー」
「商品としては、お二つ合わせても『龍卵』よりはお安うなっとりますえ。ノワはんの手持ちの資金なら、まあギリギリいうところでしょうか。まあ、お返事はすぐにとは言いまへんよ。じっくり、お仲間とも相談して下さいな」
にっこりと笑うタヌリックだった。
ほぼ同時刻。
以前使っていた貧民窟の廃屋で、クロス・フェリーはロン・タルボルトから、エトビ村での偵察の報告を受けていた。
「なるほど、お疲れ様でした」
「眠っていいか」
さして眠くもなさそうに、ロンが尋ねる。
「はい。報告はお任せ下さい。あ、でもそのバサンズさんとヒイロさんの模擬戦の報告は伏せさせていただきますね。彼の腕前が思った以上に使えるのは理解しましたが、バサンズさんはヒイロさんと戦わなかった。夜も彼らが訓練に明け暮れていたのを、バサンズさんが確認した。そういうことにしておきましょう。ご了承ください」
朽ちかけているベッドに向かおうとしたロンは、足を止めた。
「何故、そんなことをする必要がある」
「……ロン君はご存じないですが、ノワさんも僕も彼を仲間に入れるのは、反対なんですよ。彼はヤバイ」
「根拠は」
「彼の家の地下室に少々。とにかくですね、この件を話すとノワさんがまた、悪い癖をもたげてしまうかもしれません。多少の性格の難など問題ない。一時、僕と反対に合意したにもかかわらず、そんな風に考えられては困るんです」
だからそこの部分は省略することに、クロスは決めた。
これはノワの為でもある。
一時の迷いで不確定要素を入れると、あとで後悔する羽目になるからだ。
「なるほど。分かった、そこはお前に任せる。俺は強い奴と戦えるなら、それでいい」
今度こそ眠ろうと、ロンはベッドに身体を横たえた。
「ありがとうございます。何だか楽しそうですね」
目を瞑ったまま、ロンはクロスを指差した。
「キキョウ・ナツメがまた、腕を上げていた。アレは俺が食う。手を出すな」
「了解しました」
「はぁ……」
溜め息をつきながら、バサンズは自分の屋敷に戻った。
ノワのパーティーに入れなかったのは残念だ。
だからこそ、溜め息が出る。
しかし、思ったよりもダメージが少ないことに、バサンズは安堵と共に自分に違和感を覚えていた。
何故だろうと考えながら荷物を下ろしていると、屋敷の呼び鈴が鳴った。
「……!?」
この家には手伝いの人間などいない。
バサンズは自分で、訪問者を出迎えた。
覗き窓から見えたのは、黒眼鏡の商人だった。
「バサンズはん、いらっしゃいますか?」
「あ、は、はい。貴方は確かノワさんと一緒にいた……」
「はいな。タヌリック・ウェルズ。流れの商人をさせてもらっとります」
「はあ」
とりあえず、バサンズは扉を開き、タヌリックを中に入れた。
そのまま玄関で話を続ける。
「何でも聞いた話によると、このノワはんの似顔絵、バサンズはんが描きはったらしいどすな」
「え、ええ」
「やあ、ウチえらい感銘受けてまいまして。実に素晴らしい絵どす。よければ、ウチにも一枚譲って頂けまへんかな思いまして。つまり、商いの話に来たんどす」
「そ、そういう事ですか。でしたら、何枚か持ってきますんで、しばらく応接間の方でお待ち頂けますか?」
「はいな。勝手は分かっとりますんで、お気遣いなく」
頭を下げながら、タヌリックは応接間に向かう。
それを見送り、バサンズは地下に向かった。
地下室の鍵を開け、魔法で明かりを灯す。
地下のアトリエには、何十枚もの絵画があるが、そのテーマはすべて同じだった。
プラチナ・クロスを解散してからこれまで、絵といえば彼女しか描いていない。
部屋の絵はすべて、ノワ・ヘイゼルの肖像画だった。
様々な角度から描かれたノワの絵はどれも精巧で、一種の執念すら感じられる。
ただ、とバサンズは思った。
何となく、これまでのような絵を描くことは難しいような気がする。
いや、もう描けないだろう。
正直、ノワにはいまだに未練がある。
しかし、執着がなくなりつつあるのだ。
しばらく落ち着いたら、またエトビ村に向かおうと思う。
何だかあの地を訪れてから、憑き物が落ちたような気がしてならないのだ。
今回は偵察という仕事があったから、慌ただしく戻ってきてしまったが、まだ入っていない温泉もあるし、あちこち巡るのも悪くないだろう。
シルバの話では、少し離れた村にまだ、イスハータとロッシェが逗留しているという。
考えてみれば、喧嘩別れとしかいいようのないパーティー解散をしてから、彼らとは会っていなかったなぁ。
バサンズはポケットから、小さなカードを取り出した。
エトビ村の宿『月見荘』の紹介カードだ。
その裏には、『プラチナ・クロス』時代の盗賊職だったテーストの居場所が、シルバの手で書き記されていた。
別れ際、気が向けば会いに行けばいい、とシルバには言われたのだ。
「あと、バサンズは暗示に掛かりやすいっぽいから、まあこれはそのお守りかな。役に立つかどうかは分からないけど、念のため」
意味はよく分からなかった。
話したのは、それだけだ。
仲直りするかどうかは、バサンズ次第であり、シルバがとやかくいう問題ではない……ということなのだろう。
そんなことを考えながら応接間に戻ったバサンズは、数枚の絵をテーブルに並べた。
「何枚か、用意しましたけど……どうでしょう」
タヌリックは、ニコニコと絵を眺め回した。
しかし、その下にあるどんぐり眼は笑っていなかった。
「さいですなぁ。出来れば、笑顔の素敵なんがええどすなぁ。なんぞ、魔力でも秘めてそうな感じのが……」
タヌリックの商品に、魅了の効果を持つ不思議な絵画『女神の微笑』が入荷されるのは、それからしばらくしての事になる。
バサンズ、ノワパーティーへの仲間入り回避。
次回から、シルバ達に戻ります。




