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カナリー・ホルスティン

「……監督? 村長とは違うの?」


 一瞬カナリーはヒイロを見たが、すぐにシルバに視線を戻した。

 シルバもヒイロを見、カナリーに向き直る。


「立ち話もなんだし、どこか落ち着ける場所はないか? こっちに敵対の意思はないのは、さっきも言った通りだ。あとヒイロの質問も、そっちで答えてもらえると助かる」

「いいだろう。じゃあ、村長宅にしようか」


 カナリーに、三人ほどの若者が付き従う。

 おそらく彼の部下なのだろう。

 シルバはカナリーたちについていくことにした。




「お帰りなさいませ」


 村長のネリー・ハイランドが屋敷の前で待ち、カナリーに頭を下げて扉を開いた。

 なるほど、上下関係はハッキリしているようだ。


「さ、入ってくれたまえ」


 カナリーが最初に入り、付き従っていた部下たちが扉の左右に立った。

 見るとその瞳は紅い。

 やはり彼らも吸血鬼のようだ。

 シルバは入り口で足を止め、ヒイロたちに振り返った。


「ヒイロ、タイラン武器は預けて」

「えぇー」


 ヒイロが嫌そうな声を上げた。

 ネリー・ハイランドと話した時は、武器は道具袋に入れていたが、今回は二人とも所持している。


「渋い顔しない。礼儀ってもんだ」

「へえ、聖職者のくせにずいぶんとこっちを敬うじゃないか」

「……今までどんな人たちを相手にしてきたのか知らないけど、人様の家に武器持ったまま入るとかないだろ」

「そうかい」


 余裕がある風を装っているが、やっぱり警戒しているなあとシルバは思った。

 ヒイロは渋々、タイランは特に抵抗なく、武器をカナリーの部下たちに預けた。


「カナリー様、準備が整いました」


 いつの間に移動していたのか、ネリー・ハイランドが応接室の扉を開けて、カナリーに声を掛けた。


「うん、ご苦労様」


 応接室に、シルバたちも入る。

 カナリーのソファの後ろにネリーが立ち、扉の左右にやはり部下たちが立った。

 ネリーもサングラスを取っていて、その瞳はやはり紅かった。

 残るもう一人が、香茶と茶菓子のクッキーを持ってきて、テーブルに置いていく。


「君の考えていた通り、ここは僕達ホルスティン家が所有する『牧場』さ。基本的に管理は部下に任せているが、最高責任者は僕、カナリー・ホルスティンが務めている。ヒイロと言ったか、(オーガ)君、監督とはそういう意味さ」

「そこの村長さんがここの管理人か」


 シルバが、カナリーの後ろに立つネリーを見た。


「そういうことだね。ところでそこの二人は、『牧場』について知識がないようだが。……まあ、僕たち吸血鬼や、君たち聖職者でもなければ、それほど知られていないだろうからね」


 タイランは、動かないと本当に置物状態で、何を考えているのか分からない。

 ただ、ヒイロは「結局何なの?」と表情が訴えているので分かりやすかった。


「吸血鬼の主食は人間の血液だ。この村は、新鮮な血液を吸い上げる為の施設なんだよ。若い男女、おそらく全員が童貞か処女だ。公衆浴場は清潔さを保つ為。血の味をよくする為の一環だろうな」


 シルバの説明に、タイランが頷いた。


「ああ、それで『牧場』なんですね……人間を飼育する」


 カナリーが苦笑いを浮かべた。


「そういうと、人聞きが悪いね」

「……ここの人たちは、どうやって連れてこられたんだ?」

「それを、君に話す義理があるのかな?」


 シルバの問いに対して、カナリーは小馬鹿にしたような笑みで返した。

 なるほど、とシルバは納得した。


「言われてみればないな」

「ちょ、先輩!」


 ヒイロは慌てるが、確かにカナリーがここのことを無理に話す義理も義務もないのだ。

 教会の権威を使って話してもらうというのは、シルバの性にはあわない。

 ここの村人たちが常に何かに怯えている風だったとかなら、話は変わってくるが、そんな雰囲気はなかったし。

 などとシルバが考えていると、カナリーが何やら書類を差し出してきた。


「こちらとしても、無駄に争いたくはない。この誓約書にサインをしてもらえれば、説明をしようじゃないか」

「誓約書?」

「ここのことを余所に公言したりしない、という誓約書さ。ちなみに誓約を破ろうとした場合、強制力(ギアス)が掛かって、喋れなくなったり文字が書けなくなったりする。また、誓約を破ろうとしたことは即座に、ホルスティン家に伝わる仕組みになっているから、生命に関わることになるね」


 さあ、どうする?

 挑発的な口調で言い、書類の横にカナリーはペンを置いた。


「分かった。サインしよう」

「決断、早いな!?」


 サラサラとサインを走らせるシルバに、言った側であるカナリーがソファから滑り落ちそうになっていた。


「実際、公言するつもりはないからな。ああでも、俺の上司には伝えることになるかもしれないから、その時は同席してくれ」

「言ってることが矛盾していないかい? 君、公言しないと言いながら、同時に上司に伝えるって言っているんだぞ?」


 カナリーは奇特な人間を見るような目をした。

 しかし、シルバとしてもこれは必要な措置なのだ。

 一応、上司の人格を信頼しているというのもある。


「大っぴらにはしないっていうのと、上司に伝えるっていうのは相反しないだろう? それに、ウチの上司は人に迷惑が掛からないなら、それほど堅いことを言う性格じゃないから、大丈夫だと思う」

「……教会関係者の言葉を信用しろと?」

「お互いのこともよく知らないのに、まさかだろ。だからその時は同席してくれって言ってるんだよ」


 シルバの要求に、カナリーは小さく鼻を鳴らした。


「ふん……まあ、いい。そっちの二人にも書いてもらうよ」

「あ、クッキーもうちょっといい?」

「緊張感ないな、君は!?」


 頬をリスのように膨らませたヒイロに、カナリーは突っ込んだ。


「名前が書けない場合は、どうするの?」

「……血判でも構わないよ。そっちの鎧の君は大丈夫そうだが……今更だが、何故、鎧」

動く鎧(リビングメイル)だからだよ」

「なかなか個性的なメンバーだね」


 シルバの答えに、少し疲れたようにため息をついているカナリーだった。


「もう一人仲間がいて、今、別行動を取ってるんだが」

「僕が一緒なら、この村のことは話しても構わない。そういう意味ではさっきの君の『同席』というのは、正しい要求だったね」

「手間が省けて何よりだ。ああ、ちなみにその別行動を取ってる仲間のことだが、近くに山賊がいるぞ。その偵察に向かっている」


 シルバが言うと、カナリーは頷いた。


「もちろん、そのことは村長から聞いている。そもそも僕がこの村を訪れたのは、それが理由だ。部外者が入り込んできた場合には、報せが来ることになっていてね。保護した行商人のこととかも全部、承知済みだ」

「話が早くて助かる。……そういえば村長が冒険者を雇いに、遣いを出させたって言ってたけど」

「悪いが、それは嘘だ。冒険者ではなく、ホルスティン家への遣いだよ」

「そうか。いや、隠れ里なのに山賊退治に冒険者を雇うとか、依頼を申請する時、どう辻褄を合わせるのかってちょっと気になっててな」

「だってさ、ネリー」

「申し訳ございません」


 それほど申し訳なく思っていない微笑みと共に、ネリーは頭を下げた。

 さて、とシルバは本題に戻ることにした。


「とりあえず山賊は排除しておきたい。こっちは今、施療院にいるウルトという行商人の捜索が依頼でね。言葉通りに見つけましたから、後の引き取りはここまでよろしくって訳にもいかないんだ」

「いいだろう。こっちとしても、このまま居座られては困る。彼は君のように勘がいい訳じゃないが、いつ『牧場』であることに気付かれるか分かったモノじゃないからね。協力しよう」

「この村には、若い男女しかいないから、それほど勘が鋭くなくても、外を出歩いたら一日ももたないと思うぞ? 気付かれなかったのは多分、ずっと施療院にいるからだ」

「……言い訳すると、そもそも人が入って来られないようにしているから、村の中での小細工には拘ってないんだよ。部外者が来たら村長に即連絡。可能な限り逃げろって住人には指示してある。下手くそな演技でボロが出るより、よっぽどいいからね」


 なるほど、そこはちゃんと考えていたのか。

 余所者が来たから逃げるというのは来訪者からは失礼には思われるだろうが、それでもこの村の正体がバレるよりは遥かにマシだろう。


「……今、別行動を取ってくれている、ウチの男前(イケメン)が声を掛けたら、あっさり村の娘さんたち、施療院に案内してくれたんだが」

「ネリー。その子たち、あとでお説教」

「かしこまりました」

「あともう一つ。偽物でも良いから教会は建てといた方がいいかな。俺的にはあれが一番、この村で不自然だった」


 シルバの忠告に、カナリーは頬をひくつかせた。


「……なあ、君、本当に聖職者なんだよな? 偽物でもいいとか、普通言わないぞ?」


 失礼な、とシルバは思った。

 れっきとした司祭である。

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― 新着の感想 ―
[一言] 誓約書のくだりからカナリーさんのツッコミ?が面白くて笑いながらもテンポ良く読めました。
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