バサンズとの面談
二時間後。
アーミゼスト大通りに面した、とある喫茶店のオープンテラスで一組の冒険者が向かいあっていた。
昼下がりの通りは、市民であふれかえっている。
学者風の魔術師、バサンズは周囲を落ちつかなげに見渡した。
ついさきほど、温泉村から戻ってきたばかりだ。
「あの、ノワさん、大丈夫なんでしょうか? こんな人目の多い場所で……」
一方、ノワは男装の新米冒険者風に変装している。
バサンズに比べて、落ち着いたモノだ。
「大丈夫大丈夫。むしろ、これだけ人が多いと、人一人に気を配る方が難しいって」
「はぁ」
「……というか、バサンズ君の家の周囲にも、何人か偵察がいてね」
「……っ!?」
ノワの言葉に、バサンズは目を剥いた。
「あ、バサンズ君が裏切ったとはノワ思ってないよ。ノワとバサンズ君、同じパーティーだったじゃない。そういう意味だと、マークはされて当然だもん」
「そ、そうですね。あ、これ描いてきました」
バサンズが鞄から取り出した巻かれた紙を、ノワは受け取った。
広げると、重ねられた六枚の用紙に一人ずつ、冒険者の姿が描かれていた。
シルバ・ロックールのパーティーのメンバーだ。
仔虎を頭に乗せたシルバ。
訓練中のキキョウ、同じくタイランとヒイロ。
朝食の席だろうか、優雅に香茶を飲んでいるカナリー。
フィッシュサンドをもしゃもしゃ食べているリフ。
また違う用紙には、ヒイロやキキョウの動きをスケッチしたモノも描かれていた。
使う技の特徴や多用する技術が、細かく記されている。
「さすがバサンズ君。大したモノだね」
「あ、あはは……数少ない取り柄ですから」
ノワの微笑みに、バサンズはすぐに真っ赤になってしまう。
一方ノワは、絵に再び視線を落とした。
「ああ、やっぱりこの子だったんだ」
朝食を食べている獣人の盗賊の絵に、頷く。
「え?」
「リフ君。ノワ達、一度会ったことがあるんだよ。可愛い子だったから憶えてるの」
そう、以前『墜落殿』の第一層で、行商人の手伝いをしていた子だ。
印象深い容姿だったので、ノワも記憶していたのだ。
「はぁ。お、男の子、ですよね?」
「……そのはずだけどね。あ、こっちの子もかわいー」
ノワが次に手を止めたのは、シルバの絵だった。
「はい?」
正確には、ノワが興味を持ったのはシルバではない。
その頭上に乗る白い仔虎だ。
「シルバ君と一緒に描かれてる小さな虎! すごく可愛い! この子欲しい!」
「ノ、ノワさん、あまり大きな声はちょっと」
周囲の客が注目する。
そう言いたげなバサンズに、ノワは我に返った。
だが、もうノワはすっかり、仔虎に夢中だ。
「とと、そうだった……むー、いいなぁ欲しいなぁ」
「あの……」
何か言いたげなバサンズに、ノワは本来の目的をようやく思い出した。
ここからはちょっと慎重にならなければならない。
「あ、そうだった。バサンズ君の採用ね」
「はい」
軽い笑みを浮かべたまま、ノワは眉を八の字に下げた。
「ごめん、ちょっと無理」
「え……」
「だってほら」
ノワは、喫茶店の壁に貼られているお尋ね者の張り紙を指差した。
そこには、ノワ達の似顔絵が貼られていた。
クロスやロンは最低限の特徴は捉えているモノのそれほど似ていなかったが、ノワの絵は実によくできていた。
ちなみに張り紙の大量印刷はシトラン共和国からの印刷機によるモノで、都市中に張られている。
「賞金首の似顔絵の絵って、バサンズ君、見覚えない?」
「あ……えぇっ!?」
眼鏡を直しながら凝視し、バサンズは腰を浮かせかけた。
「うん、バサンズ君の絵だよね、あれ」
「そ、そうですけど、どうしてこんな所に!? いや、僕はそんなつもりで売ったことなんて……」
慌てるバサンズに嘘はない、とノワは思った。
しかしそれとこれとは別だ。
「うん、多分、バサンズ君から絵を買った人がノワだって気付いて、冒険者ギルドに転売したんじゃないかなーって思うんだけどね。ただそれでも、同じ事に気付いたクロス君とヴィクターが疑問を抱いてるの」
ノワの言葉に、ガックリとバサンズは項垂れる。
「……そ、そうですか」
ノワは両手を合わせて、申し訳なさそうに頭を下げた。
「ノワもバサンズ君は無実だって言ったんだけど、やっぱり駄目だって言われちゃって……だから、ごめんねバサンズ君」
「そ、そういう事なら……分かりました。本当に残念ですけど、諦めます」
「それに、やっぱりバサンズ君は巻き込めないよ。わざわざノワ達と一緒に、裏の世界に回ることないって。ね?」
ふわっと笑ってみせると、バサンズは顔を真っ赤にして頭を下げた。
「はい。でも、何かあったら言ってください。力になれることがあったら、いつでもお手伝いしますから」
ノワはバサンズとほぼ同時に席を立った。
「うん、ありがと。バサンズ君も元気でね」
「はい」
バサンズが去ったあとも、ノワはその場を去らなかった。
「ノワはんも、悪どすなぁ」
後ろからの声に、振り返る。
そこでは、タヌリック・ウェルズがチョコレートパフェをつついていた。
「むぅ? タヌ君人聞きが悪いよ。巻き込みたくないのは本音だもん」
「さいかもしれまへんけど、似顔絵の件なんかほとんど因縁やあれへんですか。クロスはんはまだ分かりますけど、ヴィクターはんが疑問抱くとかあらしまへんよ。後ろで笑い堪えるんで、必死でしたわ」
「話に説得力を持たせる為に、ちょろっと誇張しただけだよ。さすがにちょっとバサンズ君はねー」
言いながらノワはタヌリックの席に回り込み、向い側に座った。
「ま、さいですな。正体知ってまうとしゃあないどすか」
「うん」
地下室のアレを見てしまうと、さすがにノワとしてもこれまでと同じように、バサンズと接し続ける自信がなかった。
「それにしても、よう出来てますなぁこの似顔絵」
いつの間にか、タヌリックはバサンズの描いた六枚の似顔絵をテーブルに広げていた。
さすが商人、手が早い。
「ねー。それも美少年美青年ばっかりでうらやましー。シルバ君は大したことないけど」
「さいどすなぁ。キキョウ・ナツメはんに、カナリー・ホルスティンはんどすか。冒険者ギルドの中でも、ビジュアル面でかなり有名なお二人どす」
「だよねー。これだけ格好いいもんねー。この二人も欲しいなぁ……」
「お」
タヌリックが、一枚の絵に動きをとめる。
「どしたの、タヌさん」
「や、この小さな虎はんは……」
タヌリックが指差したのは、シルバの似顔絵だった。
正確にはその頭上にいる仔虎である。
「可愛いよね! タヌさん、動物の餌とか安く仕入れてたりしない?」
「安いのはあらしまへんけど……」
にやり、と黒眼鏡の商人は笑みを浮かべた。
「少々お高くなる、ええ餌を取り扱ってますよ?」




