ロンの偵察
宿に戻ったのは深夜だった。
魔力は魔力回復薬で回復している。
だが、それを抜きにしても、充実したトレーニングだった。
「……つ、疲れた」
そのままベッドに横たわるバサンズ。
短時間でこれほど魔術を唱えた経験など、ほとんどなかった。
しかし、天井からは非情な声が響く。
「眠るなら、仕事を終わらせてからにしろ」
「……ええ」
ロンの言葉に現実に戻ったバサンズは、荷物の中から画材を取りだした。
木炭で、今日出会ったシルバの仲間達を描いていく。その過程で気がついた動きの特徴や、武器も描き加える。
さすが絵で食べているだけあって、上手いモノだった。
一方ロンは天井の梁で身体を休めながら、さっきまでバサンズが付き合っていた夜のトレーニングを思い返していた。
「……血が滾りそうになるな、まったく」
特にキキョウの気合いとヒイロの烈気に当てられ、参戦したくなる欲望を抑えこむのに苦労したロンであった。
……夜更けには、バサンズには出来ない仕事が待っている。
バサンズが眠るまで、しばらく休憩だ。
深夜の森を駆け抜け、ロンは開けた場所に出た。
その先にあるのは、小綺麗な村落だ。
村の名前はマルテンス村といい、以前ロン達が訪れた時には、もっとずっと寂れていた。
いや、正直、単なる廃村だったはずだ。
だがこの村は今や、知性を有する猪達の縄張りとの境界線として、冒険者ギルドと吸血貴族であるホルスティン家が協力して手直しをしている最中にあるらしい。
そしてその資金の出所は、ノワ達の隠していた財産だという。
ロンは気配を消しながら暗闇を選んで村に駆け、近付く。
吸血鬼……おそらくホルスティン家のモノが、巡回している。
残るは自分達の財産の無事の確認だが、真正面からは難しそうだ。
一応、クロスからは『隠形の皮膜』を借りて来てはいるモノの、果たして侵入が可能かどうか。
だが、やるしかない……と思っていると、こんな夜遅くにもかかわらず、新たに誰かが歩いてきた。
相手は四人。
その程度の人数なら、『獣化病』の罹患者であるロンなら何とかなる。
普段なら難しいかも知れないが、今は月が出ている。
ライカンスロープは、月夜の晩に力が増すからだ。
……脅して情報を聞き出すか、と迷うロンだったが、首を振って夜空を見上げた。
煌めく星と、大きな月。
狼男に与えられる月の効果は何も、利点だけではない。
興奮しやすくもなるのだ。
……どうやら、自分の血の気が多くなっているらしい。
まずいな、と思い頭を冷やす。
今回の仕事は、可能な限り自分の存在を知られてはならない。
あの、フィリオとかいう学者風の壮年の男には肝を冷やされたが、それ以外は完璧だったと自分では思う。
確かに、この村の住人から今情報を聞くのは容易いが、この村を再訪することになった場合、間違いなくやりづらくなる。
気配を絶ち、耳を澄ませる。
月の輝きは、血の気だけではない。
狼男としての感度も高まり、通り掛かる四人の会話も鋭い聴覚は的確に捉えていた。
「ネリー、状況はどうだい」
「はい、万事滞りなく進んでおります」
「うん、ならいいんだ」
会話しながら歩いているのは、金髪の麗人と銀髪の美青年だ。
ロンは、自分の判断に静かに安堵した。
長い金髪の方は、吸血貴族ホルスティン家の後継者、カナリー・ホルスティン。
付き従う銀髪は、ホルスティン家の血族……宿で調べた名前は、確かネリー・ハイランドといったか。
話しているのは主にこの二人。
後ろに控えている赤と青のドレスの美女達は、カナリーの従者だという話だし、無視してもいいだろう。
月夜の吸血鬼二人に、その従者二名。
さすがに、襲うには相手が悪すぎる。
ノンビリと歩くカナリー達から離れないように、建物の陰に隠れてロンは並走する。
「今日の鑑定は?」
「はい。七列目の三段からとなります」
「……ようやく終わりが見えてきたね」
「はい」
カナリーは深く溜め息をついた。
ノワ達の溜めていた財産は相当あり、その中でも『古代遺産』がかなり多かった。
冒険者ギルドの方でも、鑑定士は連れられてきたが、さすがに都市内のように多くの専門家を呼ぶことはできず、先に調査をしていたカナリーは引き続き、鑑定の手伝いをしていたのだ。
うーん、と両腕を大きく上げて、伸びをする。
「お陰でやっと、探索に戻れるよ。こっちの都合で足止めを食らわせて、シルバには申し訳ないと思っていたんだ」
「申し訳ございません。しかしカナリー様は、ホルスティン家の当主名代としてこの場において必要な方です。どうか今しばらくは……」
深く頭を下げるネリーに、カナリーはパタパタと手を振った。
この部下は誠実なのはいいが万事がこの調子なので、時々、うんざりさせられるのだ。
「いいよ。君はやるべき事をやっている。ただ、こっちの仕事をさっさと終わらせたいだけさ。第三層にあった隠し部屋にも、まだ興味があるし」
「しかし、カナリー様もずいぶんと変わられた」
「何が」
「以前屋敷にいた頃には、土臭い探索など冗談じゃないなどとおっしゃられていた記憶がございます」
ヒクッとカナリーの頬が引きつった。
うん、確かに言った覚えがある。その時は間違いなく本音だったし、今でも若干、その思いがないでもない。
が。
「あ、あー……いや、うん、遺跡探索で興った都市でもあるし、歴史を実践で学ぶ貴重なチャンスな訳で。そ、それにシルバ達と組む前だって、いくつかの仕事はこなしてたよ? まあ、ノリで冒険者登録しただけだけどさ」
誤魔化すカナリーに、いつの間にかネリーは何やら巻物を広げていた。
「主に街中での仕事でしたようですね。遺跡内や洞窟といった類はほとんど……」
「ちょっ、何で僕のミッションログを君が持っているんだ!?」
「ギルドマスターから、お預かりいたしました」
平然というネリー。
元は魔術師兼地図作製者だったというギルドマスターの使う古代魔術は非常に単純で、それはつまり自分の記憶にあるモノを、紙とインクさえあれば即座に転写出来るというモノである。
その記憶力も相当で、ギルドに登録している冒険者の記録など、その転写は赤子の手を捻るようなモノなのだろう。
……ネリーの回想は続く。
「ああ、それと確かアーミゼストの学習院を選ばれたのも、単にパル帝国国立大学を嫌がっただけだったような」
「見張られてるみたいで嫌なんだよ! とにかくそれは返せ」
カナリーは、白い手を突き出した。
しかしネリーは、巻物をクルクルと巻き上げると、それを懐にしまってしまった。
「当主様の命により、これは死守させて頂きます。本家でも、カナリー様の安否はずいぶんと心配の種になっております故」
「……嘘つけ。あの放蕩親父が」
「たとえ女好きで博打好きで酒好きな当主様でも、カナリー様の事は案じておりますよ」
どうだか、とカナリーは吐き捨てた。
それからふと、仲間の父親が頭に浮かんだ。
「ま、リフのところの過保護がいいかっていうと微妙だけどさ……」
「……ああ、あれは確かにすごいですね」
うん、と頷き合う二人だった。その後ろで、赤と青の従者まで深く頷いていた。
カナリーは、足を止めるとすぐ近くの家屋に近付いた。




