バサンズとロン、エトビ村に到着する
「のどかそうな、いい所ですね」
「ああ」
バサンズ・セントとロン・タルボルトを乗せた馬車がエトビ村に到着したのは、日も傾きオレンジ色に染まりつつある頃だった。
フードを目深に被ったコート姿のロンが、バサンズに囁く。
「仕事は分かっているな」
抑揚のないその声に、バサンズは自然、緊張してしまう。
「え、ええ。シルバさん達のパーティーの偵察、ですよね」
「そうだ。お前は以前、シルバ・ロックールと同じパーティーにいた。偶然を装って接近するのは難しくないだろう」
ロンに、バサンズは頷き返した。
「研究の疲れをリフレッシュする為に、この温泉郷にやってきた、と……そういう話にしておきます」
「そこは任せる。名前は覚えているか」
「はい。リーダーは司祭であるシルバ・ロックール。副リーダーがサムライのキキョウ・ナツメ。他に戦士で登録している鬼族ヒイロと動く鎧のタイラン・ハーヴェスタ。魔術師で吸血貴族カナリー・ホルスティン。そして盗賊のリフ・モース。この六人で構成されるパーティー『アンノウン』です。冒険者ギルドで確認してます」
バサンズの強みは、ノワ達のようにお尋ね者になっていないという点だ。
冒険者ギルドにも自由に出入りできるし、他のパーティーのことを調べるのも、難しくはなかった。
何より、『アンノウン』の名前はそれなりに有名だ。
実力もあるが、それ以上に女性冒険者達に。
バサンズが情報を得たのは男女混合の冒険者パーティーだったが、それでも充分過ぎるほどだった。
「道具は」
「ここに、ちゃんと」
ロンの問いに、バサンズは自分の鞄を叩いた。
中には旅支度と一緒に、絵画道具が入っている。
ノワ達は、シルバ達のパーティーをよく知らない。
以前、シルバとキキョウによって時間稼ぎをされ、その間に隠れ家を曝かれた時、一応遠目ではそれらしき者達を確認した。
けれど情報としては不十分だし、その後に仲間が増えた可能性だってある。
絵心のあるバサンズは、シルバ達の実力と一緒に、その仲間達の姿を描き写すことも仕事に含まれていた。
「よし。動け」
軽くバサンズの背中を叩き、不意にロンの姿が消失した。
「……消えた!?」
『姿を隠しただけだ』
「……!?」
声はすれども姿は見えず。
隠行という裏稼業の人間が使う技術の一つだ。
第四層や第五層の探索もする賞金稼ぎ達と渡り合っているだけのことはある。
修羅場を乗り越えてきたロンの身体能力は、相当な高みに達していた。
『……妙な事をしたらどうなるかは、分かっているはずだ』
「は、はい……!」
もちろん、バサンズはノワを裏切るつもりはない。
それでもやはり、緊張はしてしまう。
バサンズが選んだのは、この村で比較的大きな宿で『月見荘』という。
「……さて、宿に荷物を置いたらシルバさんを探さなければなりませんね。まずは、どの宿に泊まっているか、調べないと……」
「小僧!! どういう事か説明しろ!」
ロビーに入った途端、そんな大きな声が響いた。
振り返るとそこには、学者風の巨漢に追い回されている、かつての仲間であり司祭であるシルバ・ロックールの姿があった。
思わず、眼鏡がずり落ちそうになるバサンズだった。
「だ、だったら、説明させてくれませんかね!? 俺が昼寝をしていた間に、リフが懐に潜り込んできたのはどう考えても不可抗りょ……」
ロビーを横切りながら、シルバは背後に迫る壮年の巨漢に言う。
だが相手の男は、聞く耳を持ってないようだった。
「問答無用!」
手からどういう術か、緑色の光の柱が放たれる。
「それを言っちゃあ説明も何もできやしませんよ! リ、リフ、迎撃頼む!」
必死のステップで、砲撃を回避しながら、シルバは胸元に抱えた白い仔虎に声を掛けた。
「にぃ」
仔虎がシルバの肩に乗り、男の砲撃を同色の攻撃で迎撃する。
だが、それは壮年の男を更に逆上させているようだった。
「き、貴様ぁ……!」
宿の受付にいた女性が身を乗り出して、シルバとフィリオを交互に見た。
「ロックール様、モース様、おかえりなさい。……施設は壊さないように、乱闘は外でお願いできますか?」
「ご、ご迷惑おかけしてます……! あと、そういう話は後ろの人に……!」
「勝手口はあちらです」
「はい!」
「にぁ!」
女性の手の指した先へ、リフを抱えてシルバは駆け出した。
「待てい、小僧!」
その後を、激怒する壮年の男も追っていった。
宿の中が静かになり、女性は静かに息を吐いて、受付に戻った。
「……」
しばらくバサンズは呆然としていたが、ハッと我に返った。
「……身体能力は、以前より格段に上がっているようですが」
やや混乱しながらも、バサンズもシルバ達の後を早足で追った。
バサンズはシルバの分析を行う。
ゴドー聖教の祝福がどの程度増えたかは分からないが、シルバもまた以前とは違うはずだ。
しっかり力を付けてきているようだ。
「それにしても、あの小さな白い虎は一体……」
シルバの使い魔だろうか。
壮年の男も気になったが、アレは冒険者ではなさそうだった。
シルバはバサンズには気付かなかったようだし、もう少し遠目に観察するべきだろうかと迷った。
少し悩み、バサンズは首を振った。
「いや、今がチャンスか。せっかくだし、ここで接点を作っておこう……」
裏手に出ると、沈み行く夕日を背に、畑の土手でシルバと大柄な壮年の男が向かい合っていた。
バサンズのイメージとしては、目を離したら即殺されると確信し如何にこの場を乗り切るか知恵を巡らせているネズミVSどのような手を使ってでも捕まえると全身の気を張り詰めている虎であった。
「……」
え、この間に割り込むの、僕?
……これって、死ぬんじゃないかな?
仮にもバサンズも、白銀級冒険者パーティーに所属していた魔術師である。
それなりに、生き死にの感覚には敏感であった。
が……これもノワのパーティーに入る為である。
多少の勇気なら、無理矢理にでも絞り出せる。
「ど、どこのどなたか存じませんが、こんなところで騒ぐのはマナー違反ですよ?」
声と足を震わせながら、バサンズは言った。
「何者だ、貴様」
眼鏡を掛け、顎髭を蓄えた大男がこちらを向いた。
服装は、こんな温泉宿には似合わないスーツ姿で、恐ろしく威厳があった。
バサンズは腰が抜けそうになっていた。
「こ、この宿の宿泊客です。正確にはこれから、客になる予定の人間ですが」
「バサンズ?」
逆方向から、シルバの声が掛かった。
そのお陰か、巨漢の視線がバサンズからシルバに逸れてくれた。
正直、助かったと思うバサンズだった。
「や、やあ、お久しぶりです、シルバさん。偶然ですね」
「あ、ああ。そっちも休養?」
「ええ、まあそんな所です。そちらの方は……あれ?」
バサンズが思い返してみると、大男は何だかどこかで見たような顔だった。
「フィリオ・モース。学習院の客員講師だ。精霊関連の授業を受け持っている。魔術師のようだが、見ない顔だな」
そうだ、とバサンズは思い出した。
学習院で、一度受講した事があったのだ。
モース霊山という有名な山と同じ名字で、珍しいなと思った記憶がある。
おそらくフィリオというのは、その山に住む霊獣の長・剣牙虎フィリオから名付けられたのだろう。
「あ、ぼ、僕は基本的には自宅で研究してますから……学習院は、最近はちょっと休み気味で……」
「そうか。小僧、知り合いか」
フィリオに振られ、シルバは頷いた。
「え、ええ、まあ以前のパーティーの仲間なんですけど」
「シルバ殿ー、大丈夫であるか?」
声と共に、シルバの背後から、着物を着た黒髪の剣士が現れた。
バサンズは、シルバのパーティー構成を思い出す。
狐獣人のキキョウ・ナツメだ。
これで二人目、順調だなとバサンズは思った。
「ああ、キキョウ。心配ない。今のところは無事だ」
「にぃ」
白い仔虎が、スルスルとシルバの頭に昇り上がった。
さっきまでの緊張感は解けた……が。
キキョウは厳しい視線を、フィリオに向けていた。




