商人同士の悪巧み
気まぐれな貴族の別荘だったというバサンズ邸は広く、ノワ達が住むのに何の不便もなかった。
もっとも、屋敷の主は現在留守であり、故に夜も明かりを点ける訳にはいかないのが、やや不満点ではあったが。
何せノワとバサンズは以前同じパーティーを組んでいただけに、鼻の利くどこかの賞金稼ぎが郊外にあるここまで、様子を見に来ないとも限らないのだ。
ただ、その点さえ除けば、調理や風呂焚きはクロスの魔法で何とかなるし、すこぶる快適である。
が……。
「納得いかないー!」
昼下がりの薄暗い屋敷の中で、ノワ・ヘイゼルは不機嫌であった。
深いソファに身を沈め、手足をばたつかせる。
「あらら、どないしはったんですかノワはん。えろお不機嫌な顔して」
奇妙な方言で応えたのは、丸い黒眼鏡を掛けたどんぐり眼の青年だ。
ゆったりとした暗黒色の上下を羽織り、傍らには大きなリュックと丸い笠が置かれている。
ノワが取引している旅の商人で、名前をタヌリック・ウェルズという。
家主であるバサンズの許可を得て、ノワと商談中であった。
そのタヌリックに、ノワはぶーたれる。
「ちゃんとバサンズ君には効いたー。ノワのスマイル」
そして再び手足をばたつかせた。
「なのに、何でアイツには効かないのよー」
そのアイツ、にタヌリックは心当たりがあった。
「あー、言うてはった聖職者はんですな」
「そ! ムカつくの!」
ぷんすか、とノワは頬を膨らませる。
「ノワはんの微笑みは、ほら」
タヌリックは自分のリュックを漁り、心当たりの巻物を取り出した。
広げると、そこにはどこかノワに似た、微笑を浮かべる一人の女性が描かれていた。
「こちらの商業神イツミはんにそっくりですから、男の人と仲良うなれる効果があるんは、前にも話した通りどす。素の顔でも充分ですけど、イツミはんの絵や偶像は皆、笑顔どすからなぁ」
以前、ノワが『墜落殿』で手に入れたという触れたモノの性別を変えてしまう不思議な像、『牛と女神像』もこれに当たる。
神に似たモノ、似せたモノには、それなりの神性が宿るのだ。
タヌリックが聞いた話では、ノワは自分の笑顔にどこか不思議な魅力があることを、子供の頃から薄々と感じていたという。
彼女が微笑むと、男達は皆喜んで、自分を助けてくれるのだ。
もっとも、それにも個人差があったり、時間を置きすぎると駄目なようだが……それでも第一印象を最高によくするぐらいの力はあったのだという。
シルバのように、あそこまで徹底的に無力化されたのは生まれて初めてだったようで、ノワのプライドは大いに傷ついたらしい。
となると……と、タヌリックの考察は続く。
「せやから考えられますんは、何らかの強力な抗魔系魔道具を有しとるのか、ゴドー神とはまた別の……例えば三女神からの直接加護とか、その辺受けとるちゅー可能性とかが考えられますな。前に、魔王討伐軍におったっちゅーことは……さいですなあ。何か、どこぞの補給部隊には、一言主の生き神様がおられたとかいう噂聞いたことありますし、その辺かもしれませんなぁ。いや、せやけどこれも大分前の話になりますか……」
「むうぅ、シルバ君のくせに生意気ーっ!」
ノワは手近にあったクッションを、天井高く放り投げた。
バサンズの私物である。
ちなみに別の考察も、タヌリックにはあった。
「もしくは、実はそのシルバはんが、女の子やとか」
「え」
何故か、ノワは固まった。
「冗談どす」
「あ、あはは……ノ、ノワ、すごくビックリしたかも」
「まあまあ、とにかくそんなケースはごく稀やないですか。半吸血鬼や狼男とすら仲良うなれるノワはんやねんから、もっと大局的にモノを見なあきまへん」
「その、シルバ君に、ノワの財産、ほとんど没収されたんだよう!」
だからこそ、憎らしいのだという。
「それは大問題どすなぁ」
同情の目を向けるタヌリック。
とはいえ、所詮は他人の金であるのだが。
しかし、商売の取り引き上、もっとノワ達には儲けてもらわないと困るのだ。
「うん! あのお金がないと、ノワ達の目標に届かないもん」
……いや、もっとも現在は、タヌリック側でもちょっとしたトラブルがあり、すぐに資金を用意されても困る事情があるのだが。
それを教える義理は、彼にはなかった。
「そうですね。より強い装備を整えて第五層を突破すれば、巨額の賞金と幾つもの特典が手に入ります」
クッションを手に、いつの間にかノワの座るソファの背後には、半吸血鬼であるクロス・フェリーが控えていた。
辺境都市アーミゼストに最も近く、最大のダンジョンが『墜落殿』だ。
各階層を最初に突破した者には、都市からの賞金と特典が約束されている。
賞金はいわずもがな、特典は高級住宅地の召使い付きの邸宅、様々な店舗での割引、封印されている書物庫の一時入室許可などが挙げられる。
その中でも、奴隷ならば解放、賞金首や犯罪者ならばその記録が抹消されるというモノがあるのだ。
「それもこれも、シルバ君がぶち壊しーっ!」
ぎゃいのぎゃいのと、ノワは騒々しい。
「ほらほらノワさん、豆茶でも飲んで、落ち着いて下さい」
にこやかなクロスに促され、牛乳を多めに注がれた豆乳茶のカップを両手で包むノワ。
涙目で、ぬるめの豆乳茶をすする。
「うー、『龍卵』の購入資金がまた遠ざかっちゃうし……」
「さいですなぁ」
「タヌさん、なんか目が泳いでない?」
黒眼鏡を掛けているのに、どうして分かるのだろう。
この辺が、ノワの油断ならない所だ。
「あはは、気のせいどすよ。時にこの屋敷の主はんは、今いずこへ?」
バサンズは、タヌリックにノワとの面談の許可を与えると、そのまま旅支度をしてどこかに出かけてしまったのだ。
「あ、うん。ロン君とエトビ村に偵察に行ってもらってるの」
「はぁ。パーティーに組み込むんどすか」
確か、魔術師という話だったが、わざわざ賞金首になっているパーティーに入りたがるとは物好きな、とタヌリックは思う。
甘いものを飲み、少しずつノワの機嫌も戻ってきたようだ。
「というか、採用試験かな。ノワ達お尋ね者だしね。一緒に賞金首になる覚悟がないと駄目だし、このままだと運が良くても牢獄入りでしょ? それでもいいっていうから、ちょっとシルバ君達を、見に行ってもらってるんだよ」
「細かいところでは、日用品の買い出しも、ノワさん一人では大変でしたしね」
ねー、とノワとクロスは頷き合った。
しかし、とタヌリックは心配になる。
「……偵察に行くと見せかけて、そのシルバはん達に売られる可能性とか、考えてまへんのですか?」
「だから、念のためロン君が一緒なんだよ」
「なるほど」
裏切ったら、バッサリという訳か。
もちろんタヌリックの心配は、彼自身にもいえる疑いではある。
もっとも、商人が取引相手を売るなどあってはならない。
少なくともまだ、ノワ達とは友好な関係を結んでいる以上、タヌリックが彼女達を裏切る事はないのだ。
「まあ、心配ないとは思いますけどね……彼、ノワさんにぞっこんみたいですし」
クロスは銀縁眼鏡を指でくい、と直しながら、皮肉っぽく笑った。
その時、調理場の方からエプロン姿の巨漢が現れた。
「のわさま、ごはん、できました」
「わーい。ヴィクターのご飯おいしいから好きー☆」
ノワはソファから飛び降りて、遅い昼食に食堂へと向かおうとする。
タヌリックも立ち上がり、ノワの背に声を掛けた。
「適度に運動した方がええですよ、ノワはん。スタイルが変わると、ノワはんの女神の力は落ちてまいますから」
「はいはーい」
活動報告の方に『【旧作読了読者向け】『ミルク多め』のちょっと変更点』をアップしております。
小説家になろう版で始めて本作を読まれた方には「え、だから?」っていう程度の内容ですので、目を通しても通さなくても問題ないかと思います。




