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ミルク多めのブラックコーヒー  作者: 丘野 境界
魔術師バサンズの試練
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魔術師バサンズの試練

 薄い色素の髪はヘッドギアに包まれ、収まりきらない分は後ろで一括りにされて尻尾のように出ている。

 小柄な身体は、男性戦士用の装備に包まれており、丈が少々合わないのか袖がややだぶついているようだった。

 武器は腰に差した短剣一本。

 両手にいっぱいの、日用雑貨の詰まった紙袋を抱えている。

 昼下がり、辺境都市アーミゼストの人通りの多い大通りを歩く彼の姿は、ちょっと見、新米の少年冒険者の買い出しのようにも見えた。

 しかし、見る者が見れば分かる。

 彼は『彼』ではなく『彼女』なのだと。

 その『少年』は、角を曲がり少し細い通りを歩いていく。

 そして彼の後ろ、十数メルト離れた距離を一人の青年が追っていた。

 眼鏡を掛けた、線の細い学者風の魔術師の名を、バサンズ・セントという。

 彼は確信していた。

 絵の具の買い付けの帰りにたまたま見かけたあの『少年』が、バサンズがずっと気にかけていた少女なのだと。

 すぐに声をかけようと思ったが、内気な彼にはなかなか勇気のいる事だった。

 そこでタイミングを見計らい、『彼女』を追っていたのだが……。

 彼女が角を曲がり、慌ててバサンズはその後を追った。

 直後、バサンズは腕を強引に引っ張られたかと思うとそのまま押し倒され、首筋に冷たいモノが押し当てられた。



「あれ? バサンズ君?」


 細い路地に彼を押し倒した張本人は、自分を追っていた者が誰か、すぐに分かったらしい。

 バサンズは、『彼女』を見上げる。

 変装しているが、やはり間違いない。

 前のパーティーで一緒だった商人の少女、ノワ・ヘイゼルだった。


「ど、どうも……お久しぶりです、ノワさん。あの、その短剣を引っ込めてくれると嬉しいんですけど……」

「どうして、尾行(つけ)てたの?」


 少年……に変装していたノワは、厳しい目でバサンズを見下ろした。


「あ、いや、それは……」


 バサンズは口ごもる。

 しかしその沈黙を、ノワは悪い方に取ったようだ。


「バサンズ君も賞金目当てなんだ……ノワ、悲しいなぁ」


 バサンズは慌てて否定した。

 ノワは今、とある事件に関わり賞金を掛けられているという。

 バサンズが自力で集めた情報では、何でもこの都市を管理する冒険者ギルドだけではなく、違法な裏の商売を行っている者にまで喧嘩を売るようなことになっており、表を歩けない身になっているらしい。

 もちろんそれを狙い、追われたことも多いだろう。

 彼女が変装しているのも、それが理由と思われる。


「ち、違います! 僕はそんなつもりで追っていた訳じゃ……」

「じゃあ、どうして?」

「あ、あの……それは、ノワさんが心配で……」


 バサンズは正直に話した。


「ホントに?」


 ノワは疑わしそうだ。


「ほ、本当です」

「どうやって、それを証明する?」


 確かに、それは難しい。

 バサンズはかろうじていうことを利く手を動かし、宣言した。


「ゴ、ゴドー神に誓います」

「ふーん……」


 ノワは、バサンズの上に乗ったまま、緊張を解いた。

 といっても、相変わらず短剣はバサンズの首筋に当てられたままだ。

 そしてニコッと微笑んだ。


「本当に、ノワを売る気じゃないんだね?」


 その途端、バサンズは自分の中で言いようのない感情が昂ぶるのを感じた。

 彼女に嫌われる訳にはいかない!


「滅相もない! そんな事、絶対にするはずないじゃないですか! 僕はただ、心配だっただけです! 何だかノワさんの新しいパーティー、妙なことになっているみたいですし……」


 バサンズの必死の弁明に、ノワはクスリと笑った。


「んー、バサンズ君、その名前、あまり大声で呼んじゃ駄目だよ。注目されると困るし」

「あ、そ、そうでした……すみません……」


 ノワは短剣をバサンズの首筋から離し、彼の上からどいた。


「いいよいいよ。それでバサンズ君は今、どうしてるの? 新しいパーティー組んで、頑張ってるのかな?」


 立つよう促され、バサンズはローブの埃を払いながら、身体を起こした。


「あ、いえ、今は少し休んで、自分の研究を進めています。ちょっと郊外の屋敷を借りて……」


 地面に落ちた絵の具を拾いながら、バサンズが言う。

 その為、キラーン☆ とノワの両目が輝いたのを、彼は見落とした。


「魔術師の研究は危険が多いもんね。そっか、バサンズ君も元気でやってるんだ」

「は、はい」


 絵の具を袋に詰め直し、バサンズが立ち上がる。

 取りこぼしはないようだ。


「それじゃ、ここでいつまでも立ち話も何だし、ノワはここで失礼するね。バサンズ君を巻き込むと悪いし」


 微笑みながら言い、ノワは身を翻す。


「あ……」


 一歩踏み出すも、バサンズは躊躇してしまう。

 ノワの唇の両端がつり上がる。

 が。


「うん?」


 バサンズに振り返った時には、可憐な笑顔になっていた。

 それを見て、バサンズは頬を紅潮させる。

 そしてありったけの勇気を振り絞って、誘ってみた。


「よ、よければ、ウチでお茶でも飲んでいきませんか? ちょ、ちょっと離れてますけど、いい所ですよ?」

「え、いいの?」


 脈があると見て、バサンズは勢いづいた。


「も、もちろんですよ!」

「そっか、じゃあご馳走になるね。あ……でも、仲間のみんなが心配するかも……」


 どうしようかな……というノワの素振りに、バサンズはなりふり構ってはいられなくなった。


「じゃ、じゃあ、仲間の皆さんも呼んでいいですよ?」


 ノワの仲間ということはつまり、現在賞金を掛けられている犯罪者一味を家に招き入れるということになるのだが、今のバサンズには目の前の彼女を家に誘うことしか考えられなくなっていた。


「ホント!? じゃあ早速行こ!」


 ただ、ノワが喜ぶのが純粋に、バサンズにとっても嬉しかった。

 バサンズはノワの荷物も自分で持ち、二人は小道に出た。


「れ、連絡はいいんですか?」

「あ、うん、大丈夫大丈夫。じゃじゃーん」


 ノワは細い左腕の袖を捲り上げた。

 そこには、複雑な文様の施された腕輪があった。

 中央部に透明な宝石が埋め込まれている。


「そ、その腕輪……まさか、水晶通信器!?」

「うん」


 頷き、ノワは仲間に連絡を入れる。


「……あ、クロス君、古い友達と会ったから今からお茶してくるよ。それとみんなも来ていいってさ」




 水晶のペンダントから伝わるノワの声に、半吸血鬼クロス・フェリーはニヤリと笑った。


「そうですか。では、現地で合流という事で」


 貧民窟の廃屋。

 そこが、今の彼らのアジトだった。

 まだ日差しも明るい窓枠には漆黒の青年、ロン・タルボルトが腰掛け、部屋の隅では巨漢のヴィクターが睡眠モードに入っている。

 水晶通信器を切り、クロスは彼らに声を掛けた。


「新しいねぐらが見つかったみたいですよ、皆さん」

しばらく、バサンズやノワの話になります。

登場するだけでヘイトを稼いでしまう子ですが、何卒よろしくお願いいたします。。

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