洞窟温泉からの脱出
気絶した小鬼達を縛り終わると、ヒイロを背負ったシルバは先の通路を進むことにした。
相変わらず、壁のあちこちから水晶が突き出ていて、仲間達への『透心』が通じにくい。
「それにしても先輩、すごい技持ってるんだね。あれなら、普段でも戦う時に使えるんじゃないの?」
どうやらヒイロの耳も元に戻ったようだ。
「いや、あれは普通、せいぜい相手を驚かせる程度の威嚇用だし、気絶させる程の効果はないんだ。洞窟っていう音が響く地形の効果と『豪拳』で喉と肺を強化してやっとってところだな。『豪拳』の力は、ヒイロの方がよく知ってるだろ?」
「あぁー……」
何しろ一番シルバが『豪拳』を使うのはヒイロである。
心当たりはあるのだろう。
「本来は、音響を操作する魔術を使うんだけど、あんなのは師匠ぐらいしか無理だしなぁ」
「ボクでもさっきの技、使えるかな」
「ホント色んな技覚えるの好きだな、ヒイロ」
つい先日、骨剣を盾にしての突進や、足技を覚えたかと思ったら、バレットボアで騎乗を身に付けた。
しかしそれでもなお、ヒイロには足りないらしい。
と思っていたら何だか、ヒイロの声のトーンが沈んだ。
「だってボクは鬼族の中でも特に力弱い方だし……」
「……あれで弱いんだ」
どんな高みだ、鬼の世界。
「うん。ウチの集落だと一番弱いかなぁ……毎年秋にお祭りがあってね、そこで子供から年寄りまで全員参加の相撲大会やるんだよ。ボクは参加できるようになってから、一回も勝てたことがないんだ」
「き、厳しい世界だな」
ヒイロの村での相撲、というのは基本素手。
相手が気絶するか、リング上から叩き落とすかのどちらかで勝ちという、単純なモノらしい。
何だか、シルバの首に絡むヒイロの腕の力が、強まったような気がした。
「先輩さー」
「うん」
「クジで当たった幼馴染みに、陰で『やった。二回戦確定』って言われた気分って分かるかな?」
「……」
「ま、それがボクが村を出た理由な訳ですよ」
たはは、とヒイロは笑った。
シルバは笑わず、自分の頭を掻いた。
「……さっきの技を教えるのはいいけどな」
「うん」
「使えるのはせいぜい最初の一回だけだと思うぞ。大会ってことは、みんなが見てるんだろ。次からは間違いなく警戒される」
「それでもいいよ。手札は多い方がいいし」
「まあ、警戒してるのを逆手に取るって手はあるな、うん。あと、俺は戦士じゃないから、それほど教えられる事はない」
「うん」
「だけど、他の面での助言ならちょっとは出来る。食事の量とか質とか」
「食べ方で変わるの?」
シルバの背で、ヒイロが不思議そうに首を傾げた。
「マナーの話じゃないぞ。肉だけじゃなくて満遍なく食えって話だ。体力が付く。免疫力も上がる。バランスを保て。それだけでも、肉ばっかり食ってる連中とは違う伸び方になるはずだ」
「ボク、強くなれるかなー」
ヒイロの問いに、シルバは即答した。
「なれるよ。っていうか、今もなってる。お前は頑張ってる」
「せめて一回でも勝ちたいからね」
「おいおい、いつものヒイロはどこに行ったんだ? どうせやるなら優勝だろ」
「うん」
何だかヒイロは嬉しそうだった。
「さーて」
シルバ達は行き止まりに来た。
正確には、目の前にはうっすらと湯気の上がる小さな温泉があった。
……部屋の奥には、人が一人は入れそうな穴があるのを、シルバは見つけた。
自分達の立っている岩場には、小鬼達の足跡が幾つも残っている。
全員が入るには小さな温泉だし、それならさっきの大きな部屋の方がいいだろう。
シルバが穴を覗き込むと、涼しげな空気が吹き込んでくる。
どうやら外に通じているようだった。
「……人が潜るにはちょっと小さいが、腹ばいなら通れそうだな。ヒイロ、いけるか?」
「まあ、それぐらいなら何とか」
そんな相談をしていた時だ。
『シルバ殿ー!!』
『透心』を通じて、絶叫が響いてきた。
「キキョウさんだね」
「ああ。騒々しいなお前は」
どうやら、『透心』を妨げる水晶の通路も抜けられたらしい。
これなら最低限、連絡だけは取ることができそうだ。
『シルバ殿!? どこにいるのだ!?』
シルバは、キキョウの念話の強さから、大体の位置を察した。
それほど高くもない、天井を見上げる。
「多分、キキョウのすぐ足下だと思うぞ。俺達は今いる場所から外に出られそうだ。一緒にいるヒイロと、ちょっと外に出ようと思う。そっちは合流できそうか?」
『ヒ、ヒイロと一緒!?』
「心配しなくても、二人とも無事だぞ」
「ちょっと足挫いて、おんぶしてもらってるけどねー」
『なーーーーーっ!?』
何故か、キキョウの動転した声が響いた。
小さな穴から外に出たシルバは、山の麓らしい原っぱで、待つことになった。
伸びた雑草が穴を隠し、これはちょっと、普通には見つけられそうにない。
周辺の足跡からも、ここを小鬼が出入りしていたのは、間違いなさそうだ。
キキョウ達と『透心』で連絡を取り、しばらくすると、全員と合流することができた。
そのまま、シルバとヒイロが発見した小鬼を説明し、村長の家に向かった。
村長代理であるアブに頼んで周辺の村に連絡を入れ、残っている冒険者達で小鬼の掃討と財宝の回収を手伝ってもらうこととなった。
すべてが終わると、もう晩飯の時間になっていた。
いや、思ったよりも早かったというべきか。
さすが地元の人間、洞窟温泉の構造は完全に把握していたのだろう。
……という訳で『月見荘』のホールで、シルバは皆に改めて今回の事件を説明した。
黒い影というのは要するに、小鬼であったこと。
そのボスが何やら知恵を付けていたが、その原因も明らかになったこと。
「……つまり、小鬼の連中は、例の温泉の掘削跡から何やら頭のよくなるアイテムを手に入れていたと」
キキョウの問いに、シルバは頷く。
「ま、そういうことみたいだな。向こうにも、小鬼の入り込んだ痕跡があったようだ」
「泉の精と関係ある?」
リフが首を傾げる。
「じゃあ、ないな。それにしても女神像といい今回のカードといい、ノワの守備範囲も中々に広い」
「とにかく今回の一件が片付いた事で、周辺の村を襲っていた小鬼の退治も、終わったって事だね」
「よ、よかったです……」
カナリーが赤ワインを傾け、タイランも分厚い篭手を合わせてホッとする。
「それはともかくシルバ殿」
鹿肉のステーキにナイフを入れながら、キキョウがシルバを見据えた。
正確には、シルバのすぐ隣だ。
「……うん?」
「やたらヒイロが懐いているようだが、何があったのだ?」
シルバの隣の席には、ヒイロが座っていた。
ヒイロの前には、山盛りの肉……と、大量の野菜と山菜、いっぱいの魚料理が並んでいる。
キキョウは、シルバとヒイロの席が、他の席より近いことが何だか気になっているようだった。
「いや、俺は特に何もしてないぞ……してないはずだ」
「先輩先輩」
ヒイロがシルバの袖を引いた。
「何だよ、ヒイロ」
「あの時の件は、もうちょっと内緒だからね。恥ずかしいから」
恥ずかしそうに笑いながらヒイロが言う。
おそらく、村で一番弱いということや、村を出た理由のことだろう。
「あ、うん」
シルバは思わず頷いた。
しかし。
「「!?」」
聞く者が聞けば、誤解を与える発言だった。
特に反応したのは、ぶわっと尻尾の毛を逆立てたキキョウと目の紅みを増したカナリーだ。
「ちょ、ちょ、ちょっと待て、ヒイロ、シルバ殿! 何があったか詳しく聞かせるのだ!」
「シ、シルバ! まさか君、ヒイロが足を挫いているのをいい事に、何やら不埒な事をしたんじゃないだろうね!?」
「俺を何だと思ってるんだお前らは!?」
「にぃ……お魚あげる」
一方リフは、シルバの身体を挟んで反対側にいるヒイロに、焼き魚料理を提供していた。
「うん、あんがとね、リフちゃん」
反対側からは、一番ヒイロと長い付き合いになるタイランが、心配そうにプチ修羅場なシルバ達とヒイロを交互に見やる。
「……あ、あの、駄目ですよ、ヒイロ? ああいう言い方だと、揉めるんですから」
「はーい」
「いや、見てないで助けろよ、ヒイロ!?」
たまらずシルバは叫んだ。
「え、いいの?」
「……やっぱいい。余計揉めそう」
諦めるシルバであった。




