洞窟温泉の奥に潜む者達
小柄なヒイロは、それほど重くもない。
ただ、やはり前回と同じく若干『当たっている』件に関して、シルバは意識から外すのに苦労していた。
何だかんだで、こう、色々とすべすべしているし柔らかいのである。
「ここ、どこなのかな先輩」
「ち、地下なのは間違いないな」
洞窟だけあって、声がよく響く。
それに、上の洞窟温泉よりも、遙かに静かだった。
岩で足を切らないように気をつけながら、ゆっくりと前に進む。
シルバは敵の気配を探ってみたが、どうやら近くにはいなさそうだ。
「それに、洞窟温泉の案内にもない場所だ。でも、小鬼連中が出入りしてるってことは、どこかに出口はあるだろ。それに、ヒイロの身体に傷がなかったのも、不幸中の幸いだ」
「身体の傷は、戦士の誇りだよ?」
後ろからちょっと不思議そうな声が響いてくる。
「温泉の深みに嵌まって負った傷とか、誇りとは言わない」
「うっ」
背中越しにヒイロが動揺するのが、伝わってくる。
「それに、いくら戦士でもお前は女の子なんだから、無闇に傷が増えていいもんじゃないだろ」
「……先輩、そういう台詞をサラッと言うと、勘違いするから気をつけた方がいいよ?」
「そうか?」
「そうです」
何故、敬語。
シルバは心の中で突っ込んだ。
「俺みたいにでかい傷が出来たら、それはそれで困ると思うけどなー」
胸にある大きな傷に関しては、簡単にメンバーに説明を終えている。
「ボク的にはありなんだけど、それ」
「ヒイロ、そういう台詞をサラッというとだな」
「さすがにそれで勘違いはしないと思う」
「うん」
頷くシルバに、ヒイロは小さく身じろぎした。
「でも、敵が来たら下ろしてよ? 小鬼とはいえ、攻撃する力がゼロの先輩じゃ、まず敵わないんだから」
ヒイロがいつもの快活なからかい口調でない分、ものすごく心配されているような気になるシルバだった。
だが、その心配はむしろ無用である。
「おっと見くびられたぜー。舐めるなよ、ヒイロ。狩猟なら、お前はほとんど物心ついた時からやってるかもしれないけど、冒険者としては俺の方がキャリアは上なんだぞ」
「キャリアが上でも、剣も使えない先輩がどうやって勝つのさ?」
「それは、その時が来た時のお楽しみだ」
一応シルバにも、勝算はある。
「……ちなみに一目散に逃げるってのは、鬼族の常識では戦うことにならないからね?」
「……」
ヒイロに突っ込まれ、シルバは沈黙した。
「……先輩、まさか」
「はっはっは、冗談だ。……ま、実際、みんなと合流出来るのが一番なんだけどな」
「『透心』は?」
「それはさっき、試してみた。ただ、ここがどこなのか、地下ってこと以外ちょっと分からなくなってるのと……」
シルバは『透心』を、もう一度試してみた。
他の四人の声が妙に混ざりあい、こっちの思念が繋がらないようだった。
「通じにくくなっているな。たぶんこの辺りの通路には水晶が多いんだろう」
シルバは洞窟を見渡した。
岩のあちこちから、青白い結晶が見え隠れしていた。
「水晶が多いと、駄目なの?」
「使い方次第って所だな。うまく利用すれば『透心』の増幅にも使えるんだけど、今はむしろ利きすぎて反響しまくってるってところだ」
ひとまずここは、二人で乗り切るしかなさそうだった。
「うまくいかないもんだねー」
「ああ、それに」
前方がやや明るく、広がっていた。
どうやらこの先は広い部屋のようだ。
二人は気配を殺し、こっそりと中の様子を伺った。
ドーム状の部屋の広さは、幅も奥行きもざっと二十メルト四方といった所か。
中央が小さな島になっており、小鬼達が食べ物や酒を財宝らしきものと共に中央に積み、宴会を行っていた。
財宝は銀貨や銅貨の他、何故か赤ん坊用のガラガラや可愛らしいぬいぐるみだのも混じっている。
……どこかから略奪してきたのに、間違いはなさそうだ。
財宝の山の頂点では、やたらと羽根飾りをつけ、杖を持った派手な小鬼が大きな杯で酒を呷っている。
あれがボスだろう、とシルバは判断した。他の小鬼よりもやや知性は高そうだ。
魔術も使いそうだな……と、考える。
「……ホント、うまくいかないね。やっぱり先輩下ろしてよ。この数はちょっと先輩には厳しいよ」
声を潜め、ヒイロが言う。
「下ろすことは下ろす。でも、ここは俺一人で何とかするよ」
シルバはさっきヒイロが腰掛けていたのと同じような小さな岩を見つけ、そこに彼女を下ろした。
そして、ヒッヒッヒッとわざとらしく卑しい声で笑った。
「せっかく女の子の前で、格好付けるチャンスなんでね」
「せ、先輩、女の子扱いは却下だよ……っ!」
「……はっはー」
女の子扱いされると、ヒイロの調子がおかしくなることに、シルバはようやく気づいた。
「ヒイロの弱点、発見。あと、あまり大声出すな。響いてバレる」
「う」
自分の両手で口をふさぐヒイロ。
しかし、不安そうな表情はまだ消えない。
「ほ、本当に先輩一人で? 大丈夫なの? どうやるの?」
「ヒイロのそういう反応は、ちょっと新鮮かもしれないな」
「ま、真面目にしないと、怒るよ? もし、先輩が怪我でもしたら、キキョウさんに多分滅茶苦茶叱られるし……」
「心配いらないって」
信用されてないわけじゃなくて、純粋に心配してくれているのだろう。
それをちょっと嬉しく思いながら、シルバは聖句の準備を開始した。
「じゃあま、いっちょ片づけますか」
シルバは手の平を喉に当てた。
「『豪拳』」
「喉……?」
ヒイロは不思議そうにシルバを見た。
この祝福は、対象の戦意を高めることができる。
シルバの信仰する神、ゴドーはこれからシルバが行おうとする『それ』に、力を与えた。
本来の使用法でない為あくまで心持ちだが、それでも普段より声量が強まっていくのを、シルバは感じていた。
部屋の入り口にシルバが立つと、何匹かの小鬼がこちらに気付いた。
財宝の頂点に座っていた色彩豊かな小鬼も、シルバを指差した。
攻撃するように命じたのだろう。
各々、武器を取ってシルバに迫る。
だがそれよりも早く。
「すぅ……」
シルバは大きく息を吸った。
肺を一杯に満たした空気を、一気に解放する――!!
「喝っ!!」
直後、部屋全体が震え上がった。
シルバに間近にまで迫っていた小鬼達は、まとめて吹き飛ばされ、地面に横たわって痙攣する。
天井からは鍾乳石が何本も落下し、石筍が崩壊した。
ザラザラザラ……と財宝の山が崩れ、派手な小鬼も目を回して気絶していた。
その懐から、半透明の柔らかい素材で出来た札が覗いている。
シルバは慎重にボス小鬼の様子を確かめ、カードを手に取った。
カードには、杖を持ちローブを着た長い髭の老人が描かれている。
「『魔術師』のカード……なるほどね」
シルバはそれを知っていた。
時たま、迷宮から発掘されるというカードの一種で、所持することで様々な効果を得ることが出来る。
『太陽』のカードなら明かりには困らないし、『世界』のカードはその層のマップを認識することも可能となる。
複数所有することで、効果を上げることも可能だ。
これを用いることで、小鬼達は知恵を得て、おそらくボスは魔術を使えるようになったのだろう。
あるいは、ここからは泉の精の居場所も近い。
沼地の水質で猪達の知力が上がったという話だったし、もしかするとこの湯にも似たような効果があるのかもしれない。
それに……とシルバは思い返す。
この周辺の村を、小鬼達が騒がしているという話も、キキョウやカナリーから聞いた覚えがあるのだ。
バレットボアやキャノンボアによって住処を追われた小鬼の一部が、この洞窟温泉に逃げ込んだのだろう。
……期せずして、そちらの仕事も間接的に解決してしまったようだ。
小鬼達や財宝をどうするかちょっと考えたが、今の自分達の手には余るとシルバは判断した。
「……でも、せめて、ゴブリン達は縛っておきたいな」
シルバは道具袋からロープを取り出した。
『泉の瓢箪』に封じるという手も考えたが、中を荒らされるのも何だか嫌だったので、やめておくことにした。
「ヒイロ、コイツらを縛るのを手伝って……ヒイロ?」
ヒイロの返事がない。
岩場に戻ると、何故かヒイロが目を回していた。
「ふゃあ……」
「……何で、ヒイロまで気絶してるんだよ。耳塞いどけって言っただろ?」
「ふ、塞いだけど……こんな大きい声だなんて、思わなかったんだよぉ……」
油断したらしい。
思わず呆れるシルバだった。
ちなみに小鬼達の現在のステータスは『状態異常:気絶』扱いです。
あと、以前告知していたとおり明日は更新をお休みします。
よろしくお願いします。




