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村の正体

 村長宅を出たシルバたちは、村の雑貨屋に寄ってみた。

 小さな村の雑貨屋にしては、品揃えが充実しているようだ。

 食器や日用品、楽器、鉢植え、瓶、衣類、靴、蹄鉄、肥料、薬品と様々だ。


「何だか、みんなよそよそしいよねー」


 店内を見渡しながらヒイロが言う。

 最初の時のように、いきなり逃げられるようなことはなかったが、さすがに余所者に積極的に話しかけようという者はいないようだ。


「閉鎖的な村なら、よくあることだろ」


 それに、とシルバは付け加えた。


「ちゃんと物を売ってくれるだけ、感謝しよう」


 お陰で、消耗品の類は調達できそうだ。


「それにしても……」


 不意に、タイランが小さな呟きを漏らした。


「どうした、タイラン」

「……いえ、その、妙に薬品関係が充実しているというか……この回復薬(ポーション)とか、かなり質がいいですよ?」


 タイランは回復薬の瓶を取り出し、かざしてみせた。


「え、タイラン、そういうの分かんの?」


 ヒイロの問いに、タイランが頷く。


「ええ、まあ色合いで。この濃さだと、通常の二割増しぐらいの効果はあるんじゃないでしょうか」

「……」


 シルバはタイランから回復薬を受け取り、店内の灯りにかざしてみた。

 なるほど、確かに通常のモノより色が濃い。

 経営しているのは……カウンターにいるのは店番だろうか、愛想のよさそうな十七、八歳の少女だ。

 この回復薬は、どこで作られたのだろう。

 村に薬師がいるのだろうか。


 雑貨屋を出て、シルバたちは村を歩いて回る。

 村の、建物の殆どは石造りの民家で、道幅は広い。

 建物や樹木の配置が、隠れ里というイメージにはちょっとそぐわない、洗練された雰囲気が感じられる。

 雑貨屋の他に、ウルトのいる施療院、食料品店、鍛冶屋、酒場があった。

 村の外の方には牧場や畑が見えたが、そちらにはシルバたちは特に用がない。

 シルバが驚いたのは、学校らしき建物があることと、公衆浴場の存在だ。

 普通の村では、まず見られない施設で、特に教育関連となると……はて、とシルバは違和感を憶えた。

 いや、小さな違和感はいくつかあったのだ。

 村長や雑貨屋の店番、この村の雰囲気や施設……。


「あ、あの……シルバさん、どうかしましたか?」


 考え込むシルバに、タイランが声を掛けてきた。


「いや、ちょっと気になることがあってな。ただ、ここは村だし、住んでいる人の数を考えたら、たまたま見かけなくても、特に不思議はないと思ったんだが……」

「先輩、何の話?」

「もう少し村の周りもちょっと歩こうか。あ、買い物済ませてから」

「あ、は、はい」


 食料品店で肉や野菜を買い込んでから、シルバたちは村の外周を歩くことにした。

 村の外に向かいながら、シルバは二人に話しかけた。


「ヒイロ、タイラン、よく注意してすれ違う村人たちを見ていてくれ。……いや、向こうが何かするってことはないんだ。ただ、不自然な点はないかっていう、そういう意味でさ」

「あ、うん」

「は、はい……」


 村の人を見かけたら、シルバは小さく会釈をした。

 相手の方は大体が、こちらの反応に慌てて会釈を返してきていた。

 二十歳ぐらいの農夫らしき青年、十代半ばぐらいの女の子、鍛冶屋で働いているのは大柄な青年でこれも二十歳になるかどうかぐらいだ。


「……やっぱり」

「変、ですよね……シルバさん、これって……」


 タイランも気付いたようだ。

 ただ、ヒイロは難しい顔で悩んでいた。


「え、何? どういうこと!? 二人だけ分かるとか、何かズルくない!?」

「ああ、別に意地悪をしたつもりはなかったんだけどな。……ヒイロ、今、見えている村人たちをどう思う?」

「ん……っと、何かこっちを警戒してる感じ? でもそりゃ余所者だし、ボクら(オーガ)族と大きな甲冑だし……?」

「向こうの態度の方が気になるか。そうじゃなくてだな、若い奴しかいないだろう?」

「そうだね」

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「あ」


 老人子どもがいない。

 加えて、中年壮年の男女もいないのだ。

 村の長たるネリー・ハイランドからして、若い青年だった。


「私も気付いてからずっと意識して見てたんですけど、一人もいなかったんです。すれ違う人も、家から出る人も、農作業をしている人も、全部、十代から二十代の若者なんです」

「えぇー……!?」


 ヒイロは周囲を見渡した。

 とはいっても、村なのでチラホラとしか人の姿は見えないが。


「ヒイロ、あまりキョロキョロしない。……もうちょっと歩こう。歩けば歩くほど、こう、確信が深まってくるんだけど」

「確信って何さ、先輩ー」

「推測で語るにはまだちょっと早いから、もう少しだけ我慢してくれ」


 村は石の塀で覆われている。

 とはいっても、その高さはせいぜい二メルト程度で、その気になればよじ登って越えることもできるだろう。

 村の外には畑が広がっていた。

 トマト畑だ。


「遠目からでも見事でしたけど、素晴らしいトマト畑ですね」

「そういえば酒場で注文したのも、トマトソースのパスタだっけ」


 オススメを聞いたら、それだったのだ。

 もちろん、酒場の店主も気のいい若い男だった。

 村の外ということで、念のためシルバは二人に武器を渡しておいた。


「先輩、あっちに見える大きな建物、何かな?」


 ヒイロが、平たい大きな建物を指差した。

 脇にはいくつも樽が横たわっている。


「大きい樽がいくつもあるし、多分ワインの醸造所じゃないかな。……本当にデカいな」

「立派な建物です」


 シルバは村の中に視線をやった。

 一際大きな煙突から、煙が立ち上っているのが見えた。


「仕事が終われば、公衆浴場でひとっ風呂か。さぞかし気持ちいいだろうな」

「すごいよねー。ボクらも、使わせてもらえるのかな?」

「村長に聞いておけばよかったな」


 そんなことを話しながら、村の周囲を歩いていく。

 空は橙色が強くなってきていた。

 おずおずと、タイランが切り出してきた。


「あ、あの……シルバさん、この先はもう村の入り口しかありませんよ?」

「まさにそこに用があるんだよ。ところでタイラン。この村って、そこそこ充実してるよな」

「は、はい……生活するには、まったく不便しないんじゃないでしょうか」

「でもな、この村にはないんだよ」

「……何がですか?」


 シルバは肩を竦めた。


「教会」

「……!!」


 タイランの動きが強ばる。

 村の入り口につくと、シルバは石の塀を調べてみた。


「……あった」


 その手が、引っかかりを覚えた。

 シルバは印を切る。


「――『解呪(デカース)』」


 呟くと、岩の塀に紋章が出現した。

 見えなくなっていたのは、洞窟の行き止まりと同じ、幻術だったのだろう。


「えーと、これって貴族の紋章?」


 ヒイロが、羽を広げた蝙蝠のような紋章を指差した。


「ああ。それも、吸血鬼の貴族の紋章だ」

「吸血鬼……?」

「パル帝国のホルスティン家。外交官として優秀で、各国に別邸を構えているんだ。一説には古代の遺失物とされる転移門を所有してるとか、色々言われているな」


 そして、その別邸は辺境都市アーミゼストにも存在する。

 司祭であるシルバは、それを憶えていたのだ。

 まあ、これはシルバに限らず、アーミゼストの聖職者ならば、みんな教えられるのだが。


「へえ、さすが聖職者だね、先輩。えっと、それがこの村と、どういう関係があるの?」


 ヒイロが質問し、その隣でハッとタイランが顔を上げた。


「……! 健康的な食事に清潔な環境……そして、若い人たちしかいない村。シルバさん、この村ってまさか……」


 シルバは頷いた。


「吸血鬼の『牧場』だ」


 そのシルバの顔のすぐ横を、スッと刃が滑り抜ける。

 どうやら、サーベルのようだ。


「ずいぶんと察しがいいようだね、司祭(プリースト)。……君、ウチの村を探ってどうする気かな?」


 後ろから若い声がし、シルバは両手を挙げた。


「あー……完全に誤解だから、まずは話し合いを提案したい。俺はシルバ・ロックール。冒険者をやっている。そっちの二人はヒイロとタイランだ。二人も武器を納めてくれ。特にヒイロ」


 骨剣を構えて警戒心を露わにするヒイロと、どこか戸惑いがちなタイランに手を振り、シルバは背後の相手の言葉を待った。

 静かに、サーベルの刃が引かれていく。


「いいよ、振り返っても」


 言葉に従って振り返ると、そこには細身の身体に純白の礼服をまとった中性的な美青年が立っていた。

 金髪に紅瞳、その凜々しい顔は女性なら十人中十人が振り返るだろう。

 彼は不敵な笑みを浮かべながら、シルバを見据えた。


「そろそろこんばんは、かな。僕はカナリー・ホルスティン。この村の監督をしている」


 日は傾き、橙色の空は青暗くなりつつあった。

不穏な単語が後半にありますが、特に血生臭い展開にはなりません。

吸血鬼の話なんですけどね!

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