洞窟温泉探索行
ギルドマスターや司教が訪れていることで、エトビ村はにわかに活気づいていた。
当たり前の話だが、こうした重職の人間には秘書や護衛も多くつき、それは即ち、住む場所や食事を提供する村が潤うことを意味していたからだ。
当然、村人は忙しくなるし、それだけではなく関係者だって忙しい。
つまり、シルバもその内の一人である。
大体は、フラッといなくなる上司、司教であるストア・カプリスの捜索が仕事の大半だが。
シルバは昼食をとりながら、自警団団長兼村長代理であるアブから、『月見荘』のホールで相談を受けることになった。
「変な影?」
「ああ」
ちぎったパンをスープに浸すシルバに、アブは頷いた。
屈強そうな肉体の青年だ。
彼の話によると、このエトビ村の名物の一つ『洞窟温泉』で、小さな人影っぽいモノが出現し始めているのだという。
「最近になって、入浴客にチラホラと目撃されているんだ。多分、猿か何かだとは思うんだが……」
「実害は?」
「現状、持ち込んだ酒や肴と言ったところか。後は木桶とかタオルとか……」
「……それってつまり、目に付いたモノは手あたり次第って事ですよね」
「うん、まあそうとも言う。けが人とかは出てないんだけど……その、何だ。こういう依頼でも、冒険者ってのは受けてくれたりするのかい?」
アブとしては、偉い人達に実害が及ぶ前に片づけたい問題なのだろう。
もしギルドマスターや誰かが、洞窟温泉に入りたい、などと言ったりしたら大変だ。
つまり、急ぎの仕事である。
ふむ、とシルバは考えた。
聞いた限りでは、それほど危険度は高そうには思えない。
自分達が受けなかった場合は、アブ達自警団が自分達で調査をするつもりだろう。
ただ、村の人間達が今、忙しいのもシルバは知っている。
「パーティーの性質や都合によるんじゃないでしょうか。ウチは全員と相談してから受けるかどうかを決めたいですけど、そういうのなら全然問題ないと思いますよ。困っている人を助けるのも、俺達の仕事の一つですし。や、そりゃ報酬はもらいますけど」
「た、高いのか?」
確かにそこが、村長代理としては一番心配な点だろう。
シルバは考え、隣の席で鹿肉とキノコのソテーを相手に格闘しているリフと目が合った。
「……例えば『洞窟温泉』とは別に、この村で一番いい温泉を、一晩貸し切りとかでも、いい?」
そういうことで、話はまとまった。
数時間後。
「「ふろー!!」」
『洞窟温泉』に入ってすぐのところにある、広いホール状の空間に、シルバとリフの叫びが響きわたった。
さすがに音響効果は最高だ。
「……君達二人は、風呂のたびに叫ばなくちゃ気がすまないタイプなのかい?」
呆れたように言いながら、髪を頭の後ろにまとめたカナリーが、腰に手をやった。
湿って重くなるのが目に見えているので、いつものマントはない。
一方シルバとリフは仁王立ちのまま、力強く頷いた。
「そりゃ風呂だからな、リフ!」
「に!」
洞窟温泉はその名の通り、洞窟全体が湯船という変わった風呂だ。
いくつもの部屋を通路が繋げているその様は、膝上まで湯が満たしていなければ、迷宮そのものと言ってもいい。
両縁の、一人ずつぐらい渡れる幅の地面以外、全部湯なのである。
ちなみに、リフは今回は獣人形態だ。
「ぬうぅ……」
いつもとノリの違う、シルバとリフに、キキョウは戸惑っているようだ。
こちらもまた、着物はそのままだが、甲冑は外に置いてきた。
刀こそ装備しているが、今回の仕事は主に調査だ。
太刀打ちできない相手ならば、一時撤退して改めて討伐に移る予定であった。
「そ、某もシルバ殿達とテンションを合わせるべきだったのであろうか?」
そんなキキョウに、カナリーが首を振る。
「必要ないから。あと、シルバにボケられると、僕しかツッコミ役がいないんで、そろそろ戻ってきてくれ」
確かにこのままでは、話が進まない。
シルバは岩壁に背中を預け、メンバーを見渡した。
服装こそ軽装だが、それ以外はいつも通りである。
……場所が温泉とはいえ、さすがに水着やタオルのような薄着で動き回るわけにもいかないのであった。
「ツッコミ役か……タイランはどうだ?」
「わ、私……そ、そういうのは無理ですから……」
青い燐光を放つ精霊状態のタイランが首を振る。
彼女だけは、他のメンバーと異なり、甲冑自体を外に置いてきていた。
身体も水面上に浮いている。
ちょっといつもとは違う戦い方になりそうだな、と思うシルバだった。
もっとも、戦闘自体、今回はできれば避けたいのだが……。
一方、完璧に無視されたヒイロは頬を膨らませた。
「ぶぶー。ボクが最初から数に入ってません。不当差別として抗議させてもらいますー」
「いや、君はどう考えたって、ボケの方だろ」
ヒイロに突っ込むのはカナリーに任せて、シルバは気を取り直した。
「さて、仕事の話といこうか」
「……いささか緊張に欠けるミーティングだけどね」
「ま、依頼内容はシンプルだ。この『洞窟温泉』の中で、最近出没するようになった黒い影を見極める。いわゆる調査任務だな」
「倒さなくていいの?」
ヒイロの意見に、シルバが答える。
一応、骨剣は持ってきているのだ。
「……血まみれになった温泉とか、あんまり入りたいとは思わないだろ」
「それは、確かに。じゃあ、ぶん殴る方かなー」
物騒なことを言う、ヒイロであった。
「……まあ、ヒイロなら心配ないか。ただし、無茶はしないこと。いいな?」
「らじゃっ」
ヒイロは上機嫌で、シルバに敬礼した。
「改めての説明になるが、相手が危険と判断した場合は一旦引き返し、装備を調えてから依頼は討伐に切り替わる。まあ、今まで実害もそれほど大したことはなかったって聞いてるし、下見がてらのんびりやろう。確かここはまだ、誰も入浴してないんだよな」
「う、うむ」
キキョウを始め、全員が頷く。
「……で、どの辺の湯が、肩凝りとかに効能があるんだろう」
シルバの問いに、リフがいくつかある通路の一つを指さした。
「に、リサーチだけは、バッチリ」
「うん、それでこそ盗賊。よくやった」
「にぃ……」
ガシガシと頭を撫でられ、リフは嬉しそうだ。
「僕としては、美容によさそうな湯なら特にこだわらないけどね」
「充分こだわっているではないか」
カナリーの要求に、キキョウがすかさずツッコミを入れる。
「わ、私は奥にあるっていう霊泉の方に……」
遠慮がちに、タイランも主張し始める。
「……みんな、バラバラだなぁ」
苦笑するシルバに、ヒイロは首を傾げた。
「やっぱり固まってる方がいいの?」
「戦闘前提ならそうだけど、今回は……ま、範囲もそれなりに広いし、手分けした方がよさそうだな。連絡は『透心』で、やり合おうか」
「じゃ、出発! こんな入り口でずっと相談してたら風邪引いちゃうよ」
「はいはい」
「……という訳で分かれた訳だが」
いつの間にか、全員バラけてしまい、シルバは洞窟の縁に延々と続く通路を歩いていた。
岩の通路には木の板が張られており、歩きやすい。
ただ、さすがに靴で踏み込むのも気が引けたので、いつものブーツは脱いで素足である。
岩壁を伝うパイプは、救難用の伝声管だろう。
『シ、シルバ殿、今、どこにいるのであるか?』
精神共有を通じてキキョウが念話を飛ばしてきたので、シルバは壁に視線を向けた。
ペンキで塗られた階層案内は、地下の第一層を指していた。
「複数の層になってるとはねぇ……んー、案内によると、俺がいるのは地下層っぽいぞ」
時々、滝の音が聞こえるのは、おそらく上層のどこかから湯が流れ落ちているのだろう。
『何と……おそろしく離れているではないか!?』
キキョウはどうやら地上第三層付近にいるらしい。
『今生の別れじゃないんだから、落ち着こうよ、キキョウ……あ、こっちは地上第二層かぁ』
『ぬぅっ、おそろしくくつろいだ声!』
どうやら口を挟んできたのはカナリーのようだ。
『僕の場合、ヴァーミィに先行してもらって、後ろはセルシアに守ってもらってるからね。緊張感は持ってるつもりなんだけど、どうにも何の気配もないっていうのは、退屈でねぇ……』
「足踏み外して、湯の中に落っこちるなよー」
言って、シルバは通路の先を進んだ。




