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ミルク多めのブラックコーヒー  作者: 丘野 境界
『アンノウン』の待機時間
157/215

牧神マーニュの像


 湯に浸かったまま、シルバはキキョウの呪いの源となった、女性の像について聞く事にした。


「牛に乗った女性像ね……それ、胸大きかった?」

「シールーバーどーのー!」


 キキョウはほとんど涙目になっていた。

 だが、シルバはからかう風もなく、首を振った。


「いや、真面目な話なんだって。呪いを説く為には、対象のルーツってのは割と重要な要素なんだよ。どこの誰だか確定してたら、解呪も楽なんだから」

「胸は僕と同じぐらいだったね」


 カナリーが自身の金髪をいじりながら思い出す。

 二人からの話をまとめ、シルバは確信に至った。


「長い巻き毛で……まあ、アレだ。キキョウが触れたのはおそらく、牧神マーニュの像だろう」

「マーニュとは?」

「ゴドー聖教の主神ゴドーの妻の一柱でな、こういうエピソードがあるんだ――」


 かつて神々が地上にいた頃の話。

 旅をしていたゴドーとマーニュはとある牧場で、一夜の宿を借りた。

 牧場主が困っていたので話を聞いてみると、ここ数年、何故か牛が牡しか生まなくなってしまった。

 この牧場は牛乳を売ることを生業としており、このままでは牧場を閉じなければならない。

 そこでマーニュは一夜の宿の恩に、牧場の牛の半分を牝に変えてしまった。

 こうして牧場は再び、牛乳を売ることが出来るようになったという。

 ちなみに牡牛ばかり生まれた原因は、近くにあった別の牧場の主が、異神に祈った結果だったらしい。

 なお、この別の牧場主はマーニュによって、生涯を女性として暮らすこととなったらしい。


「牧神マーニュには性別を変える力がある……と、こういう言い伝えがあってな。マーニュと牛の像って事は、そのエピソードに由来しているんだろう。もちろんよほど出来のいい像じゃなきゃ、そんな現象起こりっこないんだが」

「……つまり、よほど出来がよかったんだね」


 カナリーがため息をつく。


「そういうこと。『古代遺産(アーティファクト)』の一種で、本来ならルベラント聖王国の宝物庫か美術館に納められるような代物だ。いい金になるだろうな。しかしこんなモノ、よく手に入れられたもんだ」

「迷宮で手に入れたのかな」

「まあ、多分な。ブラックマーケットで手に入れたって線もあるけど、ノワの性格を考えると、この手のアイテムは買うモノじゃなくて、売るためのモノだし」

「――自分が使う為、もしくは使った為だって線は?」


 カナリーの言葉に、シルバは一瞬、呆気にとられた。

 だが、すぐに首を振った。


「……面白い考え方だなぁ」


 ノワが実は元は男だったかもしれないと、カナリーは言っているのだ。


「僕も、そう思うよ。もっとも僕はまだその彼女に会ったことがないんだけれど」

「でも、だとするなら、もっと女神像の管理を厳重にしてると思う。他の品と同じように、普通に棚に置いたりなんてしないだろ。実際、危うくキキョウが落としそうだったんだろう?」

「言われてみると、確かにあの辺りは値打ち品が多かったと思う。効果はともかく、値段的な並びではほぼ同じレベルだったかもしれない。しかし……神の力を秘めたアイテムか……まったく、『古代遺産(アーティファクト)』は興味深いね」

「神様の力なんて、あまり頼るもんじゃないぞ。時々、神様自身、ことを成した後に、さてこれからどうしようなんていう展開、あったりするんだから」


 妙に実感を込めて、シルバが言った。

 それまで黙って話を聞いていたキキョウだったが、耐えきれなくなったのか二人の間に割り込んできた。


「そ、それでシルバ殿、この呪いは解く事が出来るのか?」

「ああ、ゴドー聖教の説話は大体押さえているし。それじゃ、解くぞ」

「え?」


 反射的にか、思わずキキョウが立ち上がったのと、シルバが印を切ったのはほぼ同時だった。

 軽い風が吹き、次の瞬間、キキョウの逞しい胸板は慎ましい乳房に、腰回りもくびれ……。


「……い、いや、立たなくても大丈夫だったんだけど」

「ひやぁっ!?」


 ぶわっとキキョウの尻尾の毛が逆立った。

 ザブン、と派手に水飛沫をあげながら、全身を湯に沈める。

 一方カナリーは真剣に焦っていた。


「シ、シルバ。呪いを解き過ぎだ。胸まで削ってしまってどうする」

「これは元々である!!」


 叫び、キキョウは恨めしそうに、自分のすべてを見てしまったシルバを涙を浮かべながらにらんだ。


「ううううう~~~~~」


 カナリーを見ると「どうにかしろ」と視線が語っていた。

 散々けしかけておいてそれはないだろうと思わないでもなかったが、確かにフォローは必要だ。


「キキョウ」

「うぅ……シルバ殿……」


 弱々しく応えるキキョウに、シルバはグッと拳を作った。

 そして断言する。


「大きいおっぱいも、小さいおっぱいも、おっぱいだ。大丈夫! 俺はどっちもありだと思うぞ!」


 カナリーが盛大にスッ転び、水しぶきを上げた。

 解れかけた金髪を押さえながら、カナリーは湯の中から身体を起こす。


「……シ、シルバ、今のはフォローになってないと思うんだけど?」


「いや、でも、キキョウは何か救われたっぽいぞ?」


 何かキキョウは小さくガッツポーズを作っていた。


「シ、シルバ殿が大丈夫なら、某は問題ない……うむ、頑張れ某……!」




「だが」


 でんでんででん、とテーブルの上に五本の牛乳瓶が並べられる。

 もちろん、中身は入っている。

 温泉での騒ぎから明けて早朝の、『月見荘』。

 そのロビーである。


「大は小を兼ねるとも言うし、やはり大きいに越したことはないと思うのだ」


 ごっきゅごっきゅごっきゅと、キキョウは一本目の牛乳を飲み干していく。

 その様子を、大きな甲冑――タイランが、心配そうに見つめていた。


「お、お腹壊しますよ、キキョウさん……?」

「あ、ボクも飲む!」


 ロビーにやってきたヒイロも、キキョウを真似て牛乳を飲み始める。

 風呂上がりっぽい様子から察するに、おそらく『泉の湯』を朝風呂に使っていたのだろう。

 ちなみに、キキョウとカナリーまで女性だったことは、つい先刻シルバが話してあった。

 ヒイロとタイランは素直に驚き、リフはいつから気付いていたのか、特に動じる様子もなくそれを受け入れていた。

 もっとも、唯一の男性になってしまったシルバの態度がこれまでと大して変わらない以上、他の面々も劇的な変化など特になかったりするのだが。

 ……二本目の牛乳に手を着ける二人を頬杖をついて眺めながら、カナリーはパンにせっせとチイチゴのジャムを塗るリフに尋ねた。


「リフは飲まないのかい?」

「に……自然がいちばん」


 一方ある意味主犯とも言えるシルバは、のんびりとミルク入り豆茶を啜っていた。


「大きさは、バリエーションがある方がいいと思うんだけどなぁ」

「……君は君で、僕にどういうコメントを求めているんだい?」


 あまりにも俗っぽい司祭の言葉に、呆れるカナリーであった。

ちょっと短いですが、キリがいいのでここで切ります。

諸事情により、来週木曜日(14日)の更新はお休みさせて頂きます……ってさすがに前日に告知するべきですね。

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