湯の中の三人
「……という訳で、埃も被ってしまったこともあるし、人目の少なさそうなこの岩場の温泉に、身体を洗いに来たのである」
湯に顎まで浸かったまま、キキョウは説明を終えた。
「ははぁ……」
現状、その偶像の正体が分からないと解呪は出来ないが、牛に乗っている女性像という点から、何となくシルバにはその正体が掴めていた。
というかその場にいたっていう先生を頼れば……って、ダメだな。
キキョウの現状を考えれば、相談できたのはその場にいたカナリーだけだっただろう。
少なくとも、その時点で先生に相談できたとは考えにくかった。
ちなみにキキョウとシルバとの距離は、湯気が相当に立ちこめているにも関わらず、かなり離れている。
かろうじて、湯にのぼせつつあるのかキキョウの真っ赤になった顔の判別が出来る程度だ。
「後はしばらく誤魔化して、カナリーに解呪の専門家を呼んでもらい、こっそり治してもらおうという計画だったのであるのだが……」
やっぱりそうだったか、とシルバは自分の予想が当たったことを悟った。
ただ、カナリーが方針を転換でもしたのか、この場に現れたシルバを、そのまま湯にまで通してしまったのだが……。
「なるほど。話は分かった」
「そ、そうであるか」
「ところでキキョウ」
「な、何だろうか、シルバ殿?」
「お前、自分が実は女だって事、今の話で全部バラしちまってるぞ?」
「し、しまった!?」
バシャアッと、キキョウは派手に水音を立てた。
「……今ので隠しているつもりだったのが、俺には驚きだよ。まあ、俺も結構前からそうじゃないかなーって思ってたけどな」
「何と!?」
動揺しまくるキキョウであった。
湯煙の中、風呂に浸かったままシルバとキキョウの会話は続く。
「というか、男の方が都合よくないか?」
慌てるキキョウが面白く、シルバはついつい意地悪なことを言ってみたくなった。
案の定、キキョウは焦り始めていた。
「な、な、何故にそう思うのだ、シルバ殿」
「いやだってここ温泉だし、もしウッカリ誰かと出くわしたりしたらさ。それに見たところ、ちょっと声が変わった程度だし、違和感はないぞ?」
これは嘘ではない。
よく見ると喉仏に気付く程度で、それを除けばこれまでのキキョウと、大差はない。
「い、いや、それは困るのだ」
「隠してる方が困るだろ。色々とー」
どんどん楽しくなってきているシルバだったが、その表情は湯気に隠され、キキョウに伝わっていないようだった。
「ぬう……っ」
白い湯煙の向こうで、キキョウは唸っていた。
ぶくぶくと顔の半分を湯に浸けていたが、やがて頭を上げた。
「……シ、シルバ殿は、某が男の方がよいのか?」
どことなくしおらしく、キキョウが尋ねてくる。
「いやー、そりゃ可愛い女の子の方が正直嬉しいけどな」
「な、なら某は……」
キキョウに最後まで言わせず、シルバは言葉を重ねた。
「しかし、女人禁制って言ったのはキキョウだったよなー」
「うああ……そうであった」
普段のキキョウなら、シルバの台詞がからかい半分なのをあっさりと看破出来ただろう。
だが、自分が男に変わってしまったこと。
おまけに距離をとっているとはいえ、二人きりで全裸で向き合って湯に入っていることが、キキョウの混乱に拍車をかけているようだった。
そのことにシルバも気付き、少しだけ真面目に返事をすることにした。
「何てな。俺がそういうのを利用した公私混同が嫌いなんだってのは、分かってるだろ。それに、ウチの連中は今更……なぁ?」
「となると、残ってる男はシルバ殿とカナリーだけか」
「ん、いや? カナリーも女だぞ?」
サラッと言ってしまい、あ、言ってよかったっけとシルバは考えた。
どうやら湯の効果で、シルバの気も緩んでしまっているようだった。
「ななな何と!? いや、そもそもシルバ殿が何故、それを存じているのだ!?」
「あー……」
さて、どう説明したものかなと悩んでいると、頭上から声が響いてきた。
「やれやれ、勝手にバラさないで欲しいな」
振り返ると、月を背に、カナリーが形のいい足を組んで岩場に座っていた。
ただしその服装は、いつもの白地のマントに貴族服ではない。
身体のラインがピッタリと映る、漆黒のワンピース水着だった。
当然ながら、豊満な二つの胸も強調されている。
長い金髪も、頭の後ろでアップにしていた。
「ちょっ、カ、カナリー!? 何だ、その格好は!?」
ザバッとキキョウが立ち上がるが、シルバはちょっとそれどころではなかった。
それに気付かず、カナリーとキキョウのやりとりは続く。
「見ての通り、風呂用の服さ。影を織って作ってみた。南方では水着というらしいね」
「そ、そ、その胸は何であるか!?」
キキョウの指摘に、カナリーは自分の胸元を見た。
ただそれだけの動きで、大きな二つの胸がぶるんと揺れる。
「うん? いや、これが普通だよ。普段はマントの固定認識偽装に、収縮機能付きの魔道具の下着で隠してるけどね」
「そ、それに、何故シルバ殿を入れたのか! 見張りの役に立っていないではないか!」
「はは。こうでもしないと、キキョウはずっと黙ったままじゃないか。他の者なら入れなかったけど、シルバだったし、ちょうどいいかなと思ってね」
二人の視線が、シルバに向く。
さっきから二人の会話は聞こえてはいたが、頭には入っていなかった。
というか。
「でけー……」
カナリーの揺れ乳は、タイランの裸身を見ても動じなかったシルバを以てしても、驚異的な破壊力であった。
「……っ!?」
赤面したカナリーは、今更ながら自分の胸を押さえた。
もっとも腕全体を使っても、全然隠しきれてはいないが。
「シルバ殿!?」
詰め寄ろうとしたキキョウは、自分がどういう状態にあるのか気付き、慌てて湯の中に身体を隠す。
「あ、あんまり見るなよ、シルバ? ……そりゃ、見せるための衣装ではあるけど、これでも恥ずかしいんだからね」
カナリーに見下ろされ、シルバは湯を指差した。
「だったら、そんなところに立ってないで入ったらどうだ?」
「た、確かにね」
さすがに夜だけあって、吸血鬼のカナリーの魔力は高い。
ふわ……と浮遊しながら、カナリーも泉の湯に身を浸した。
ちょうど三人が三角の形な位置になっているのは、何かの偶然か。
……ただ、何となくシルバは、カナリーがこの湯に自分を通した理由を察した。
カナリー自身も、自分の性別を言い出すタイミングを計っていたのだろう。
シルバ以外に隠し続けるのは無理があるし、今ならキキョウと一緒に他の皆にも話を通すことができる。
逆にこのタイミングを逃せば、カナリーはパーティー内で秘密を抱えたままになってしまうのだ。
打算的ではあるが、特にシルバはそのことを責めるつもりはない。
それよりも……パーティーを結成した当初の予定とは、まるで逆ではないかと思う。
シルバ以外、全員女子ではないか。
何がどうしてこうなった、と内心頭を抱えるシルバであったが、そんな風に考えている間にも、カナリーがゆっくりと湯に入り、そのまま浸かっていった。
「……いざ着替えてはみたモノの、見られていると思うと、やはり恥ずかしいね、これは」
先刻のキキョウと同じように、カナリーも顔の半分ほどをお湯の中に沈めた。
「そ、それより酷いぞカナリー! 某をずっと謀っていたのか!?」
「何のことだい?」
「その胸を含めた性別全般である!」
キキョウは、カナリーの胸を指さした。
カナリーは気にせず息を吐くと、背後の岩に身体を預けた。
丸い胸の半分ほどが、風船のように湯に浮かんでいるように見えた。
どうやら開き直ったらしい。
「ああ、その件か。だって僕が先にバラしていたら、多分キキョウはやりにくかったと思うよ? 表面上、シルバと君だけが男って事になると……例えば今回の旅なんて君、有無を言わさずシルバと同じ部屋になってただろうし」
「……なっ!?」
動揺したキキョウは、シルバを見た。
実際その点はカナリーの言う通りだが、カナリーがさっきのシルバと同じく、キキョウの反応で楽しんでいるのは明らかだった。
「ああ、いや、困らないならいいけどさ。あくまで今のは一例だ。しかし実際、ストレスが溜まったと思うよ。シルバの周りに、四人も可愛い女の子がいて、自分は何もできないなんて、ねえ?」
カナリーは、シルバに向かって小首を傾げた。
「……お前、そこで俺に同意を求めるか。しかもさりげなく自分を可愛い女の子に分類しやがって」
「む、僕は可愛くないと」
シルバは頷いた。
「カナリーの場合は、可愛いってのとはちょっと違う。どっちかっていうと綺麗っつー表現の方が合ってる」
バシャリとカナリーの周りの湯が跳ねた。
「き、君はそういう台詞を時々不意打ちで言うね!」
顔も茹で蛸のように真っ赤になっていた。
「うん?」
だいぶのぼせてきたのか、シルバもどこがおかしい発言だったのか気が付かなかった。
「シルバ殿!」
一方キキョウはもはや我慢ならぬと、シルバの間近に迫っていた。
「おう!?」
「某の呪いの解呪、どうかお願いする!」
シルバの手を取り、懇願する。
「カナリーばかりズルすぎるのだ!」
本音が出て、カナリーが高らかに笑った。
「あっはっはー」
「……あと、カナリーには是非、以前の『朝駆け事件』を、今度もう一度、深く追求させてもらう」
「は……」
シルバに頭を下げたままキキョウが言い、カナリーの笑みは固まった。




