キキョウとカナリー、洋館と温泉掘削跡を巡る
遡ること数時間前、キキョウとカナリーは、エトビ村の外れにあるクロス・フェリーの洋館を再訪していた。
洋館には、カナリーの部下達が出入りしており、キキョウらもあっさりと中に入ることができた。
魔力を使用しているのだろう、室内は自然と明るくなった。
使われなくなってもそれほど時間が経っていないせいか、多少の埃はあるものの、内装は綺麗なものだ。
「てっきり罠が、あると思っていたのだが……特になかったのであるか?」
キキョウは少し身構えながら、大きなホールの周囲を伺った。
一方、カナリーは頭を下げる周囲の部下達に軽く手を振りながら、リラックスした風情でスタスタとホールを歩いていた。
「いや、あったよ。魔力で反応するタイプのが」
「そ、それは、危ないではないか!?」
キキョウは、慌ててカナリーの後を追う。
「全部、部下達が解除してあるよ。それに、落ち着いて考えてみようよ。屋敷は少なくとも表向きは普通に、別荘として使われていたんだよ?」
「む……確かにそう聞いているな」
「いちいち罠を警戒しながら、寛げると思うかい? もしかしたら仲間も一緒だったかも知れないのに」
「それは……確かにないであるな」
「基本的に、罠の類はスペアキーで扉を開けた時点で、普通に無効化されてたよ。それに、クロスの立場になって考えれば、侵入した人間が傷つくようなトラップがあると、逆に困るんだ。デストラップなんて、いかにもこの洋館に何かありますよって言っているようなものじゃないか。仮に何かに引っかかったとしても、大きなアラームが鳴るとか、その程度のモノさ」
「な、なるほど」
「とはいえ……面白みも何もないんだが」
カナリーはつまらなそうな表情をしながら、カーブを描いた階段の手前で立ち止まる。
そのまま振り返ると、煌めくシャンデリアを見上げた。
「そうか? 某には結構、豪華に見えるが……」
「本家の模倣だよ。それに無駄な部分に金を掛けているのがよく分かる……あまり上品とは言い難いねぇ」
「……点数辛口であるな」
気に食わない、と目を細めるカナリーに、キキョウは何ともいえない表情をした。
カナリーが先導して、一階、二階と歩いては部下からの報告を聞く。
しかし、特に目新しいものはなかった。
「やはり地上部分には、何もないね。後は地下だけだ」
「地下室があるのは、確定なのであるか?」
「吸血鬼の屋敷なら、ない方がおかしいよ。それに、これまで都市の方で暴いてきた奴の別荘にもすべて、あった。使い道は主に、自分が血を吸った女性の保護というか軟禁というか、それ目的だったけどね」
だが、地下に通じる階段は、少なくとも一階の部屋のどこにも見あたらなかった。
「しまった。リフも連れてくるべきであったか?」
キキョウが悩んでいると、カナリーは応接室に入った。
「必要ないよ。場所は部下から聞いてる」
部屋を見渡し、絵の裏を見、本棚の本を取り出し、暖炉の裏に手をやった所でスイッチの入る音がした。
部屋の隅のカーペットが割れ、四角い地下への入り口が姿を現す。
「何と」
「つくづく、古典趣味だねえ」
は、とカナリーは短く嘲笑した。
キキョウのイメージにある地下室とは異なり、湿っぽさや薄暗さとは無縁の造りとなっていた。
「……これはまた、地上より豪華であるな」
「やってたことは、道を外しているけどね……まったく、ああいう奴がいるから、吸血鬼のイメージが悪くなるんだ」
カナリーの意見は辛辣だ。
そこは、柔らかい照明に包まれた広いサロンのようだった。
十幾つものソファにガラスのテーブル。
壁には絵画が掛けられ、部屋の隅にはバーカウンターと簡易的なキッチン、グランドピアノまで置いてあった。
ここでも、数人の吸血鬼が調査を行なっていた。
通路にはドアが等間隔に並んでいて、中を覗けば大きなベッドにトイレ、何とシャワーもあった。下水処理とかどうしているのだろうか、とキキョウは気になった。
シャワーの方は、この辺りに温泉が湧くというから、地下深くから引き込んだのだろう。
窓が一切ないという閉塞感さえ我慢すれば、暮らしには充分な広さだった。
下手なアパートより過ごしやすいかも知れない。
ただ、未使用で済んだようだが、あくまでここは、吸血鬼の虜となった女性達を囲む場所だ。
そういう意味では、禍々しい空間でもある。
カナリーが、ソファに腰掛けると、部下の一人がワインを持ってきた。
「カナリーよ。一応、調査ではなかったか?」
「元々は僕が調べるつもりだったんだけどねえ……結局、ほとんどすることがなくなったよ」
キキョウは渋い顔をしたが、カナリーは肩を竦めただけだった。
そう、一応カナリーがこの村を訪れた建前として、この洋館の調査が用意されていたのだ。
しかしその前に、キャノンボアや泉の精の一件があり、カナリーの部下達も来ることになった。
人数が多いなら、カナリー自身が危険なことをする必要はなく、洋館を調べるのは部下達がすべて行なってしまったのだ。
なので、カナリーはワイングラスを傾けながら、ファイルに目を通すのが、ここでの仕事となっていた。
「マネキンで作った執事とメイドの人形達に、錬金術による氷室には食料と冷凍血液。土属性の精霊炉によるエネルギー変換。なるほどね、これは興味深い。初めてクロスの成果を見られた気がするよ」
「カ、カナリー、悪い顔になっているぞ?」
……勝手に使っていいモノなのだろうかと心配になりながら、キキョウはこれでも警戒中、ということで水だけもらうことにした。
洋館を出たのは、それから小一時間ほどしてからだった。
「思ったよりあっさり終わってしまった……」
キキョウが天を仰ぐと、まだ日は大分高かった。
戻っても、時間をもてあましてしまいそうだ。
「見るべきモノが、ほとんどなかったからね。本格的に使う前の建物だったんだから、しょうがないんだけど」
「使われなかったことを、喜ぶべきではなかろうか」
「それは違いないねえ」
カナリーは少し考え、森の方を向いた。
「……それじゃ次、温泉の掘削跡地の調査といこうか。キキョウはいいかい?」
「某は異存ないぞ」
温泉の掘削跡地は、廃村となっていたマルテンス村の近くにある。
こちらは教会の人間が、調べていたはずだが、もうその調査も終わっているという。
歩けばそれなりの距離があるが、ホルスティン家からは何台かの馬車を持ってきてある。
道は荒れているが、それさえ我慢すれば、移動に費やす労力はかなり軽減できるのだ。
温泉の掘削跡ということで、縦に大きく広がった穴だった。
キキョウとカナリーは、警備をしている教会の関係者達に会釈をし、穴を覗き込んだ。
「あの、ロープを……」
「大丈夫。必要ないよ」
ロープを持って来ようとした聖職者に断りを入れ、カナリーはそのまま穴に飛び込んだ。
カナリーは飛翔の能力があるから、大丈夫なのだろう。
「某も、このままで問題ないのである」
キキョウも同じく穴に飛び込んだ。
穴の側面を何度か蹴って降り、底に着地する。
「……埃っぽいのである」
キキョウは尻尾を緩く揺らしながら鼻を嗅いだ。
「温泉の掘削跡だって話だけど、ここは水脈がなかったんだろうね」
見張りに立っていた聖職者が、落下してきたキキョウたちを見て、目を丸くしていた。
「こんにちは。僕の名前はカナリー・ホルスティン。後ろにいるのがキキョウ・ナツメ。話は通っているかな? カプリス司教はここにいるかい?」
「あ、ああ……この横穴の奥を調査中だ……です」
「そうかい。ありがとう。行こうか、キキョウ」
「うむ」
キキョウは、カナリーの後ろに続いて、横穴を進んだ。
奥には百平方メルトほどだろうか、そこそこ広がっており、壁には木の棚が並べられていた。
クロス達が隠していたという財宝の類はあらかた回収されたのか、どことなくガランとしていた。
未分類の財宝は、壁に立てかけられていたり、布の敷かれた地面に無造作に積まれていた。
そして木の椅子に身体を預けて、ストア・カプリスは居眠りしていた。
「すぅ……すぴー……」
アイマスクが仕込まれたフードを目深にかぶり、首の後ろには空気式のネックピローが膨らんでいる。
……よく見ると、耳には栓がしてあった。
膝には薄いブランケットが掛かり、足下にもやはり空気式のフットレストが置かれている。
ちなみに靴は脱いでいた。
組んだ指の間には、何やらメモがあった。
「……さすがシルバの師匠。相変わらず、ちょっと普通じゃないね」
「宿で寝た方が、楽だと思うのであるがなあ……」
さすがにキキョウも呆れた。
「このメモはどうやら僕達宛のようだね。名前が書いてある」
カナリーは、ストアの指に挟まれていたメモを引き抜き、それに目を通した。
そしてキキョウを見た。
「基本的に害のない財宝の類は回収が終わったらしい。残っているのは、ちょっと即断できない魔道具や呪物の類で、それは僕に鑑定して欲しいらしい。まあ、香炉やら壺に妙な魔のモノが宿ってたりするかもしれないから、その時はキキョウよろしく頼む。まあ、まずないと思うけどね」
「承知した」
カナリーは絶魔コーティングの施された手袋をして、棚の品々を一つずつ検品し始めた。
影から出現した、赤と青の従者達が筆記を担当していた。
手持ち無沙汰なキキョウは、カナリーの脇から棚を覗き込んだ。
「む、う……ここいらの刀剣類もであるか」
大小様々な武器類が、棚に置かれている。
鞘に収められているのは当然だが、刀身を拝めないのがキキョウには残念でならない。
「キキョウも多少はこういうのに耐性あるだろうけど、それでも変なモノに憑依される可能性がある。迂闊に触れない方がいいだろうね」
「むむぅ……」
カナリーの言い分はもっともだ。
しかし……。
「と、シルバも確か言ってたよ」
「よし、我慢するのである」
キキョウはあっさり諦めた。
「……ホント、扱いやすいね君は」
何だかカナリーが呆れたような目で見てきたが、キキョウは気にしない事にした。
「ザッと眺めてみた感じ、あからさまにヤバいモノはないなあ。何だかんだで、そこの先生が仕事をしてくれたんだろうね」
カナリーが、居眠りと呼ぶには本気すぎるストアを振り返った。
そこでふと、キキョウは思い出した。
尋ねておかなければならないことがあったのだ。
「そ、それよりもカナリー、話がある」
ストアの耳に栓がされてあるのを再確認しながらも、キキョウは小声で囁いた。
「ああ、僕の嗅覚のことかな? 処女や童貞を、血の匂いで嗅ぎ分ける吸血鬼の特性の件」
「な、何故それを!?」
まさしく、その話だった。
吸血鬼は処女や童貞を臭いだけで判断することが出来ると、以前カナリーは言ったことがある。
だとするなら、キキョウにとっては甚だ、まずいことになるのだ。
「ずっと気になってたみたいだから先回りしてみただけさ」
「そ、そうか。ならば話が早い。という事はつまり、某の性別は……」
言葉を濁すキキョウに、カナリーは肩を竦めて微笑んだ。
「うん。分かってるけど、別にシルバに言うつもりはないから安心していいよ。実際、今まで黙ってたでしょ?」
「よ、よろしく頼むっ! シルバ殿には黙っていてくれ!」
キキョウは深々と頭を下げた。
その拍子に後ろで何か、ゴツンと音がした。
「あ」
カナリーが声を上げ、キキョウも素早く反応した。
「ぬ!?」
どうやら腰に差した刀の鞘の先端が、棚の一つにぶつかってしまったらしい。
スローモーションのように傾き、落下しようとしていた木製の像を、キキョウはキャッチした。
ふぅ……と一息つき、キキョウはそれを棚に戻した。
牛に横乗りになった、女性の像だった。
大丈夫、どこも壊れてはいない。
「だ、大丈夫かい、キキョウ? そこら辺はまだ手つかずな場所だったはずだ。変なモノに触れていないだろうね?」
「いや、ただの偶像で、某にはどこも異常は――」
言葉が途切れる。
まず気付いた異常は声だった。
さっきまでより、わずかに太くなった気がする。
……それに、胸が妙にスカスカだ。
触ってみて、キキョウは目を見開いた。
「――ない!」
更に股間に違和感が。
「ある!」




