夜の散歩
……目が覚めると、窓の外には月が出ていた。
「うお」
眠気はすっかり取れ、シルバは驚いた。
ベッドには、仔虎状態のリフが一緒に眠っていたが、シルバの声で目が覚めたようだ。
『に……おはよ、お兄』
『透心』を通じて、リフが返事をする。
ちなみにフィリオ公認である。
何度言っても娘が部屋から出て行ってしまうので、「せめて本来の姿で」という条件付きで許可したのであった。
「もう真っ暗じゃないか。今、何時ぐらいなんだ?」
『晩ご飯も終わって……ひい、ふう……もうすぐ日がかわる?』
どうやらついさっき、床に潜り込んだらしい。
この日はヒイロやタイランの訓練に付き合い、さらに教会関連の仕事を手伝っていたのだ。
ゆっくり休むために、この村に来たはずなんだけどなあ、とシルバは思うが今更である。
何にしろ、夜中であった。
「……ものすごく寝てたんだな、俺」
『に。お兄のごはん、そこ』
促され、そちらを見ると、小さな丸テーブルの上には三角に切られたパンがいくつかと、牛乳があった。
「サンドウィッチか。助かる」
「に」
ベッドに腰掛け、テーブルを引き寄せる。
サンドウィッチを手に取ると、ふとリフの視線が気になった。
「……?」
何かやたら真剣な目つきだったが、今のシルバは何より腹を満たすのが最優先だった。
ツナサンドにかぶりつく。
「うん、うまい。やっぱ相当腹減ってたみたいだな」
「に」
傍らに寝そべるリフの尻尾が、ピコピコと嬉しそうに揺れた。
サンドウィッチはもう一種類あり、そちらはキュウリとトマトが挟まれていた。
「こっちの野菜サンドも悪くないな」
『そっちはタイランの力作』
牛乳と一緒に食べていると、少しずつシルバの思考力も戻ってきた。
「つまりこっちは、リフが作ったと」
「にぃ」
サンドウィッチを平らげ、シルバはベッドから降りた。
「……んじゃま、風呂に行くかな」
『にぃ……リフも』
ついてきたそうだったが、リフのまぶたが沈みかけなのは明らかだ。
「もう遅いし、眠そうじゃないか。いいよ。一人で行ってくる」
「にー……」
シルバは着替えやタオルを袋に詰めると、部屋を出た。
シルバは、夜道を歩く。
この村には多くの温泉があり、食後にそれを楽しむ村人や観光客もそれなりに多いので、灯火が等間隔に並んでいるのだ。
とはいっても、灯火の届かないところもあり、大抵の人間は角灯を持っていたりする。
シルバは自前で『発光』を使えるので、手ぶらだが。
「ま、たまには一人も悪くないな」
のんびりと歩きながら、シルバは目当ての温泉を目指した。
その温泉は、疲労回復に効果があるという。
宿の主人であるメナの話では、やや奥まった所にある為、人気も少ないマイナーな温泉らしい。
山に近い森……というよりは林の中、砂利道を進むと次第に湯気が濃くなってくる。
「ん……?」
何だか小さな岩に一人、誰かが足を組んで腰掛けていた。
遠目にも目立つ金髪に、豪奢なマント。
カナリーであった。
「おー、カナリー」
シルバの登場は予想していなかったのか、カナリーは軽く目を見張った。
「シルバ、どうしてここに?」
「いや、変な時間に目が覚めて、適当に良さそうな風呂を探してたら、宿の主人がここ……の先にある温泉を紹介してくれたんだ」
シルバは、メナの言葉を思い出す。
目的の温泉は、もう少し先にあるはずだ。
けれど、どうやらここにも別の温泉があるらしい。
「つか、そっちは何やってんのさ? 風呂入ってるならまだ分かるけど、座ってるってのは……?」
「僕はその……」
カナリーは口ごもった。
が、すぐに何かを思いついたのか、ニィッと笑った。
「そうだ、シルバ。ここもかなりいい湯らしいし、入っていけばどうだい?」
「……それ、途中から、そっちが乱入してくるとかいう展開じゃないだろうな」
こういう顔のカナリーは、大抵何かを企んでいるので、シルバは大いに警戒した。
が。
「……っ!」
シルバの指摘は的外れだったのか、予想に反してカナリーは驚きながら頬を真っ赤にさせた。
「え、ど、どういう事だ?」
シルバも予想が外れて、逆に慌ててしまった。
「ち、ちち、違う。そうじゃなくて、その何だ」
深く悩み、カナリーは俯いたまま、チラッとシルバを見た。
「み、見たいのなら、一緒に入ってもいいけど……」
が、すぐに首を振って、自分の中で決断を下したのか、一人頷いた。
「いや、うん。ここは我慢して、本来の目的を達しよう」
「目的?」
シルバには、何が何だかよく分からない。
やたら不吉な予感を覚えたが、カナリーはもう決めてしまったのか、シルバの背をグイグイと押し始めた。
「ま、とにかく入った入った」
「お、おう。何なんだ一体」
その泉のような温泉は岩場に囲まれており、脱衣所などなかった。
適当な場所で服を脱いで、シルバは湯に浸かった。
「ふぃー……」
身体の中の疲れが、湯に溶けていくような気がする。
このまま眠りそうになるのに気をつけながら、シルバはアーミゼストよりも星の多い夜空を見上げた。
その時だった。
「だ、誰かいるのであるか?」
湯煙の向こうに、誰かの気配があった。
「……?」
ザバリ、と立ち上がる気配に、シルバはそちらに視線をやった。
動物のような耳と尻尾、それに声色でシルバは大体の察しを付けた。
「ありゃ……この声は、もしかしてキキョウか……?」
……その割に、いつもよりちょっと声が低い気がしたが、間違ってはいなかったらしい。
「シルバ殿!? ちょ、カナリーは一体何をしていたのだ!?」
「い、いや、カナリーなら普通に通してくれたから、てっきり誰もいないモノかと」
これはまずいな、とシルバも思う。
キキョウが慌てる理由も大体見当がついているので、自分は下手に動かない方がよさそうだ。
一方キキョウは事情を掴めたのか、しきりに頷いていた。
「そ、そうか……おのれ、カナリー……謀ったな!」
何やら勘違いしているようではあるけれど。
「と、とにかく某はこれで! シルバ殿はゆっくり湯に浸かっていくといい」
「お、おう」
キキョウは大急ぎで、シルバから遠ざかろうとする。向こうの方に、キキョウの着替えがあるのだろう。
その時、風が吹いた。
「あ」
「え?」
それほど強い風ではなかったが、それは湯煙を軽く吹き飛ばす程度の威力はあったらしい。
シルバの眼前に、キキョウの裸体が晒される。
やや細身ながら、全身は引き締まっている。
逞しい胸板に、鍛えられた腹筋。
そして更にその下には。
「……男?」
かなり、立派であった。
キキョウは真っ赤になりながら、ザブンと湯船に沈んだ。




