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ミルク多めのブラックコーヒー  作者: 丘野 境界
『アンノウン』の待機時間
154/215

夜の散歩

 ……目が覚めると、窓の外には月が出ていた。


「うお」


 眠気はすっかり取れ、シルバは驚いた。

 ベッドには、仔虎状態のリフが一緒に眠っていたが、シルバの声で目が覚めたようだ。


『に……おはよ、お兄』


 『透心(シンツ)』を通じて、リフが返事をする。

 ちなみにフィリオ公認である。

 何度言っても娘が部屋から出て行ってしまうので、「せめて本来の姿で」という条件付きで許可したのであった。


「もう真っ暗じゃないか。今、何時ぐらいなんだ?」

『晩ご飯も終わって……ひい、ふう……もうすぐ日がかわる?』


 どうやらついさっき、床に潜り込んだらしい。

 この日はヒイロやタイランの訓練に付き合い、さらに教会関連の仕事を手伝っていたのだ。

 ゆっくり休むために、この村に来たはずなんだけどなあ、とシルバは思うが今更である。

 何にしろ、夜中であった。


「……ものすごく寝てたんだな、俺」

『に。お兄のごはん、そこ』


 促され、そちらを見ると、小さな丸テーブルの上には三角に切られたパンがいくつかと、牛乳があった。


「サンドウィッチか。助かる」

「に」


 ベッドに腰掛け、テーブルを引き寄せる。

 サンドウィッチを手に取ると、ふとリフの視線が気になった。


「……?」


 何かやたら真剣な目つきだったが、今のシルバは何より腹を満たすのが最優先だった。

 ツナサンドにかぶりつく。


「うん、うまい。やっぱ相当腹減ってたみたいだな」

「に」


 傍らに寝そべるリフの尻尾が、ピコピコと嬉しそうに揺れた。

 サンドウィッチはもう一種類あり、そちらはキュウリとトマトが挟まれていた。


「こっちの野菜サンドも悪くないな」

『そっちはタイランの力作』


 牛乳と一緒に食べていると、少しずつシルバの思考力も戻ってきた。


「つまりこっちは、リフが作ったと」

「にぃ」


 サンドウィッチを平らげ、シルバはベッドから降りた。


「……んじゃま、風呂に行くかな」

『にぃ……リフも』


 ついてきたそうだったが、リフのまぶたが沈みかけなのは明らかだ。


「もう遅いし、眠そうじゃないか。いいよ。一人で行ってくる」

「にー……」


 シルバは着替えやタオルを袋に詰めると、部屋を出た。




 シルバは、夜道を歩く。

 この村には多くの温泉があり、食後にそれを楽しむ村人や観光客もそれなりに多いので、灯火が等間隔に並んでいるのだ。

 とはいっても、灯火の届かないところもあり、大抵の人間は角灯(ランタン)を持っていたりする。

 シルバは自前で『発光(ライタン)』を使えるので、手ぶらだが。


「ま、たまには一人も悪くないな」


 のんびりと歩きながら、シルバは目当ての温泉を目指した。

 その温泉は、疲労回復に効果があるという。

 宿の主人であるメナの話では、やや奥まった所にある為、人気も少ないマイナーな温泉らしい。

 山に近い森……というよりは林の中、砂利道を進むと次第に湯気が濃くなってくる。


「ん……?」


 何だか小さな岩に一人、誰かが足を組んで腰掛けていた。

 遠目にも目立つ金髪に、豪奢なマント。

 カナリーであった。


「おー、カナリー」


 シルバの登場は予想していなかったのか、カナリーは軽く目を見張った。


「シルバ、どうしてここに?」

「いや、変な時間に目が覚めて、適当に良さそうな風呂を探してたら、宿の主人がここ……の先にある温泉を紹介してくれたんだ」


 シルバは、メナの言葉を思い出す。

 目的の温泉は、もう少し先にあるはずだ。

 けれど、どうやらここにも別の温泉があるらしい。


「つか、そっちは何やってんのさ? 風呂入ってるならまだ分かるけど、座ってるってのは……?」

「僕はその……」


 カナリーは口ごもった。

 が、すぐに何かを思いついたのか、ニィッと笑った。


「そうだ、シルバ。ここもかなりいい湯らしいし、入っていけばどうだい?」

「……それ、途中から、そっちが乱入してくるとかいう展開じゃないだろうな」


 こういう顔のカナリーは、大抵何かを企んでいるので、シルバは大いに警戒した。

 が。


「……っ!」


 シルバの指摘は的外れだったのか、予想に反してカナリーは驚きながら頬を真っ赤にさせた。


「え、ど、どういう事だ?」


 シルバも予想が外れて、逆に慌ててしまった。


「ち、ちち、違う。そうじゃなくて、その何だ」


 深く悩み、カナリーは俯いたまま、チラッとシルバを見た。


「み、見たいのなら、一緒に入ってもいいけど……」


 が、すぐに首を振って、自分の中で決断を下したのか、一人頷いた。


「いや、うん。ここは我慢して、本来の目的を達しよう」

「目的?」


 シルバには、何が何だかよく分からない。

 やたら不吉な予感を覚えたが、カナリーはもう決めてしまったのか、シルバの背をグイグイと押し始めた。


「ま、とにかく入った入った」

「お、おう。何なんだ一体」




 その泉のような温泉は岩場に囲まれており、脱衣所などなかった。

 適当な場所で服を脱いで、シルバは湯に浸かった。


「ふぃー……」


 身体の中の疲れが、湯に溶けていくような気がする。

 このまま眠りそうになるのに気をつけながら、シルバはアーミゼストよりも星の多い夜空を見上げた。

 その時だった。


「だ、誰かいるのであるか?」


 湯煙の向こうに、誰かの気配があった。


「……?」


 ザバリ、と立ち上がる気配に、シルバはそちらに視線をやった。

 動物のような耳と尻尾、それに声色でシルバは大体の察しを付けた。


「ありゃ……この声は、もしかしてキキョウか……?」


 ……その割に、いつもよりちょっと声が低い気がしたが、間違ってはいなかったらしい。


「シルバ殿!? ちょ、カナリーは一体何をしていたのだ!?」

「い、いや、カナリーなら普通に通してくれたから、てっきり誰もいないモノかと」


 これはまずいな、とシルバも思う。

 キキョウが慌てる理由も大体見当がついているので、自分は下手に動かない方がよさそうだ。

 一方キキョウは事情を掴めたのか、しきりに頷いていた。


「そ、そうか……おのれ、カナリー……謀ったな!」


 何やら勘違いしているようではあるけれど。


「と、とにかく某はこれで! シルバ殿はゆっくり湯に浸かっていくといい」

「お、おう」


 キキョウは大急ぎで、シルバから遠ざかろうとする。向こうの方に、キキョウの着替えがあるのだろう。

 その時、風が吹いた。


「あ」

「え?」


 それほど強い風ではなかったが、それは湯煙を軽く吹き飛ばす程度の威力はあったらしい。

 シルバの眼前に、キキョウの裸体が晒される。

 やや細身ながら、全身は引き締まっている。

 逞しい胸板に、鍛えられた腹筋。

 そして更にその下には。


「……男?」


 かなり、立派であった。

 キキョウは真っ赤になりながら、ザブンと湯船に沈んだ。

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