模擬戦:ヒイロとタイラン
畑と森の間にある広場で、ヒイロとタイランは向かい合った。
「さあさあさあ、いざ尋常に勝負!」
「お、お手柔らかにお願いしますね、ヒイロ……」
模擬戦である。
ヒイロはバレットボアのボタンに跨がっている。
そして手には骨剣を持っていた。
一方タイランは右に混沌の精霊シエロを、左に灼熱の精霊ハラーラを従えている。
両手にはいつもの斧槍だ。
どちらも先日の戦いで、新しい力を手に入れた。
その力がどれほどのモノなのか、とりあえず互いにぶつけてみようということになったのだ。
主張したのはヒイロであり、タイランは及び腰であったのは、言うまでもない。
判定が必要なほど、厳密な試合という訳でもなく、見学にシルバ、リフ、フィリオが倒れた木の幹に腰掛けていた。
「ヒイロ、最初は抑えめで頼むぞ。さっき見た感じ、相当な威力がありそうだからな」
「はーい。さあ、行くよボタン! 全力全開でぶっ飛ばーすっ!」
後ろ脚で地面を蹴っていたボタンが、タイランに向かって駆け出した。
「人の話聞いてたか、おい!?」
シルバは突っ込んだが、もちろんヒイロ達は聞いちゃいない。
「ブルルルルゥッ!!」
まさしく弾丸のような勢いで、見る見る内にタイランとの距離が詰まっていく。
軽装の戦士なら、そのままあっさりと吹っ飛ばされてしまうだろう。
だが、相手は重装兵のタイランであり……。
「シエロ、お願いします!!」
タイランの右にいた黒い竜巻、混沌の精霊であるシエロが、分厚い黒板となってタイランの前にそびえ立った。
「へえ、自立型の盾か」
「に、タイランの防御力が上がった」
シルバとリフは感心した声を上げる。
一方ヒイロは怯むことなく、ボタンの背を叩いた。
「貫けボタン!」
「ブフゥッ!!」
土煙を上げながら、ボタンが巨大な黒板となったシエロと激突した。
シエロの身体が大きくたわみ、千切れそうになっていた。
「あまり無理はしなくていいですよ。残りは私が――」
タイランが告げるとシエロは霧散し、どこか悔しそうに後ろに回った。
けれどシエロが盾になった甲斐はあり、ボタンの勢いはずいぶんと落ちている。
ヒイロが骨剣を振るうが、タイランは斧槍でそれを受け流した。
「おおっ、いなした」
シルバが声を上げる。
さすがにヒイロの骨剣を正面から受け止めるのは厳しいと、タイランも判断したのだろう。
威力ならヒイロの方が上だろうが、そこを技量でカバーしたタイランである。
一旦、タイランの脇を抜けたヒイロとボタンだったが、ボタンが四肢を踏ん張り、即座に反転攻撃に移ってきた。
「まだまだぁっ!」
再び骨剣を振るおうとしたヒイロだったが、とっさに身体をひねった。
「っ!?」
仰け反ったヒイロのすぐ目の前を、灼熱の精霊が駆け抜けたのだ。
外れはしたが、当たっていればさすがにヒイロも、ボタンの背から引きずり下ろされていただろう。
「ハラーラ、ありがとうございます!」
そしてその間に、タイランも体勢を立て直していた。
混沌の精霊シエロも、いつでもまた盾になれると待機状態だ。
「ぬぬぬ、厄介だね、そっちの精霊ー……!」
結局ヒイロはまともに攻撃できず、再びタイランの脇を駆け抜けざるを得なかった。
「ふむ、灼熱の精霊は攻撃担当か。悪くない役割分担だ。精霊砲を放てば、隙が生じるからな」
シルバの横で、フィリオが冷静に呟いた。
「ボタン、仕切り直そう」
「ブモッ!」
距離を取ったヒイロとボタンは、タイランの周囲をゆっくりと回っていく。
とはいえ、バレットボアの足である。
その動きはずいぶんと速い。
「ん、んー、あの黒っぽい方が厄介なんだよねー……」
「ブモブモ」
ヒイロの呟きに、ボタンも同意していた。
「まーでも、アレだ。下手に考えるのはボクらっぽくないよね!」
「ブウゥッ!!」
ズッ……とヒイロの健康的な褐色肌が黒みを帯びた。
それを見て、げ、とシルバは声を上げていた。
「『凶化』使いやがった!」
だが、その横にいるフィリオは、渋い顔をしていた。
「結局、正面突破か……しかし、アレでも一手足りんぞ。もう一つ何かなければ、鎧の方に届かん」
「に?」
「まあ、見ていれば分かる」
自分を見上げるリフの頭を撫でながら、フィリオは再び突撃を開始したヒイロを凝視していた。
「シエロ!」
迫ってくるヒイロに、タイランは混沌の精霊に指示を与える。
やることはさっきと同じだ。
ただ、シエロの形がさっきとは少し違い、壁より小さめの円形だ。
守れる面積は減ったが、その分防御力を高めたのだろう。
「にゃろうっ!」
けれど、『凶化』したヒイロは骨剣で黒い円盾を砕いた。
「また、貫いた!」
シルバが叫ぶ。
だが、バレットボアであるボタンの突進力も、若干落ちてしまう。
「さっきの激突で混沌の精霊も学習したようだが、ここまでは同じ。いや……」
フィリオが目を細めた。
「ブルアッ!!」
ボタンが叫ぶと、その背に乗ったヒイロごと、その身体が赤い炎に包まれた。
「アイツ、火の魔術使いやがった!」
タイランの危機を感じたのか、灼熱の精霊ハラーラがヒイロに向かって飛んだ。
光の光球が迫る……が、ヒイロはそれを無視した。
「さらに倍っ!!」
鬼猪一体の弾丸と化したヒイロの骨剣が輝き、猪型のオーラを形作った。
ハラーラはヒイロに直撃したが、軽い火傷を負わせただけで、逆に弾き飛ばされてしまった。
何とかタイランは斧槍で防御しようとした。
それは間に合った……が、威力はヒイロとボタンが上回った。
斧槍が青空に舞い、骨剣がタイランの胴体を薙ぐ――。
「わわっ!!」
――直前、その身体が割れ、ヒイロの骨剣は盛大に空振った。
「うわあっ!?」
全身全霊を込めた一撃だっただけに、ヒイロの身体は泳ぎ、そのままボタンの身体から振り落とされてしまった。
「えっと……す、すみません」
「今のはずっこくない!?」
タイランが、両手をヒイロに向けていた。
その手には、精霊砲の光が宿っていた。
「そこまで!」
フィリオが声を上げ、タイランは手を下ろした。
ヒイロの肌が褐色に戻り、ボタンも火を鎮めた。
戦いの高揚感が、朝の空気に溶けていく。
ううむ、とシルバは唸った。
「勝負としてはヒイロの勝ちだけど、試合としてはタイランの勝ち……かな? いや、あるいは逆か」
悩ましいところだった。
「むー……リベンジしたいところだけど、とりあえずはタイランの勝ち、だよねえ、今のは」
「ブモウ」
腕組みをして渋い顔をするヒイロに、次は勝つと唸り声を上げるバレットボアのボタンであった。
フィリオ氏による総評は次回。




