偽名の魔法使い
「知識を求めるか。学者らしいな。まあいいや。学んだのは、強いて言えば我流。見たことも聞いたこともないのは、今のは魔術じゃなくて『魔法』だからだろうな」
「『魔術』と『魔法』を混ぜて考える人は珍しくありませんけど、まさか本当に、魔法使いが実在していたなんて……」
魔術はあくまで、この世界の法則に則った術である。
一方魔法は、この世界の外にある法則を用いる。故に魔法なのだ。
言葉は似ているが、まったく違うのである。
「正確には、魔術にも二種類あるんだけどな」
「……?」
「さっきの『魔法』は見た通り、空を飛ぶ事に特化してる……というか、常に飛んでいるのが当たり前の世界の法則を引っ張ってきたんだ。そして、あの世界の住人はほとんど誰でも飛び道具を撃てる。モノによっては時間を緩やかに変えたり、何故かマッチョになれたりもするらしい」
「きょ、興味深いですね……」
シルバは、他にもコランに『魔法』の話をしてくれた。
白兵戦に特化した『道闘』は、多数の敵を強制的に一対一の状況に持って行ってしまう。敵の大将を標的に使うと効果は絶大。ただし、相手と必ず二度勝負しなければならないという、使いづらい『魔法』だ。シルバは以前この『魔法』を応用して、一人の少年の生命を救ったことがあるという。
他にも飢え死にしかけたところを助けてくれた、青年の血縁者である少女に一生飢えないで済む『黄食』という『魔法』を施した事もある。ただ、生物以外の触れたモノがすべて食べ物になる『魔法』なので、現在本人は難儀しているという。
その『魔法』を解く方法を考えるのも、シルバの修業の大きな課題であるらしい。
シルバ本人としては、戦闘以外の『魔法』を多く習得したいらしいのだが、なかなか難しいようだ。
「熱心なのはいいけど、あんまり長話はしてられないだろ? あんにゃろ、じきに援軍を呼んでくるだろうし」
熱心にメモを取っていたコランだったが、確かにシルバの言う通りだった。
「そ、そうですね。あ、いやしかし、貴方はどうするんですか?」
「オレがやられると思うか?」
「……思えません」
国の軍隊一つ持ってきても怪しいモノだった。
「だろ? 逃げるなら、ルベラントに行きな。あそこにはオレの知人がいる」
「知人?」
コランが本来目指そうとしていた、砂漠の国サフィーンとは正反対の方角だ。
というか一度、通過した国である。
大陸をグルリと巡り、辺境都市アーミゼストにいる娘、タイランと合流するつもりだったのだが……。
しかし、シルバが言うのなら、聞いてみようという気にもなった。
「手下みたいなモンかな。オレほどじゃないけど、ま、余所の国の学者風情なら退けられるだろ。これ、そいつんちの地図な」
シルバは懐から折り曲げたメモを取り出した。
コランがそれを広げると、どうやらルベラントの首都の地図らしい。
中央の建物に赤い印があった。
「……国のど真ん中で、しかも、ものすごく広いんですけど。これ、ゴドー聖教の総本山ですよね?」
「ああ、うん、そこの大聖堂に住んでるからな」
「教皇猊下じゃないですかそれ!?」
ルベラント聖王国の、実質トップの人である。
目の前の青年は、その人を手下だという。
「まあ、細かいこと気にするなよ。連絡はオレの方からしとく。ちゃんと守ってくれるから安心しろ。それとこれも、護身用に持って行きな」
言って、シルバが差し出したのは、火打ち式ではない変わった形の銃だった。
受け取り眺めてみると、中央に蓮根のような機巧が施された、短い銃だ。
それほど重くもない。
「な、何から何まで……」
「困ってる人間がいたら助ける。これ、ゴドー聖教の教義だ」
んん? とシルバは自分で言って、首を傾げた。
「というか、人として当たり前だよな、これ?」
「そ、そうかもしれませんが……いや、しかし僕は、銃を撃ったことなんて……」
「ないんなら、練習しろよ。男なら、自分の身ぐらい自分で守れるようになれ。その銃なら弾も心配いらねー。自分の視界の外で引き金を引けば、何度でもリロードできるからな」
「あ、も、もしかしてこれも『魔法』の……!?」
そう思うと、コランは手の中の銃が恐ろしく貴重なモノに思えてきた。
下手な『古代遺産』よりも、遙かに価値のある武器だ。
「ああ。ただし、吟遊詩人の語る物語みたいに、後ろの敵を撃ったりはできないから気を付けろ。単にリロードされるだけだ。撃てるのはあくまで視界内の相手だけだからな」
「……そんな、見えないところの敵を撃つなんて冗談みたいな真似、やろうと思ってもできませんよ」
「そうでもないさ。例えば土壇場で、『透心』経由で仲間の視界を借りて、背後の敵に石を投げつけるなんて思いつくアホになら一人、心当たりがある」
それから二人ははたと、我に返った。
長話が過ぎた。
「ま、とにかく今度こそお別れだ。達者でな先生」
「え、ええ。シルバさんもお元気で」
握手をし、鞄を持った壮年の学者と、釣り人の青年は逆方向に踵を返した。
「あ」
数歩歩いて、コランは振り返った。
その声に、シルバも首だけ斜め後ろに向ける。
「何だよ」
「どうして、『魔法』を学んでいるのか聞くのを忘れてました」
「そんなモン……世界を守る為に決まってるだろ。今んトコ、こっちの可能性を伸ばせるのは、この世界でオレぐらいのモンだからな。詳しい話は、ウチの教団にいるストアって白い女に聞いてみな」
その名前を覚え、今度こそコランは歩き出した。
次第に早足になり、港から煉瓦造りの街中へと駆け出す。
いくら、ルベラントに安全な場所を用意してくれたとはいえ、そこまでは自分で道を切り拓かなければならない。
今はどこにいるかも分からない娘・タイランと再会する為にも、コランは生き延びなければならないのだ。
「……釣りをする気分じゃなくなったな」
コラン・ハーヴェスタと別れた青年、シルバ・ロックールはノンビリ歩きながら呟いた。
ちなみにこの名前は偽名であり、本当の名前はちゃんとある。
がしかし、その名は神と同名であり、名乗れば大抵笑われるか怒られるので、人と交わる時はいつも、違う名前を使うことにしているのだ。
今回は、リュウ・リッチーがゴドー聖教の信者だったので、たまたま頭に浮かんだ子どもの名前を使わせてもらったに過ぎない。
しかし、うっかり使ってしまった名前が、マズイことに彼は気付いていた。
「うっし、じゃあ教皇にナシつけて、ついでにホンモノにも伝えておいてやろう。……ひょっとしたら、とばっちりが行くかも知れないからな」
グリンマ王国から、現在ホンモノのシルバ・ロックールがいる辺境都市アーミゼストまでは少々距離がある。
まず大丈夫だとは思うが、万が一ということもある。
何より、あのリュウ・リッチーという青年は、執念深そうだった。
幸い、このシトラン共和国は、情報の発信方法には困らない。
ゴドー聖教の教会に行って、教皇に神託を行なうもよし、水晶通信を使うもよしだ。
あとは自分自身の身の振り方だな、とシルバの名を借りた青年は考えた。
この国に留まっていると、また例のリュウ・リッチー、いや、背後にグリンマ王国がいることを考えると、下手をすると大事になってしまう。
別の土地に移動した方がいいだろう。
荷物と言えば、宿に置いてある背負い袋程度だ。
飯を食ったら、出るとしよう。
どこに向かおうか……。
「今度は東方にでも行ってみるかね……久しぶりに、ナグルの面も拝みたいし」
呟き、青年は自分の宿へと向かうのだった。
番外編終了。
ようやく次回から主人公達に戻るところですが、明日は書籍化作業でお休みませて頂きたいと思います。
次回更新は休み明けの月曜日となります。
よろしくお願いします。




