行商人と村長と
村娘に案内され、シルバたちは施療院に入った。
ベッドには、半袖の寝間着を着、右足に大きな包帯を巻いた、男が横たわっていた。
ふくよかな体つきだが、年齢は三十前後といったところか。
シルバたちが探していた行商人だ。
先行した村娘から話は通っていたのだろう、シルバたちの自己紹介もスムーズに済んだ。
「どうもお騒がせしました……山賊に襲われ、何とか逃げ出したところをこの村の人たちに、保護してもらえまして……ウルトと申します」
これまで確定ではなかったが、やはりこの付近に山賊が住み着いていたらしい。
それにしても……と、シルバは思う。
「一番大きな怪我は右足のようですが、打撲も酷いですね」
行商人、ウルトの顔は軽く腫れ、腕にも痣があった。
相当に痛いはずだ。
拷問でも受けたのだろうか。
「ああ、いえ、山賊には襲撃に遭ってすぐ逃げたので、この怪我とは関係ないのです」
「……じゃあ、どうして、そんな怪我を?」
「お恥ずかしいお話になりますが……荷物もそのまま、とにかく懸命に逃げた先に洞窟があったのです。そこに隠れて……でもやっぱりそこまで追いかけてこられたらと思い、さらに奥へと逃げたんです」
「なるほど」
「……地面が湿っていまして、濡れた石と思しきモノに足を滑らせ、この様です。走っていたので、それはもう」
「あー……」
シルバは、ヒイロを見た。
キキョウとタイランも見、視線を一身に浴びたヒイロは、照れ笑いを浮かべていた。
「確かに、あの石が多く転がっている場所で転ぶと、大変だったでしょうね」
「ええ、足も捻挫してしまい……それでも逃げ続け、気がついたら村の見える山の中腹に、たどり着いていたのです」
そんなシルバたちの後ろ。
ヒイロが小声でキキョウに話しかけていた。
「……キキョウさん、あの人、あの行き止まりっぽく見えた幻術、どうやって突破したのかな?」
「某たちは灯りを持っていたが、彼は持っていなかったのだろう」
「そっか、見えてなければ確かに幻術も意味がないんだ」
シルバにもその会話は聞こえていたが、ウルトから話を聞くのが先決なので、放っておくことにした。
「それにしても、運がよかったですね。こんな所に村があるなんて」
「そうですね。私も驚きました。無我夢中で逃げ回り、洞窟に逃げ込んだ先が、このような場所に通じているとは思いもしませんでしたよ」
後ろでの会話は続いている。
「……ただ、あそこについては少し、気になる部分もあるんですよね」
キキョウとヒイロの会話に、タイランも参加していた。
「え、なになに?」
「あれは明らかに幻術の類でしたし、ここって隠れ里ですよね。……じゃあ、何を隠しているのでしょうか?」
「あー」
「……タイラン、そのことは後でシルバ殿も交えて話すとしよう。某たちの本来の目的は、半分達せられた」
確かにタイランの指摘している点は、シルバも気になっていた。
ただ、隠れ里には例えば逃亡した罪人たちがひっそりと作った、という場合もある。
気にはなるが、できれば触れない方がいいかもな、と思うシルバだった。
シルバたちの依頼は、行商人の行方を捜すことなのだ。
あとは、この人を無事、アーミゼストまで連れ戻せればいい。
「手当の方は問題ないようですね。治癒の祝福を掛けますから、すぐに傷も塞がると思います」
「それは、ありがとうございます」
シルバは『再生』を唱えた。
「念のため、しばらくはこのまま安静にしていてください。帰るのは……明日になりそうですね」
今から村を出ても、日をまたぐことになる。
それなら明日の朝に、出発した方がいいだろう。
ただ……出発するとしても、別の問題を解決しておく必要があった。
「山賊について、聞きたいのですがよろしいですか? 人数や装備など」
シルバの問いに、ウルトは目を向いた。
「退治する気ですか!?」
「向こうの戦力にもよります。あまりに大きな山賊団なら、急いでアーミゼストに戻り、討伐隊を組んでもらった方がいいでしょう」
さすがにシルバも、たった四人で規模の大きい山賊団を相手にするつもりはない。
「そ、それは確かに……。でも私が遭遇したのは、えーと、ざっと五人ってところでしたね。武器は鉈や手斧……あと長剣の奴も一人いましたかな。とっさに荷物を放り投げて逃げたので、何とか助かりましたけど、取り戻していただけるなら、それなりの謝礼をお支払いします」
「五人……キキョウ、どう思う?」
少し考え、シルバは後ろに控えていたキキョウに声を掛けた。
それぐらいならシルバたちでも相手になるが、それが山賊全員だったかとなると、ウルトの話だけでは判断がつかない。
そこはキキョウも心得ているようだった。
「ふむ、偵察ということも考えられるのだ。もうちょっと詳しく調べた方がよいであろうな」
「頼めるか」
「任せるのである」
キキョウは一人、施療院を出て行った。
「身体の方は、明日には問題なく動けるようになると思います。もう少しだけ歩くのは我慢してください」
「ありがとうございます。神にも感謝を」
シルバたちは施療院を出た後、この村に宿があるか確かめる為、村を歩くことにした。
まず最初に向かったのはこの村の村長宅だ。
他と比べるとやや大きいが、それでも都市にある貴族の別宅と比較すれば、ささやかといっていい建物だった。
「ようこそ、スミス村へ。村長のネリー・ハイランドです」
握手する村長は、予想外にも若い青年だった。
銀髪に、黒眼鏡が印象的だ。
シルバの視線に気がついたのか、ハイランドは苦笑いしながら肩を竦めた。
「失礼。明るい光が少々苦手でして。それと、村の青年が失礼をしたようですね。何分、外の人間が来ることは稀なので、怯えてしまいまして」
「いえ、気にしていません」
笑顔で答えるシルバに、『透心』を通してヒイロが声を掛けてきた。
(結構、気にしてたよね、先輩)
(そこ、静かにしとくように)
笑顔を崩さないまま、シルバはハイランド村長との会話を続ける。
「この村で保護した、ウルトという行商人のことですね」
「はい。一応、明日には彼を連れて発つ予定です」
シルバの答えに、ハイランドは心配そうな顔をした。
「そうですか……しかし、足の怪我は大丈夫ですか?」
「ゴドー聖教で司祭をしています。治癒の心得はそれなりにあります」
なるほど、とハイランドは頷いた。
「では、残る問題は山賊ですね。……とはいってももう、都市の方には足の速い者を走らせているのですが」
「そうなんですか?」
「おそらく皆さんとは、入れ違いになったのでしょうね。冒険者ギルドに調査の依頼に行ってもらいました」
「……でも、いいんですか? その、この村は、あまり人には立ち入って欲しくないのでは……?」
隠れ里の人間が冒険者ギルドに依頼をする……というのも、何だか不自然な気がした。
「その辺は、こちらも考えています」
にこやかに、ハイランドが答えた。
まあ、村長がそういうのなら、詮索してもしょうがないかと、シルバは思った。
重要なのは、山賊という脅威の排除なのだ。
「分かりました。ああ、でもそうなるとちょっと……その、入れ違いって意味ではこっちもあってですね。こちらの仲間の一人がもう、偵察に出ているんです」
「何と」
ハイランドは冒険者ギルドに山賊の調査を依頼し、シルバはキキョウに同じことを頼んだ。
そして手続きや移動時間を考えれば、キキョウの方が仕事を終わらせるのは早いだろう。
「だから、そちらの依頼が無駄に終わってしまうかもしれません」
「……いや、それは全然構いませんよ。お互い、最善を考えての行動でしょう。そちらの仲間が早く戻ってきてくれると、いいですね」
「ええ。それで、とにかく、この村で一日は過ごさせてもらう事になりそうなんです。その許可と、泊まれる宿はないでしょうか」
ふむ、とハイランドは考えた。
「泊まること自体は別に構わないのですが、宿がないですね。何しろ、訪れる者がほとんどおりませんから」
それは困るな、とシルバは思った。
しかしハイランドの台詞には、続きがあった。
「でも、空き家がありますから、そちらでよければお使いください」
「ありがとうございます。神のご加護を」
「どういたしまして」
シルバが祈りを捧げ、ハイランドは微笑んだ。