表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミルク多めのブラックコーヒー  作者: 丘野 境界
【番外編】神様は放浪中
148/215

神様は放浪中

「……いじょうぶか?」


 暗闇の奥から、声が聞こえた。

 身体が揺すぶられる感覚……しかし、全身の痛みが強すぎて、自力で動くことも出来ない。

 かろうじて浮かび上がった意識が、まだ自分が死んでいないことを自覚する。


「うぁ……」


 薄靄に包まれた、曇り空が目に入る。

 ……コラン・ハーヴェスタは、口から水を吐き出した。


「お、生きてて何より。もうすぐ冬だっていうこんな時期に水泳なんて無謀過ぎるぜ、オッサン」


 自分の顔を覗き込んでいるのは、目元まで髪が伸びた青年だ。

 骨格から考えて、かなりの長身のようだ。

 状況を把握する。

 どうやら、追手から逃げ延びることはできたようだが、川に落ちたところから意識がない。

 四十代も半ば、運動不足で痩せた壮年の学者に、全力疾走後の水泳は無理が過ぎたらしい。

 川を流れたという事は……いや、煉瓦造りの立派な建物群が見えるということは、ここはまだシトラン共和国から出ていない。

 外れにある港なのだろう。

 長髪普段着の青年が竿を持っている点から察すると、おそらく朝釣りをしていた所を、自分は拾われたのではないだろうか。

 青年は、コランの都合に構わず喋り続ける。


「多分、事件なんだろうけど、警吏の詰め所ならあっちな。いや、そもそも動けそうにねーな」


 街の方を指さし、ようやくコランの全身に作られた切り傷に気付いたようだ。


「よし、()()()()


 青年が、奇妙なことを言い、コランは戸惑った。


「……祈れ?」

「ああ」

「……僕は……ウメ教徒なのですが」


 今更神頼み……いや、ウメ様を頼るというのも、どうかとコランは思う。

 ウメ教はナグルという聖者によって広められた、死生観を主に伝えられる東方の宗教だ。

 西方に広まるゴドー聖教ほど圧倒的ではないが、それでも信者の数は相当に多い。

 ちなみにウメとは悟りを開いた者を指し、祈ることで御利益を授かることができる。

 ……が、ここではまだ医者を呼んでくれた方がいい。

 コランも確かにそれなりのウメ信者だが、こういう点では現実主義者だ。

 ふむ、と青年は唸った。


「余所の神様、というかウメ様か。いやまあいいや。とりあえず今、アンタの信仰してる宗教の主役は寝過ごしてるみたいだから、俺を祈れ」

「……え?」

「だから、祈るんだよ。俺を。口聞くのもキツイみたいだから、ほれこうやって印を切りゃいい」


 青年はコランの手を取ると、指を円を描くように動かし、斜めに走らせた。


「あとは、両手を組めばできあがりだ」

「……こ、こうですか」


 戸惑いながら、コランは目を瞑り、名も知らぬ青年に祈りを捧げた。

 どうか、助けて下さい。


「はい、おっけー」


 その言葉と同時に、不意に身体が軽くなった。


「あ……な、治った!?」


 ガバッと身体を起こす。

 身体を、ほのかに青い聖光が包んでいた。

 全身の傷どころか、これまでの逃走での疲労すら消えていた。

 白髪交じりの髪も、口ひげも、コートもとにかく全身水浸しなのは気持ちが悪いが、活力だけは充分な睡眠を取った翌日の朝のように、満たされている。


「そりゃ治るさ。そういうモンだ」

「あ、貴方は一体……」


 祈りの形式は、ゴドー聖教のモノだった。

 かつて弟子だった者が、敬虔なゴドー聖教信者だったので、それは知っている。

 しかし、こんな治癒方法はコランは知らない。

 ……いや、自分が無知なだけかもしれないが。

 青年は、パタパタと手を振った。そして一緒に流れていたらしい自分の鞄を、コランに押しつける。


「通りすがりの釣り人だ。忘れてくれていいぜ。それよりさっさと行った行った。オレは揉めごとは嫌いなんだよ」

「す、すみません……ありがとうございました。このお礼は必ず……」

「名前も知らない。どこの誰かも知らない。そういう相手にその台詞は不誠実だぜ。大体くっちゃべってる暇があるのか? 何だか追われているんだろう?」

「そ、そうでした……! す、すみませんが、僕はこれで」

「はいはい」



 ペコペコと頭を下げるずぶ濡れ学者と、釣り竿を持った長身長髪の青年はそこで別れようとした。


「そうはいきませんよ」


 港に響くその声に、二人の動きは止まった。


「!?」


 声の方に振り向くと、そこには二十代半ばの、黄色いローブを羽織った青年が立っていた。

 コランがかつてサフォイア連合王国を形成する国の一つ、グリンマ王国に属していた頃に第一助手だった、リュウ・リッチーという青年だ。

 そしてその背後には、四体の人型をした精霊が控えていた。

 赤、青、黄、緑の燐光に包まれている――コランの見たところ、それぞれ、火、水、土、風の精霊だ。

 昨夜、自分を襲った緑が風の精霊だった事も、それを裏付けている。

 その瞳に、感情の色は一切ない。

 リュウのただでさえ細い目が、すうっと糸のように変わった。

 口元をニヤニヤと半月状にして、話し始める。


「手間を掛けさせないでください、先生。見苦しいですよ? 貴方もグリンマ王国の国民、そしてサフィーンの民であるのなら、潔く捕まるべきです。自分の研究で人の命を奪う。それは確かに心苦しいでしょう。しかし、精霊の意志一つと何百何千の兵士の命を天秤に掛けるなら、どちらを取るかなんて自明の理でしょう」

「……はー、これはまたベラベラとよく喋る奴だなー」


 呆れたように呟いたのは、長髪の青年だ。


「先生とか呼ばれるってことは、アンタ教師か何かか?」


 ボリボリと頭を掻きながら、コランに尋ねてくる。


「え、ええ、まあ」

「言っちゃ何だけど、弟子の育て方が悪いとしか思えねーぞ、ありゃ。慇懃無礼が人の姿をしてやがる」

「僕の人を見る目がなかったってことですね」


 その点は本当に残念なコランであった。


「猫かぶってたのかも知れないけど、それでも節穴って言わざるを得ないな」


 青年のコメントは辛辣だが、思い返せば図星以外の何物でもないので、コランは反論のしようがなかった。

 その間もリュウの言葉は長々と続いていた。


「正直先生には失望しています。せっかく私が、より高い地位に就けるようにと尽力してあげたというのに、逆恨みも甚だしいですよ。はぁ……やれやれ。これ以上私に先生を軽蔑させないようにするには選択肢は三つしかありませんよ? 『彼女』の行方を教えるか、先生がグリンマ王国に戻るか、研究資料を全部私に引き渡して下さい。そうすれば、最低でも先生の研究を引き継ぐことができますからね」

「お断りしますよ、リュウ君。僕は君のように(タイラン)を売るつもりはないし、その研究をこのまま、これ以上続けるつもりはありません」


 コランは、リュウの後ろに控える精霊を指さした。


「そうですか……はぁ……しょうがないですね。先生の我が侭に付き合うだけ、時間が無駄に過ぎていくんですよ。こうなったら、力尽くで拘束させていただきます」


 溜息をつきながら、リュウが片手を上げた。

 すると、滑るような動きで四色の精霊達が飛翔し、コランに襲いかかってきた。

 だがそこに、割って入るように長髪の青年が進み出たかと思うと、無造作に拳を突き出した。


「よっと」


 黄金の拳の形をしたエネルギー塊が、空中を舞う精霊達に迫る。


「っ!?」


 コランが仰天する中、精霊達はギリギリその攻撃を回避した。

 未知の敵を相手に、リュウにどうするべきかの判断を仰ぐ為か、空中で停滞する。


「……へえ、あの小僧(ガキ)、またちょっと力をつけたみたいだな。大変、結構」


 青年は自分の拳を見つめ、感心したように呟いた。

読み返したら砂漠の国サフィーンの手前にある小国だった件。

しかも本文だとシトラン共和国乗ってねえ! ……なので、今度加筆しておきます。

位置的にはルベラント聖王国とサフィーン国の間、大陸南東ぐらいが舞台です。

本編の舞台である辺境が北西なので、ちょうど内海を挟んで反対ぐらいの場所ですね。

あと、用語集とか作ってみました。

少しずつ増やせればと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ