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千客万来

「伺いたいことがあります」


 メナに声を掛けたのは、年齢は二十代の半ばほどだろうか、身なりからして平民ではないことが分かる銀髪紅瞳の誠実そうな青年だった。

 名前はネリー・ハイランド。

 アブの記憶では、会議に参加していた吸血貴族、カナリー・ホルスティンの関係者だったはずだ。

 本家から派遣されてきた使者であり、今回の事件の担当補佐だという紹介……だったが、正直人数が多すぎて、アブはあまり憶えていなかった。

 ただ、今回の一件に彼らが関わってくる理由は憶えていた。

 何でも猪達の暴走の遠因に、村の外れに住まいを置いていた吸血鬼が絡んでいたらしく、そのフォローに回っているのだという。

 直接、その吸血鬼から被害を受けたわけでもなし、村の怪我人達の治療費も出たし、アブとしては彼らに対して悪感情はない。

 むしろ、迷惑を掛けたのが同族だったというだけで頭を下げる彼らに、大変だなと思ったぐらいだ。


「何でしょうか、ハイランド様」


 メナの応対に、ネリーは戸惑ったように周囲を見渡していた。


「カナリー様が見あたらないのです。すみませんが、心当たりはないでしょうか?」

「カナリー……ホルスティン様ならナツメ様、つまり狐獣人の方と一緒に温泉に行くと言ってましたよ。ですが……」

「そうですか。ありがとうございます。失礼します」


 彼は頭を下げると、特に急ぐ様子もないのにすごい速度で露天風呂の方に向かっていった。

 アブとメナは呆然と、彼を見送るしかなかった。


「……どこの温泉か、聞かずに言っちゃったな、あの人。ここの温泉とは限らないのに」


 アブの感想に、メナも頷いた。


「ああ、ずいぶんと早とちりな人だな。吸血鬼というのはもう少し、優美なモノだと思っていた」

「俺もだ。ああ、それでさっきの話の続きだけどな。マルテンス村の件。うちの村の連中集めて、こっちでも会議開かなきゃならない。マルテンス村の一件には、ゴドー聖教の教会関係者らと、吸血鬼の一族もしばらく付き合うらしいからな」


 このエトビ村は温泉が主な観光資源だ。

 すぐ近くで新たな温泉が出るというのなら当然その相談は必要だし、何より新たな異種族が近隣に住み着くというのなら、村人達の不安もある。

 村民達での話し合いの設定も、当然の措置だった。


「教会と吸血鬼の合同作業とは……また、聞いただけで仲が悪そうだな、それ。どうするんだ?」


 背中越しなのでメナの表情は分からない。

 だが、苦笑しているのは明らかだ。

 アブも同感だが、首を振るしかない。


「分からん。どうにかするんだろう。もしくは意外に仲がいいのかもしれねえな。俺としては、こっちに迷惑が掛からないなら別にいいけど、村全体の意志は別モンだろ。教会の人達はともかく、もう一方は吸血鬼だからな。杞憂に終わるとは思うけど、話し合いはやっぱりしとかないと」


 はぁ……と、アブは深く溜息をついた。

 その様子が分かったのか、クックックとメナの肩が揺れた。


「……気が重いのはそっちじゃないだろう? 酒弱いもんな、お前」

「おう。どうせ後半は、グダグダの飲み会になるんだよ、畜生……」


 精悍な見かけによらず、アブは酒が苦手なのだ。

 決して飲めない訳ではないが、それでもせいぜい一杯が限界だ。

 それ以降は記憶を失う。

 下戸にとって、田舎の会議(という名目の酒盛り)は、正直重荷以外の何物でもないのだ。


「勧められても断れよ。酔った挙句、介抱してやろうとした女を無理矢理手込めにするのは一度で充分だろう」

「あははははー」


 ちくしょーと半泣きで笑うしかないアブであった。

 責任を取るために、今は遠方にいる相手の両親に手紙を送ったが、さすがに外国宛では届くのも時間が掛かるらしく、返事は戻ってきていない。

 一応金細工師に、指輪は作ってもらったが、まだ渡すタイミングに困っている最中でもあった。

 幸いな事に、メナはその話を深く追求する気はなかったらしい。


「しかしまあ、温泉の掘削跡の奥にすごい財宝が眠っていたとはね」


 あっさり話を変えてくれ、アブはホッとした。


「ん、ああ、それか。今、賞金首にされてる連中の隠し財産らしくて、相当な額らしい。換金してない魔道具もかなりあるとかかんとか、『ご隠居さん』がおっしゃってた」


 半吸血鬼、クロス・フェリーとその仲間達はため込んでいた財産を、マルテンス村の外れにあった温泉掘削跡に隠していた。

 それらは一旦、冒険者ギルドが預かり、彼らの被害に遭ったという申請の分は返却という扱いになっている。

 それ以外に、マルテンス村の再建などの計画もあるのだが、とにかく確実に言えるのは、そのクロス某らの成果は、基本的に冒険者ギルドによる事実上の没収になったということだ。

 その賞金首連中も長くはないだろうな、というのは、素人であるアブにも分かった。

 資金がなければ困るのは、冒険者だろうが村人だろうが同じである。


「残ってた資産はほとんど、裏ギルドが運営してる金融業者に預けてたらしいが、こっちが差し押さえられるのも時間の問題らしいな」


 もっとも、都市の中の話らしいので、アブやメナには関係のない話だが。

 などと二人が話していると、新たな客がやってきた。

 旅行鞄を手に持った、背広姿の壮年の男だ。

 眼鏡を掛けた冷厳な目つきと顎髭から、アブはどことなく学者を連想した。

 ただ、背が高いせいですごい迫力だった。


「これはフィリオ様。おかえりなさいませ」


 メナは外向けの笑顔で、宿泊客であるフィリオ・モースに応じた。

 素性は分からないが教会の関係者らしく、よく司教と呼ばれている白い女性と一緒にいる姿を見かけることがあった。


「うむ。ひ……息子は帰っているだろうか」


 そわ、とフィリオは、部屋のある方角へ視線を向けた。


「いえ、確かまだ外かと……」

「何か聞いているだろうか」

「そうですね……村の外れで遊んでくるとおっしゃっていましたが。いつも一緒にいる冒険者パーティーのメンバーと一緒なので、大丈夫かと」

「そうか。分かった。感謝する。荷物を頼む」

「は、はい」


 フィリオは鞄をカウンターに置くと、まるで風のように宿を出て行った。


「父親にしては過保護のような……お前も、ああなるのかね?」


 フィリオを見送り、メナは椅子に座り直した。


「想像もできねえな」


 メナの問いに、アブは肩を竦めた。


「それぐらいはしてもらわなきゃ、困るのだが……」

「?」


 何故か腹を撫でるメナが、アブにはよく分からない。


「すみません」


 露天風呂へ向かう通路側から、声が響いた。

 今日は大忙しだ。

 アブが視線を向けると、右手の出入り口から全身真っ白の女性がカウンターに近づいてきていた。

 年齢は二十代半ばほど、ほんわかした印象だ。

 亜人の血が入っているのか、耳が長く伸び、山羊のような丸い角と先端が槍のような細い尻尾を生やしている。

 ストア・カプリス。アーミゼストの司教を務めている女性だ。


「あ、はい。カプリス様。どうかなさいましたか?」

「なさいました」


 のんびりとした口調のちょっとずれた返答に、一瞬アブは言葉に詰まった。


「……は、はぁ。どういったご用でしょうか?」

「その、この宿の、露天風呂に入りたいと思ったんですけど、ちょっと道に迷ってしまいまして」


 頬に手を当て戸惑うストアに、アブは右手の出入り口を指さした。


「……今、カプリス様がやって来た方向を、まっすぐ突き当たりとなります」

「まあ」


 深々とお辞儀をするストア。


「これはありがとうございます」


 そして彼女は『()()』に向かった。


「どういたしまして。――そっちじゃないです、カプリス様」

「あらあら」


 微笑みを絶やさないまま、ストアは反転し、右手に消えていった。


「……あれが、ゴドー聖教の司教様なんだよなぁ」


 カウンターから身を乗り出してそれを見送り、アブは息をついた。


「頼りないか?」

「いや、これがなかなか。例の半吸血鬼の調査でも、何だかんだで教会側として指揮を執ってたみたいだしな。そもそも教会と吸血鬼が手を組むなんて、普通考えはしても実行に移すまでは中々難しいだろ」

「確かにな。……そうか、心配はいらなさそうだな」


 何だか含みのある物言いをするメナに、アブは振り返った。

 大分楽になったのか、メナは椅子に座ってくつろぎ、残っていたレイムの蜂蜜漬けを食べている。


「何の話だ? 教会の心配なんて、俺の葬式の話か何かかよ」

「惜しい。黒じゃなくて白い話だ」


 意味がよく分からない。

 黒というのは葬式のことだろうが……じゃあ、白ってのは何だ?


「……さっきから、ちょっと、話が見えないぞ?」

「責任の問題さ。それと、あと何ヶ月かしたら私は働けなくなるからな。それまでに仕事を覚えてもらうぞ、()()()()


 言って、彼女(メナ)は、旅行に出ているアブとメナの両親から届いた手紙を、懐から取り出した。

なんか主人公達不在のターンが続きましたが次回から……あ、すみません、次回番外編です。

タイランのお父さんの話になります。

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― 新着の感想 ―
[一言] あ~、そういう(笑)
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