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湿気対策

 柔らかな光が、亜空間を包み込んでいる。

 正面には、水を流す壺を抱えた泉の精霊像と大きな泉の湯が見えていた。


「なあカナリー、その様子だと、湿気の問題は解決できたのか?」

「一応はね。もっともどうにかしたのは僕じゃないけど」


 スウッと湯気のように漂っていた何かが、こちらに近づいてきた。

 いや、湯気ではなく、それはタイランだった。


「あ、シルバさん」


 シルバは、思わず足下を見た。

 確かさっき、瓢箪をタイランが持っていて……。


「え? あ、あー……外にあったのは、外殻だけか!」


 シルバは納得した。

 つまり、甲冑部分は外に、そして本体である人工精霊のタイランは、この亜空間にいたということなのだろう。


「はい。外の方では、カナリーさんの従者のお二人が見張ってくれています」

「そうなのか。気付かなかった」


 夜の闇の中でも、あの赤と青の従者二人は結構、目立つと思うのだが。


「そりゃ気付かれないように、木の上で警備に立ってもらっていたからね。……自分で言うのもなんだけど、あの二人は警備にするにはちょっと派手だ。逆に人目を惹いてしまう」

「そうだな。何しろ主からして、メチャクチャ派手だし」

「だが、改めるつもりは微塵もない!」


 カナリーは、ふん、とふんぞり返った。

 何を威張っているのやら。


「そりゃ構わないけどさ。セキュリティに関しても、今後の課題だな」


 タイランの甲冑は牽制にはなるだろうが、この甲冑を盗もうと考える輩だっているかもしれない。

 外には猪たちもいるし、さすがに今、盗まれることはないだろうが、シルバとしては交代制で見張りを立てるのが基本になりそうだな、と考えていた。

 それにしても……と、ふとシルバは空気が妙に澄んでいることに気がついた。

 泉の湯から離れているとはいえ、この亜空間はもう少し湿度があったような気がする。

 カナリーは解決したというが……。


「ってずいぶんと眩しいな」


 視界の端に、妙に眩さを感じ、シルバはそっちを向いた。

 突き刺すような光を放つ球体が、そこには浮かんでいた。


「灼熱の精霊じゃないか!」


 思わずシルバは後ずさった。

 しかし、タイランもカナリーも、特に慌てた様子はない。


「あ、だ、大丈夫です。あの子は敵じゃないですから……その、私が、説得しましたから」

「説得?」

「はい」


 タイランの言葉にシルバが目を瞬かせていると、カナリーが肩を竦めた。


「混沌の精霊と同じだよ。一旦タイランの中に取り込んで、鎮まるのを待った。全属性のタイランだからこそできた技だね。どちらかといえば、僕達吸血鬼の眷属化に近いよ」

「そ、そんなすごい技じゃないんですけど……」


 タイランは困ったような笑顔を浮かべ、照れていた。

 一方カナリーは、そんなタイランを恨めしそうに見ていた。


「うん、タイランにとってはそうなんだけどね、錬金術師や精霊術師の視点で見るとかなり非常識だからね。そもそも荒ぶる精霊と同属性の精霊を引っ張ってくること自体、困難だから」

「どうどうどう、カナリー落ち着いて。それでタイラン、ここに灼熱の精霊が出ているのは、何で?」

「あ、湿気対策です」


 サラッと言うタイランに、シルバは頬を引きつらせた。


「……さっきまでの強敵が、生活魔術レベルに活用されるのって、なんか地味に凹むモノがあるな」

「発想自体は、カナリーさんの案です」


 お前が元凶か、とシルバはカナリーを見た。


「いや、でも本当に役には立ってるんだよ。この辺りの湿気はあらかた吸収してくれるし、おそらく洗濯物を乾かしたりするのにも、役に立つよ。まあそれ以前に、簡単な洗い場を用意する必要があるけどね」

「水場での戦いの後や、雨の日の活動が捗るだろうな」


 シルバは灼熱の精霊を改めて見た。

 少し離れていても、精霊が高熱を発しているのは分かるので、あまり近づかない方がいいだろう。

 けれど、精霊の方もこちらを気遣っているらしく、戦った時のような敵意は感じられなかった。

 ……まあ、タイランの言う通り、これなら大丈夫そうだ。

 師匠であるストア・カプリスの意見を聞こうかと振り返ったが、そこに彼女はいなかった。

 少し離れた木陰で、ストア・カプリスは既に眠っていた。

 同じように、キキョウは刀を抱えたまま座った状態で眠り、リフも身体を丸めていた。


「先生、寝るの早いな……!」

「このぐらいの明るさなら、木陰でも利用すれば眠るのにも支障はないけどね。寝袋とアイマスクは欲しいかな」


 カナリーは、柔らかい光を放つ空を見上げた。

 すると、タイランがスッと手を上げた。


「えっと……闇の精霊を取り込んで、空を暗くしてもらうっていう手段も、ありますけど……」

「うん、ある。あるし、多分とても助かる。でも、何というかね、うん、錬金術師的に本当にそれ、微妙に納得いかないというか、聖剣をイモの皮むきに使われてる感があるというか……!」


 どんどん目が死んでいくカナリーであった。

 理解できない天才を相手にする、秀才のような気分なのだろう。

 これはいかん、とシルバは話に割り込んだ。


「まあ、しばらくはアイマスクを使えばいいんじゃないか。あと、気候的には、寝袋よりもブランケットでもよさそうだな」

「さすがにベッドは贅沢か。いや、持ち込み自体はやりようがあるけど、やっぱり風景的に無粋だな」

「無粋というかシュールというか……」


 泉を囲む森の中。

 そこに、貴族が使うベッドが一つ。

 ……ミスマッチにも程がある、と思うシルバだった。


「まあ、何にしろ、そろそろ休んだ方がいいだろ。……明日から、またちょっと忙しくなりそうだし。俺達、休みに来たはずなんだけどなあ……」


 シルバは遠い目をした。

 結局、また色々な目に遭った一日であった。


「大体、シルバが絡むとこうなる」


 カナリーがサラッと失礼なことを言った。


「俺のせい!? ちょっ、タイラン目を逸らすな! 微妙にその優しさ、逆にきつい!」


 そんな風に騒いでいると、何やら後ろから足音が響いてきた。

 いや、足音には違いないが、これは人ではなく四足歩行の獣の足音だ。

 振り返ると、そこにはバレットボアにしがみついた、ヒイロがこちらに近づいてきているところだった。


「どうどう。あ、先輩たちも、もうおやすみ?」

「ってヒイロはヒイロで何してんの!?」


 当たり前のように首を傾げるヒイロに、シルバは突っ込んだ。


「え、乗馬」

「馬じゃねえ! 猪だそれ! つかどうやって持ち込んだ!」

「あ、一緒に入っただけ。後この子、ウチで飼っちゃダメかな?」


 シルバは、頭を抱えた。


「待って、待ってくれ。何だこれ。なんでここで俺、お母さん役な立ち位置になってるんだ? というかカナリー、ツッコミ手伝ってくれ。俺だけじゃ荷が重い……」

「ああ、アイマスクは、タオルでも代用ができそうだね」


 カナリーはストアたちが眠っている木陰に向かっていた。

 ナチュラルに、シルバを無視していた。


「爽やかに見捨てに掛かった!?」

「先輩、ダメかなー」


 耳塞ぎてえ……!

 シルバは思わず、後ろのヒイロの言葉に首を振った。

 否定ではなく、現状シルバの頭の処理が追いつかないのだ。

 眠気も割と強かった。


「あー……えーと、ソイツとの話し合いとか、メイジェルと相談するとか色々あるけど……とりあえず、俺ももういっぱいいっぱいだから、寝る」

「じゃあ、ボクも寝る! タイランもだよね。よーし、お前も一緒に寝ようか。名前は……」

「……それは、本当にみんなと相談した後にしてくれ」


 とにかく今は寝よう、と木陰に向かうシルバであった。

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