ストアの法衣と教会の見解
夜の森に、軽く翼をはためかせて、ストア・カプリスは静かに着地した。
「先生、お疲れ様です」
「ロッ君、お疲れ様~……そろそろ限界だから、一眠りしますね……どこかに枕とか、ありませんか?」
もう、真夜中といってもいい時間だ。
ストアが眠そうなのも、無理はない。
それに、おそらく辺境都市アーミゼストから文字通り休まずきたのだろうから、シルバもうるさいことを言うつもりはなかった。
「さすがに枕はありませんけど……出っ張った木の根とかぐらいしか」
あとは、大きめの石に布を巻き付けるか。
それぐらいしか、シルバとしても枕の代用品は思いつかなかった。
「うーん……木の根はちょっと硬いですね。……仕方がありません」
ストアは、法衣の襟を立てると、そこに息を吹き付けた。
すると、襟の周囲が膨らみ、空気製の枕に変化した。
「寝床はありますか?」
平然と、そんなことをいうストアに、シルバは呆気にとられた。
「待って、先生!? そのフード、そんな機能があったんですか!?」
「え? ああ、特注品です」
そして、ストアは首の後ろにあるフードに手を伸ばすと、それをかぶった。
「ちなみにフードの上の方には、アイマスクが仕込まれてます」
フードの上部を指で引っかけ、黒い覆いを引っ張り出す。
簡易的なアイマスクの完成であった。
「なんて無駄な、特注なんだ!?」
「これなら、いつでもどこでもお昼寝ができます」
「居眠りに駆ける情熱は、本当にすごいですね!」
「人間眠れる回数は限られているのですから、より質のいい眠りを得るべきだと思うのですよ」
「どっかで聞いたような台詞をパクりやがったよ、この人!」
「シ、シルバ殿、そろそろ落ち着いた方がよいのだ。このままだと、シルバ殿がツッコミ死んでしまう」
「斬新な死に方だなあ……っ!」
とはいえ、キキョウの言葉ももっともなので、シルバも抑えることにした。
「ロッ君の分も、言ってくれれば用意しますよ? 専門の職人にコネがありますから」
「……普通に、職権乱用じゃないですか」
「いりませんか? ちなみに裏地の方に、薄手のブランケットを収納できるポケットもあります」
「……すみません、ぶっちゃけちょっと欲しいです」
今更ながらにとんでもない司教ではあるが、冒険者用の装備として、有効そうなのは間違いない。
「はい。それじゃ、替えと併せて二着用意しときますね。ああ、そうそう、ここでのお話も。聞いておかないといけませんね。報告書は後回しとして、口頭でお願いできますか」
「分かりました。まあ、そもそもここに来たのは、教会に申請したとおり、普通に休暇的な意味合いだったんですけど……」
シルバはストアに、今朝から続いた猪や灼熱の精霊との戦いの経緯を説明した。
立ち話としては長すぎたので、シートを敷き、キキョウやリフの補足も交え、座っての話となった。
すべてを聞き終え、ストアは水の入ったコップに口を付けて、頷いた。
「なるほど、分かりました。通常、モンスターは討伐対象なのですが、知性があり友好的――この場合は話し合いの余地がある――場合ですと、共存は可能でしょう。あくまで、教会側の意見ですが」
「冒険者ギルドが、どうとるかってところですか」
辺境都市アーミゼストとその周辺は、ストアの管轄教区だ。
エトビ村との話し合いも、ストアに任せて大丈夫だろう。
ただそれは、あくまで教会としての見解であり、それ以外の組織はまた別問題なのである。
そしてこの辺境における勢力として、冒険者ギルドもまた大きな組織なのであった。
教会がやめよといっても、冒険者たちが猪たちを討伐対象とする可能性は、考えられるのだ。
「大丈夫だとは思いますけどね。どちらかといえば、話に出てきた『泉の瓢箪』の方が問題ですよ」
「伏せといた方がいいですか」
シルバは、沼地に視線を向けた。
今はタイランが瓢箪を持っており、時折カナリーが消えては現れたりを繰り返していた。
はて……?
ふと、シルバは気になった。
いつの間にかヒイロがいなくなっているのだ。
どこに行ったのだろう。
いや、それよりも今は、ストアとの話が優先か。
何かあれば大声を出すぐらいのことはするだろうと、シルバは判断した。
「はい。『泉の瓢箪』のことだけではなく、泉の精のことも含めてになりますね。本人には私の方で、話を通しておきます。まあ、フィリオさんが来てくれたので、ほとんど投げっぱなしでいいと思うんですけど」
サラッと丸投げを宣言するストアである。
「……先生、思っててもそれ、口には出さない。まあ、『泉の瓢箪』のことは分かりました。……総本山に知られたら、取り上げられることは目に見えてますからね」
教会も一枚岩ではない。
沼地のことも、ストアは共存を唱えたが、別の司教ならば討伐を命じていた可能性だってあったのだ。
異種族共存派、人間至上主義、もしくは特定の種族至上主義、その中でも穏健派に過激派と、様々な派閥が存在する。
もっとも、人間至上主義の司教は、人種の坩堝であるこの辺境など、教皇の命令でもなければまず、赴任することなどあり得ないだろうが。
その中でも伝統派と呼ばれる一派は、聖剣やマジックアイテムの類はすべて、教会の管理下に置くべきであると、強硬に主張している。
彼らが知ったら、間違いなく『泉の瓢箪』は教会の管理下に置かれることになるだろう。
「もちろん、一番上、教皇様には報告しますけどね……蔵に収蔵したところで、こういうモノは自己満足以外に意味がありませんし。いけませんね、こういうことを考えていると、どんどん眠たくなってきます。ロッ君、もうこのまま寝ちゃっていいですか?」
「いやいやいや、寝るのは時間的に全然構いませんけど、さすがに先生の立場で野宿はまずいでしょう!」
「ロッ君。私が村まで戻れると思いますか? 無理ですよね」
「どうしてそこでドヤ顔になるかなあ!?」
突っ込むシルバの裾を、リフが寝ぼけ眼になりながら引っ張った。
「にぅ……お兄、リフも眠い」
「ぬう、さすがに猪たちも大半が眠りつつあるしシルバ殿、某たちも休むべきではないであろうか」
リフやキキョウもそういうのなら、シルバにも異存はない。
泉の湯に浸かったとはいえ、睡眠を充分とったとは言い難いのだ。
シルバは立ち上がった。
「……まあ、ちょうど『泉の瓢箪』を拠点にできるか、テストしたがってる奴がいますから、協力してください」
「実験台ですね。分かりました」
「人聞き悪いな! しかも微妙に合ってるから性質悪いし!」
シートを畳み、シルバたちは『泉の瓢箪』の検証をしているタイランたちに近づいた。
「やあやあ、先生協力に感謝するよ。といっても、僕達ももう、中で休むつもりですけどね」
「はい。よろしくお願いします」
カナリーの手を、ストアが握った。
「ちなみに入れるのは、泉の精が認めた僕達だけなんですけど、ちょっとした裏技がありまして。このままお手をお借りしたままでも、よろしいですか?」
「はい」
カナリーは、空いている方の手で瓢箪に触れた。
すると、カナリーと同時にストアの姿も消失した。
「……なるほどね」
シルバたち以外は入ることができない『泉の瓢箪』だが、そのシルバたちと共になら、中に入ることができるらしい。
シルバも、瓢箪に手を触れ、泉の亜空間に入った。
すみません。
このエピソード、終わる終わると言いながら、先生との会話が楽しすぎてダメでした。
あと、本日『生活魔術師達、天空城に挑む』が各書店にて発売となっております。
よろしくお願いします。




