帰路
「如何ですか?」
スッと、シルバとリフの脇に、泉の精が出現した。
「俺としては文句の付け所がないです。ありがとうございます。リフはどうだ?」
「にぅ……ちょっとご相談」
リフはススス……と泉の精に近づくと、小声で耳打ちした。
「……はぁ。なるほど……そちらは思いつきませんでした。お肉のある人たちは、不便なのですね」
「に、不便。他の人の意見も聞いた方がいい」
シルバには、リフと泉の精の話の中身までは聞こえなかった。
個人的には、風呂があるだけで充分過ぎるのだ。
これ以上は罰が当たると思うのだが。
肉のある人たち、というのはつまり、泉の精のような精霊体には無縁であり、シルバたちのような肉体を有する者たちが持つ何かを、リフが指摘したのだろう。
話が終わったのか、泉の精がシルバの方を見た。
「そちらの方の意見はどうします?」
「にうー……」
てっきり話の内容が聞けると思ったのに、何故かリフは両目を糸のようにして、語尾を伸ばした。
どうも、答えに悩んでいるようだった。
「なあ、ちょっとさっきから何の話?」
「……に」
シルバが促すと、リフはしばらく沈黙し、コテンと首を傾げた。
「少し、デリケートな話。みんなの意見が必要」
泉の湯の前に、シルバたちは集まった。
泉の精はその光景を、ニコニコと見守っていた。
リフの話を聞き、キキョウたちは大真面目にそれを検討し始めた。
「それは確かに、あるならばそれに越したことはないのである」
「同感だね。手間が掛からないっていうのなら是非に」
キキョウの意見に、カナリーは何度も頷いていた。
もっとも熱心なのは、この二人だ。
ヒイロは胡座を掻き、キキョウたちの話を聞いていた。
「ボクもキキョウさんたちに同意見かなー。あったら、確かに助かるよね」
「でも、湯の前にそれを設置してもらうというのは、ちょっとどうなのでしょうか……?」
「それも、分かる」
「場所は離してもらえるなら、それに越したことはないかな。転移陣のこう、右手とか」
カナリーは、転移陣の脇を指さした。
ちなみにシルバはほとんどノーコメントで、キキョウたちの話を聞いていた。
「トイレかー……確かにデリケートな話だよなあ」
冒険者にとっては、地味に切実な問題なのである。
一番無防備になってしまう状態だが、かといって仲間に警戒してもらうのも難しい。それはつまり、仲間に自分の状態が分かってしまう範囲にいてもらうということなのだから。
見張る方だって、割と辛い。
ここにそれを設置してもらえるなら、その問題が一気に解消されるのだ。
モンスターを警戒しないで済む、というのは大きなメリットだ。
「作るのは、そんなに難しくありませんよ。あの辺をいじって、こんな感じでー……」
泉の精が指を振るうと、転移陣から少し離れた場所に小さな泉が湧き、それを覆うように木の切り株のようなモノが生じた。
さらにそれらを隠すように、大きな木がねじれるように地面から生えてきた。
ポッカリと空いた洞穴から、切り株が見えた。
「……如何ですか? 切り株に穴が空いてますから、そこに処理をしてもらう形になります。あ、扉は自前でお願いしてもらうことになりますけど」
泉の精が尋ねると、キキョウとカナリーはビッと親指を立てた。
「「文句なし」」
「じゃあボクも」
ヒイロも遅れて、親指を立てた。
「とりあえず、解決した……かな?」
「に」
「これはさすがに……私はちょっとコメント挟みにくいです」
一応、シルバたちも指を立てておくことにした。
泉の精に礼を言い、シルバたちは沼地に戻ることにした。
湿地帯のあちこちにバレットボアの姿が見え、身体を転がしていた。
その数は、明らかに泉に向かう前よりも増えている。
「んー、猪のみんなはもうみんな、こっちにお引っ越しかな」
ヒイロがそんなことを呟きながら、日光で身体を乾かしているキャノンボアのメイジェルに近づいた。
「ブフゥ」
陽光が気持ちいいのか、メイジェルは目を細めたまま、身体を丸めていた。
そしてその周囲には、小さなうり坊が同じように身体を丸めている。
……そこに猪神もこっそりと混じっていたが、わざわざ指摘することもないだろうと、シルバは黙っていることにした。
リフは、廃村のあった方角を指さし、シルバを見た。
「……に。境界線は、廃村になるっぽい。あそこまでなら、人間入り込んでもいい」
「それより奥は?」
「にぅ、交渉次第」
「……まあ、最初から戦うつもりでくるなら応じるって感じか?」
「に、合ってる」
まあ、その辺は普通の村と変わらないよなあ、とシルバは思った。
武器を持った余所者が自分たちの住処に入ってくるなら、普通は逃げるか戦うかだ。
そして猪たちには戦闘力がある。
ならば、戦う方を選ぶだろう。
では、戦うつもりがない人間が入り込んできた場合は、どうか。
すなわち、森の恵みである木の実やキノコを求めにこの沼地へきた人間だ。
「でも、何を取引するんだよ。基本物々交換だとして、人間側から渡せるモノとかあるか?」
「にぅー……猪たちが採りにくい木の実とか、加工した食べ物、お酒。あと、布、染料とか装飾品。今のままだと、野生のモンスターと区別がつかない」
「そうか、変な言い方だけど土着信仰も持つ、文化的なモンスターだったな。……原住民って考えれば、人間と変わらないか」
布を身体に纏ったり、染料で化粧すれば、宗教っぽくなるかもしれないと、シルバは思った。
「に。そういう考え方できるヒト、あまりいない」
「お肉ーっ!! これ全部食べていいの!?」
いきなり、そんな歓声が上がった。
もちろん、声の主はヒイロだ。
そしてその前には、様々な肉や果物が山になっていた。
「ブフゥ……ッ!」
メイジェルが、手下のバレットボアに用意させたモノなのだろう。少し得意げだ。
「むうぅ……アレは少々、野性味が強すぎないかい?」
「まあ、さすがにお主には少々癖が強すぎるかもしれぬな」
唸るカナリーの肩をポンと叩く、キキョウであった。
「僕を舐めないでもらおうか、キキョウ。こういう滅多に味わえない経験も、冒険者の醍醐味さ。あ、ただし生はさすがにないから、調理はさせてもらうよ。ヴァーミィ、セルシア、やるぞ!」
だが、カナリーも食べるつもりのようだった。
赤と青の従者を従え、食物の山に向かっていった。
それを見送り、シルバはリフに尋ねた。
「……一応確認しとくけど、共食い的な素材はないよな?」
「に、野ウサギとか鹿」
「それなら、いいんだ」
す、とタイランが手を上げた。
「あの、シルバさん。……これは、今日はここで一旦泊まりの方がいいんじゃないでしょうか。エトビ村に戻るには、ちょっと中途半端な時間になりそうですよ」
「そうだな。『泉の瓢箪』を実際に使ってみる、いい機会でもあるし、そうしようか。泉の方で寝泊まりできるかどうかも、実際試してみたいしな」
「はい」




