四つの選択
お待たせしました。
寝坊+文章量が思ったより増えたので大遅刻です。
上体を泉の縁に預け、カナリーは手で湯を掬った。
「それにしても、これもまた興味深いね。一見するとただの水だけど、まるで重さを感じない。ほとんど空気と変わらないようだ」
水はさらさらと手からこぼれ、飛沫も上げずに水面へと落ちていく。
「にぅ……似た霊泉なら、モース霊山にもある」
ススス……とリフはシルバに寄ったかと思えば、その膝の上に乗った。
あまりに自然な動きだったため、誰も気付かなかった。
何せ乗られたシルバも、一瞬「!?」となったが、下手に騒ぐのもどうかと判断し、黙認したぐらいである。
「ああ、あの秘境ならあり得るよねえ」
カナリーはそのリフを見、湯の癒しに軽く吐息をついて、それからもう一度リフを見て目を丸くした。
……が、やはり騒ぐのもどうかと判断し、黙っていることにした。
「これに似たお湯も、リフ、知ってる。でも、息はできない」
「普通、水の中で呼吸できる方がどうかしているよ。ヒイロなんてもう、溺死していてもおかしくない」
石を枕にしていたヒイロだったが、身体がずれて完全に湯の中に沈み、そのまま眠っている状態だった。
気持ちよさそうだし、放置していても問題はないだろう。
「それにしても、身体の痛みとか頭の疲れとかも抜けていってるような気がする……」
リフと一緒に、シルバはダランと身体を弛緩させていた。
それに、カナリーも同意する。
「あー……それはちょっと分かる……回復薬的な効果もあるのかもねえ……」
「お気に召しましたか?」
水面に浮かんだまま、泉の精は微笑んでいた。
「実に興味深い。持って帰って調べたいぐらいだよ」
カナリーの言葉に、泉の精は少し困った顔をした。
「うーん、それはちょっと難しいかと思いますよ。この環境でないと、生じない霊泉ですし……」
「た、多分、森の外に持ち出したら、長持ちしないんじゃないかと思います……」
精霊体のタイランも、首を振った。
ちなみにタイランは甲冑の方もまた湯に浸かっているが、本体が外に出ているため、あまり意味はない。
……何にしろ、ここの湯の効能は、この付近でしか効き目がないようだ。
「そうか、それは残念だ」
「ですね」
「携帯式の、研究施設を開発するべきかな」
「カナリーさん!?」
「金持ちの発想すげえな」
タイランと同じく、シルバもどこか呆れていた。
一方、キキョウはどこか居心地悪そうに、胡座を掻いていた。
「それにしても……服を脱がずに済むのは助かるのであるが……やはり落ち着かぬなあ」
「にに……ちょっと変わったコタツみたいなモノ」
目を細めて湯を堪能するリフのコメントに、ハッとキキョウは目を見開いた。
「! なるほど、そう考えれば、少し楽になったのである」
「コタツ?」
シルバが首を傾げた。
「東方に伝わる魔性の箱だよ。一度はまったら抜け出せない」
微妙に間違っていない知識を、カナリーが披露した。
「何そのトラップ。ミミック的なモノかよ」
「ある意味、合っているのである」
「にう」
「えぇー」
コタツの正体を知っているキキョウとリフが頷いたので、シルバは驚いた。
「くー……」
その間、ヒイロはずっと眠っていた。
泉の湯から出て、シルバは自分の法衣を触ってみた。
「おお、本当にあっという間に乾いた」
「んー……」
シルバやキキョウで引きずり出したヒイロはまだ、ボーッとしていた。
「とりあえず、ヒイロはもうしばらく、このままにしておいた方が良いと思うのである。……下手に覚醒させると、またお腹が鳴るのだ」
「……確かに」
宿に戻ると、すごく食べそうだなあ、と思うシルバであった。
キキョウは、腰の具合を確かめるように、身体を動かしていた。
「それにしても、実に身体が軽くなったのである」
「泉の回復効果か……いや、それだけじゃないような気もするな」
「に、装備がちょっと強くなってる」
リフは、自分のコートの裾をつまんだ。
言われてみると、シルバも自分の法衣が少し軽くなったように感じられた。
だが、ゴドー神の加護が失われた様子もない。
「はい。うちの泉の魔力が染み込んで、そういうことが起こるようです。ああ、でもその殻はちょっとダメみたいですね」
泉の精は、甲冑の中に戻り、地上に出ようとしているタイランを見た。
ふぅむ、とカナリーが唸る。
「絶魔コーティングされた甲冑は、さすがに無理か。……ん、つまり、魔力的な防護が服に宿ったってことかな? これは、複数回可能なのかな、泉の精さん」
「それはちょっと、難しいですねえ」
「そうかい、それはちょっと残念。でも、貴重な経験だ」
自分のスーツの具合を確かめるように、カナリーは袖を引っ張った。
「それでは改めまして、ようこそ森の泉へ。そして沼地を甦らせてくれて、ありがとうございます」
水面に立った泉の精と、シルバたちは向き合った。
「一つ質問があるんだけど、あの猪達の頭が妙に良かったのは、この泉の効果だったのかな」
カナリーの問いに、泉の精は頷いた。
「はい。沼地本来の水質と合わさって、知性に影響を与えるようになったようですね。彼らは毎日その水を飲み、身体を清めていましたから……」
「ふうむ……ますます研究意欲がわいてくるねえ」
下手をすれば、この地に留まりかねない、カナリーである。
その様子に、シルバはキキョウに囁いた。
「……カナリー、このまま、この辺に新しい『牧場』を作りそうな勢いだな」
「シッ、本当にやりかねぬ故、口に出さぬ方が良いぞ、シルバ殿」
そんなやりとりをしている間にも、泉の精は小さな光の玉を四つ放った。
灼熱の精霊のような貫く眩さはなく、柔らかい光を放っている。
「この森に棲むモノとして、感謝を。そしてお礼としていくつか考えましたが……如何いたしましょう。どれか一つをお選びください」
シルバたちの前に並んだ四つの光には、何やら模様らしきモノが浮かんでいた。
最初に、左端の光が強さを増した。
中には人の形をした模様が浮かんでいた。
「一つは、力の加護です。水を口にすることで、一時的に体力がつくようになります」
「つまり……体力増強の祝福、『力樽』か。その加護がもらえるなら、俺の負担が減るな」
泉の精の説明に、シルバは考え込む。
「こちらは、全員に授けることができます。効果がなくなるとすれば……この泉が枯れた時になりますでしょうか。そうした状況でなければ、加護は永続的です」
「いいな、それ」
各人が水を飲むだけでその効果を得られるのなら、シルバは他の作業を行なうことができる。
「ただし、新たな仲間が増えた場合は、再びこちらを訪れてもらわなければなりませんが……」
「そんなの、デメリットでも何でもないだろう?」
「ああ。すごい加護だと思う」
カナリーが肩を竦め、シルバも同意した。
最初の光が鎮まり、すぐ隣の光が強さを増した。
中にはハート型の模様があった。
「一つは、生命の加護です。一度だけ、致命的な傷を負っても、瞬時に復活できるようになります。ただし、力の加護と違い、一度使えばもう一度ここを訪れるまで、この加護は失われます。また、全員で一度になります」
「つまり加護は僕達全体で一ってことかな」
カナリーが質問すると、泉の精は頷いた。
「はい、その解釈で合っています。また、一つ目の加護と同じく、新たな仲間が加わった場合には、その仲間にこの加護は授けられておりません」
「やっぱり、もう一度、ここに来なきゃならないってことか。……これもまた、大きいと思うよ、シルバ」
「だな。命は大事だ」
最初の加護が戦う前の準備なら、二つ目はもしも負けそうになった時に役立ちそうな加護だ。
回復支援役のシルバがいるとはいえ、どうしても間に合わないことだって、ないとは言い切れないのだ。
悩むシルバに、次の光玉が輝いた。
「一つは、こちらになります」
中には、武具の模様があった。
その模様から、いくつかの武器が実際に出現し、宙に浮かんでいた。
真っ先に反応したのはキキョウだ。
「ぬ、武具であるか。……どれも、魔力が込められているのだ」
「泉や沼地、この森の中で失われた武具の数々です。どれにも、水の加護が授けられています」
「あの、こちら、氷の加護のもあるみたいなんですけど……」
タイランは、槍を指さした。
その穂先から、冷気が漏れていた。
「戯れで、作ってみました。こちらは、熱湯が出ますよ」
泉の精が指し示した長剣からは、なるほど湯気が放たれていた。
「飛び道具としても使えるのか。……これもまた、興味深いね。短剣程度なら僕やリフでも扱えそうだし、氷や熱湯は、生活雑貨としても有用そうだね」
実際、その短剣を手に取り、カナリーが言う。
「特に氷は欲しいなあ」
ますます、シルバの悩みが増えていく。
武具が消え、最後の光の玉が輝いた。
中には、大小のこぶが繋がった模様があった。
「そして最後はこの瓢箪です」
「にう……それ」
ピクッと反応したのは、リフだった。
「知っているのかい、リフ」
カナリーが聞くと、リフは頷いた。
「異界に通じる瓢箪。色々ある。中に入ると溶けたりするのとか」
「物騒だな、おい」
「そういう種類のモノもありますが、これは違いますよ」
警戒するシルバに、泉の精は苦笑いを浮かべた。
「中には温泉があります。広さとしてはささやかなモノで、この周辺程度しかありません。お湯にも特別な効果はありません。ただ、温泉に入れるだけの瓢箪です」
つまり、温泉の異界に通じるマジックアイテムだ。
「出入りは? 一度入ったら出られないとか……」
それでもカナリーは慎重に、質問した。
「大丈夫ですよ。出入りも自由です」
そして光の玉の光は静まり、泉の精がシルバたちを見渡した。
「ただ、ルールとしては、どれか一つとなっていますので……如何いたしましょうか?」
シルバたちは顔を見合わせ、その中の一つを指さした。




