泉の精との遭遇
タイランは、沼地の水と一体化していた。
なので、バレットボアたちが喜んで身体を洗っていること、ボスであるキャノンボアのメイジェルは身体を沼に沈めていることが、感覚で伝わってきていた。
ヒイロはおそらく、メイジェルの頭の上で疲れを癒やすべく、眠っているのだろう。
そろそろ自分も、シルバたちと合流しようと意識を水面へと浮上させようとしていたら、何やら声が響いてきた。
『聞こえますか……? 貴方に語りかけています……聞こえますか……?』
もちろんここは水中であり、空気中を伝う声ではない。
念話の類だ。
声の質は落ち着いた女性のような印象を受けた。
妙に遠いような気がするのは、どこか違う場所からの念話なのかもしれない。
だが、この沼地に声が届いているということは、そう遠くない場所にいる何かなのだろう。
『えっと……どちら様でしょうか……?』
『私はこの沼の上流にある、泉の精です……貴方が、この沼を甦らせてくれたのですか……?』
自分の問いかけに応えたのが、霊獣フィリオからも聞いていた泉の精であることに、タイランは驚いた。
『え!? あ、い、いえいえ……私だけじゃなくて、その、パーティーで行動してましたし、猪達も手伝ってくれてましたし……』
『パーティー……宴?』
コテン、と首を傾げるような泉の精の気配をタイランは感じた。
宴ではない。
『い、いえ、そうではなくて、小集団というか……仲間の人たちです……』
『……? 貴方は、人なのですか? ……精霊のようですが……』
泉の精は、どこかズレたような反応を示した。
タイランも、あまり人と話をするのが得意な方ではない。
こういうのはリーダーや、口が達者なカナリーに任せた方が良さそうだと、タイランは判断した。
『えーと……私たちのリーダーを連れてきますから、もう少し、待ってもらえますか……?』
『……人間は、長い時間、水の中で活動が難しいと思うのですが』
『いえ、そうじゃなくて、泉の方に連れて行くって意味です』
これはやはり自分には荷が重いと、改めて思うタイランだった。
『分かりました……お待ちしております……』
そうして、泉の精の意識はタイランから遠ざかっていった。
沼の縁には、タイランの外装である重甲冑と、ヒイロのブーツがあった。
どちらも沼地に沈んでいたモノだ。
タイランの甲冑は尻餅をつき、胴体部分が大きく開かれていた。
中に組み込まれているのは、精霊炉と呼ばれる動力炉だ。
大きな蓋を開き、カナリーは中に呼びかけた。
「『シエロ』、出ておいで」
シルバ、キキョウ、リフは、カナリーが紹介するというシエロの出現を待った。
けれど、反応はない。
カナリーは眉をひそめ、精霊炉を小さくノックした。
「あれ、出てこないな。少し待ってくれたまえ。……シエロ? 何だ、いるじゃないか。どうして出てこないんだい?」
再びカナリーは精霊炉を覗き込み、声を掛ける。
どうやらいるのは、間違いないらしい。
ただ、混沌の精霊があまり乗り気ではないというのは、シルバにも分かった。
「はぁ……相変わらず、人見知りだね。大丈夫だから。噛みついたりしないし、変な実験もしない」
カナリーと精霊の交渉は続く。
何やら痛いところを精霊に指摘されたのか、カナリーは渋い顔をしていた。
「……いや、アレは君の性質や性能を確認する検査であって、実験じゃない。あの老人たちと一緒にされるのは心外だよ。とにかく、出てきてくれたまえ。タイランの仲間でもあるんだ」
すると、重甲冑の下半身が、軽く揺れた。
反応があったようだ。
「そう、タイランの。よしよし、大丈夫だから。というか、普通に君に勝てる人間なんて、そうそういないんだから、そんなに警戒する必要はないのだよ」
カナリーがいうと、精霊炉の中から黒いプラズマ状の精霊が出現した。
黒は黒でも、様々な色を混ぜ合わせたような、黒だ。
時折、赤や黄や緑の光が黒色の中からきらめいていた。
精霊はカナリーの腕の中で、人の形となった。
獣の耳と尾を生やした、三歳ぐらいの女の子だ。
どこか、ふてくされたような顔をしていた。
「おお、可愛らしいのである。その耳は、狼系であるか?」
キキョウが目を輝かせ近づこうとするが、それをカナリーが手で制した。
「取り込んだ色々の内に、その要素があったのかもしれないね。改めて紹介しよう。混沌の精霊シエロだ。ああ、とても人見知りするから、あまり近づかないでくれたまえ。逃げられると、捕まえるのが大変なんだ」
「むぅ、それは残念なのである」
キキョウは渋々、引き下がった。
シルバもそれに倣い、その場から動かないことにした。
「まあ、そういうことなら、この距離をキープだな」
「僕にだって、ようやくある程度心を開いてくれたってレベルで、機嫌次第では引っかかれたり、噛まれたりするからねえ」
「に」
いつの間にか、リフがカナリーのすぐ傍にいた。
カナリーは驚いたが、混沌の精霊シエロは冷めた目でリフを見下ろしていた。
「……」
「にぅ」
リフが手を差し出した。
「……」
口はまったく開かなかったが、シエロも手を伸ばし、リフと手を握った。
「……リフは、問題ないみたいだね。霊獣の仔だからかな?」
「に。あいさつ、おわり」
シエロとの握手をとくと、リフはシルバたちの方に戻ってきた。
その時、沼地の水が盛り上がり、人の形を取った。
「あ、あの……ちょっといいですか?」
タイランである。
「!」
「あ、こらシエロ!」
シエロがタイランの姿を認めると、再び黒いプラズマ状に変化し、カナリーの腕の中から沼の縁に移動した。
「……」
沼の縁で獣人の姿を取ったシエロは、両腕を広げた。
すると、胸の中から光を放つ球体の精霊が出現した。
「ああ、灼熱の精霊を取り込んでくれたんですね。ありがとうございます」
タイランは微笑み、灼熱の精霊を自分の中へ引き込んだ。
「……!」
そのままシエロもタイランの胴体めがけて、飛び込んだ。
まるで溶け込むように、シエロの姿はタイランの中へと溶け込んでしまった。
「ぬ、タイランの中に消えた……!?」
「普段は、タイランに一体化しているんだよ。タイランが言うには特に問題はないらしいよ」
驚くキキョウに、カナリーが説明する。
むう、とキキョウは唸った。
「……では、思うに、先ほど戦った灼熱の精霊たちも、タイランならば最初から取り込めていたのでは?」
キキョウの疑問に対し、シルバは首を傾げた。
「いや、逆に向こうに取り込まれてた可能性もあったんじゃないか? そうなると、戦う前にまた話し合うことになってたと思うから、今回のはこれでよかったんだと思うぞ」
「えっと、あの、それよりもいいですか?」
シルバたちの会話に、珍しくタイランが口を挟んだ。
「ぬ、そうであったな。タイラン、如何した?」
「その、上流の方に泉の精が棲んでいるそうなので……行ってみた方がいいんじゃないかなと……」
タイランは、沼地の上流を指さした。
「そりゃまあ、行った方がいいだろうな。リフ、ヒイロをそろそろ呼んできてくれ」
「にぅ、分かった」
シルバが促すと、リフはキャノンボアの頭の上で眠りこけているヒイロを呼びに向かった。




