荒ぶる灼熱の精霊
「ふうっ!」
赤い猪のオーラを纏ったヒイロが、大きく育った灼熱の精霊を貫き、その後ろへと回り込んだ。
もっとも、精霊は球体であり、背中という概念が存在しないのだが。
「ただいま! あ、熱ッ! タイラン、お水!」
ヒイロの肌は真っ赤だ。
まあ、元々褐色なので、ちょっと分かりにくいが、何しろ灼熱の精霊はいわば熱の塊だ。
普通に考えて、あんな中に突撃しようなんて思わない。
「は、はい、どうぞ! お、おかえりなさい、ヒイロ……よくあの中を突っ切りましたね……」
タイランは両手から水を出し、ヒイロにぶっかけた。
「ふいぃ……生き返るぅ。助かったよ……」
「ど、どういたしまして」
タイランはそのまま、両手から噴き出した水で、地面を濡らしていく。
枯れた沼地だった地面はずいぶんと水分を吸い込み、その色を濃く変えていた。
けれど、周囲の同胞を取り込み、一つになりつつある灼熱の精霊の周囲は、その水分が見る見る奪われ、カサカサとした砂のような地に戻っていた。
「割と死ぬかと思ったよ。……脱いじゃダメかな」
「それは、駄目でしょう!?」
灼熱の精霊の至近距離ということもあって、ヒイロの濡れた髪や肌、装備はあっという間に渇いていた。
「むー……どうせ性別バレたしいいと思うんだけど」
「……普通、尚更駄目だと思うんですけどね」
進行方向にヒイロがいないことにようやく気付いたらしい灼熱の精霊は、ゆっくりと逆サイドに回ったヒイロたちに迫ろうとしていた。
「さーて、それより問題はこれからだよ」
ヒイロは骨剣を構え直した。
明らかに灼熱の精霊の力は強まっている。
大きさだけではなく、熱量もだ。
となると、吐き出す熱線の威力も――。
「っ!」
ヒイロは骨剣で、灼熱の精霊が放った熱線を受け止めた。
速さ、太さが先ほどまでとは比べものにならない。
軽量級であるヒイロの身体が、後ろに吹き飛ばされてしまう。
「ヒイロ!」
「タイラン、ナイスキャッチ!」
さらに灼熱の精霊は熱線を放ち、右から飛来したカナリーの雷撃を迎撃する。
「ぬうっ!」
加えて、身体の左半分を鋭利な棘状へと変え、斬り込みに踏み込んだキキョウを牽制した。
急制動を掛けたキキョウに、幾つもの触手となった身体で襲いかかる。
食らえば大火傷は免れないだろう。
灼熱の精霊は黄金色に輝き、周囲の空間をその熱量で歪ませる。
頭上の木の枝が燃えたかと思うと、瞬時に炭となって朽ち落ちた。
「……もしかしてあの精霊、めっちゃ怒ってる?」
「に。自分のすみやすい環境あらされる。精霊、ふつうに怒る」
ヒイロたちに、リフも並んだ。
水霊花は水を汲み上げているが、このままだとまた灼熱の精霊が枯らしてしまうだろう。
『ヒイロ、タイラン、一斉に手持ちの水を掛けてみる。ありったけ……といいたいところであるが、飲む分は残しておいてもらいたい』
『らじゃ!』
『わ、分かりました……私は、使えそうな水分全部使います!』
キキョウが『透心』で指示を送り、ほぼ同時に動いていた。
キキョウは道具袋から水流を放ち、ヒイロも鱗の籠手を構えると水の塊を放った。
タイランの周囲に水の粒が集まったかと思うと、一斉にそれらが灼熱の精霊を襲う。
灼熱の精霊は揺らぐことなく、それらすべてを飲み込んだ。
「駄目であるか……!」
「やれやれ、まさに焼け石に水だね」
カナリーも苦笑いを浮かべていた。
これでは、カナリーの氷結魔術も無効化されるだろう。
灼熱の精霊が、さらに肥大化した。
周囲を渇かし、高まった気温を吸い上げ、強まっているのだ。
攻撃を控えているのは、その術がないからではない。
『にう……リフたちをやっつけるのに、力溜めてる……』
精霊の状況を『透心』で皆に知らせつつ、いつでも動けるようにリフは足に力を込めていた。
そして、灼熱の精霊が動き出した……直後、枯れた沼地全体が湿り気を帯びた。
『――!?』
灼熱の精霊は言葉を発しないが、確かに驚いていた。
ヒイロたちのブーツを、地面から湧き上がった水が濡らす。
水霊花が吐き出す水は、これまでとは比べものにならない量だ。
「ヒイロ、ブーツを脱げ。タイランは甲冑から脱出」
木の枝から下りたシルバは沼の縁に立ち、指示を出した。
「あ、うん!」
「わ、分かりました」
ヒイロが反魔コーティングされたブーツを脱ぎ捨て、タイランは甲冑の上半身を開いた。
「――『飛翔』」
ヒイロ、キキョウ、リフの身体が、『飛翔』によって高まりつつある水面に浮かび上がる。
水属性のタイランと、飛翔能力のあるカナリーは自前である。
「はぁ……間に合って何より」
シルバは、大きく息を吐いた。
この大量の水は、司祭であるシルバの、主神ゴドーへの祈祷によるものだ。
ゴドーには豊穣神の面があり、雨乞いの聖句が存在する。
干魃の時に祈られるそれは雨雲を呼ぶ祈りだが、近くに水があるのならばそれに干渉する。
重要なのは水を呼ぶことではなく、作物に潤いをもたらすことなのだ。
そしてこの枯れた沼地の地下には、豊富な水脈が存在する。
シルバは祈祷によってそれに干渉し、地上にまで引き上げたのだ。
もちろん祈りだけで成立するには、シルバ一人では荷が重すぎる。
水霊花によって、沼のあちこちで水を汲み出していたからこそ、可能な祝福であった。
何より、猪たちの奪われた聖地を取り戻したいという願いがあったからこそ、成立したともいえる。
「……まあ、これでまともに戦えるってレベルだな」
灼熱の精霊もまた、水面に浮かんでいた。
その真下の水は沸騰し、ボコボコと泡立っている。
『熱湯攻撃もあるかもしれないから、警戒してくれ』
シルバは念のため、『透心』で水面に立つメンバーに警告を送った。
『攻撃の要はタイラン。これだけ大量に水があれば、いくらでもやりようがあるだろ。他のみんなはそのサポートでよろしく』
「わ、分かりました。皆さん、よろしくお願いします」
「りょーかい! んじゃボクは盾役ね!」
「では某たちは主に牽制であるな」
「いいだろう。まあ、囮役ぐらいは務めてみせるさ」
「にう、がんばる」
そして、甦った沼地の水面上での戦いが始まった。




