枯れた沼地の戦い
バシャリ。
萎れた水霊花に、水が浴びせられる。
茶色味がかった花弁や周囲の草が本来の色を取り戻し、わずかに生気を吹き返した。
「リフちゃん、お願いします!」
タイランが叫ぶ。
その手の中にある精霊砲の噴出口が、水の出処だ。
「に!」
リフが花たちに手を当てると、項垂れていた花々は見る見る内に身体を持ち上げた。
根が生長し地下水脈に達したのだろう、水色の花たちは水を吐き出し始めていた。
それなりに量はあるが、ひび割れた大地を潤すには、まだまだ足りそうにない。
点在している他の花も、復活させる必要があるだろう。
しかしその水気を奪おうと、近くにいた光る球体――灼熱の精霊が動き出していた。
リフの話では知能はそれほど高くなく、その動きも本能に近いようだ。
一瞬、灼熱の精霊が光を増したかと思うと、熱線をタイランに向けた。
「き、効きませんから!」
一応タイランは腕で防御を固めたが、その必要もなかった。
絶魔コーティングはしっかりとその役目を果たし、熱線はタイランに届いた時点で、無効化されていた。
一瞬、灼熱の精霊が震えたかと思うと、周りの同族が数体反応し、寄り集まってくる。
攻撃が効かないとはいえ、その熱量は無視できない。
タイランとリフの目的である花が水分を奪われては、意味がないからだ。
「二人に手出ししないでもらえるかな?」
空間を奔った雷撃が、タイラン達に一番近い灼熱の精霊を貫いた。
大きな穴が開いた灼熱の精霊だったが、すぐにその穴は埋まってしまう。
「……やっぱり、効きにくいか。だけどまあ、役目は果たせているようだね」
雷撃を放った声の主は、わずかに地面から身体を浮かせたカナリーである。
枯れた沼地は精霊達の光で真昼のように明るいが、夜空には大きな月が浮かび、星が瞬いている。
いくつかの精霊が熱線をカナリーに放ち、命中するもカナリーは微笑んだままだ。
「次に行きたまえ、タイラン、リフ。なるべく手早く頼むよ」
「は、はい……行きましょう、リフちゃん」
「にう!」
カナリーの身体が、空気中に粒子となって消える。
夜は、吸血鬼の領域である。
しかも月が出ているとなれば、その力は最大限に発揮される。
吸血鬼の特性の一つ――霧化であった。
もっとも霧は霧……灼熱の精霊が放つ熱線は身体のいくらかを蒸発させてしまうので、絶対視は禁物だ。
「あまり頑張りすぎては持たぬぞ、カナリー」
灼熱の精霊が立て続けに切り刻まれた。
その内のいくつかは、そのまま消滅した。
「……さすがに、全部とはいかぬようであるな」
狐面をかぶり、尾を二本に増やしたキキョウが呟く。
その刀は紫色の妖気を放っている。
キキョウにも精霊達の熱線が放たれるが、キキョウは残像が出現するレベルの速度ですべてを回避した。
「それで終わりであるか?」
キキョウは腰の道具袋を手に取ると、口に当てた。
収納能力のある道具袋には、川で汲んだ水が大量に入っているのだ。
灼熱の精霊の名は伊達ではなく、とにかくこの辺りは暑い。
こまめな水分補給が必要であった。
キキョウは灼熱の精霊たちに追撃を仕掛けず、彼らが追える程度の速度で後退する。
大半の精霊がキキョウを追っていたが、すべてではない。
何体かは、タイランとリフを追おうとしていた。
「だから、そっちに行かれちゃ困るんだって言ってるだろう?」
カナリーが再び雷撃を放ち、灼熱の精霊たちを牽制する。
「次、行きます!」
「に!」
タイラン・リフ組が二つ、三つと水霊花の群生地を甦らせていき、ひび割れた地面を潤していく。
けれど、まだ足りない。
タイラン一人の水分補給では、この枯れた沼地に点在する、水霊花の群生地を甦らせるには、手が足りないのだ。
だから、二人いた。
「リフちゃん、こっち!」
「にう!」
大きな声に、リフは反応し、そちらへと駆けていく。
いくつかの熱線がリフに放たれたが、跳び転び身体を捻りながら疾駆の速度は落ちなかった。
「じゃ、あとよろしくね!」
「に、分かった!」
大声の主はヒイロであった。
左腕には、鱗の籠手。
そして、灼熱の精霊たちの熱線は骨剣と反魔コーティングのブーツによって、すべて弾いていく。
「それにしても、本当にこの暑さどうにかならないかなあ!」
鱗の一つに口を当て、貯め込まれた水で喉を潤す。
ガブ飲みしたいが、花を甦らせるのにいくらかは必要だし、飲み過ぎると動きが鈍ってしまう。
なので自重しながら、ヒイロは攻勢に回ることにした。
タイランが守りなら、ヒイロは迎撃なのである。
「ふぅっ!」
骨剣を腰だめに構えると、ヒイロは飛び出した。
猪の形をした赤いオーラを纏ったヒイロが、爆発的な突進力で灼熱の精霊の何体かを貫いた。
「とうっ!」
足でのブレーキが追いつかず、ヒイロは乾いた地面に骨剣を突き立てた。
垂直に突き立った骨剣を軸に、浮かび上がった身体を回転させる。
周囲にいた灼熱の精霊たちは熱線を放つ暇もなく、その蹴りで方々に弾き飛ばされていた。
ヒイロに脅威を感じたのか、あちこちにいた精霊たちが動き始めていた。
そんな様子を、木の上から観察しているのは、シルバであった。
『――ヒイロ、北へ逃げろ。カナリーは牽制して精霊をいくらか減らしてやってくれ。タイラン、南が空いた。今回で南の目立つ場所は全部終わる。キキョウ、道具袋を使って西の群生地にいくらか水をぶっかけてくれ』
全体を見渡し、『透心』で指示を与えていく。
『りょーかい! カナリーさん、お願い!』
『そろそろ、僕も水分補給が欲しいところだね』
『リフちゃん、こっちお願いします! あと、リフちゃんも水を飲んでくださいね!』
『に、がんばる』
『こちらは、もう少し掛かりそうであるな』
眼下ではパーティーのメンバーが動き回っている。
戦いという意味では、シルバたちの方が有利だ。
灼熱の精霊の動きは鈍く、こちらは機動力の高いメンバーが多い。
けれど、沼地を取り戻すのが目的となると、水霊花を甦らせるほど、パーティーメンバーの行動範囲が狭まっていくのが厄介な点だ。
「……それと、もう一つ」
シルバは手で印を組みながら、顔をしかめた。
少しずつ、灼熱の精霊が大きくなっているように見えた。
最初は気のせいかと思ったが、さすがに最初は手に収まりそうなサイズだったのが、リフぐらいのサイズになっていれば、気付かない方がどうかしている。
そうした小さな精霊たちが集まり、大きくなっているのだ。
全体数は減っているが、脅威は高まってきている。
水霊花が吐き出す水を吸収し、大地もまた徐々に潤いを取り戻しつつある……が、楽観視はできない。
「急いだ方がいいな」
シルバは呟き、印を組む手を早め、口の中で聖句を唱えていった。




